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9月(6)姫からQueenへ


【Episode:イッセイ】


 

アリーナの地下。


巨大なシェルターを思わせるその空間には、実行委員やスタッフ、そして出番を控えた生徒たちがひしめき合い、独特の熱気に満ちていた。


僕たちも例に漏れず、念入りなメイクを施され、それぞれに合わせた重厚なドレスに身を包んでその時を待っていた。


隣にはメイド姿の2年生。

その奥にはウェディングドレスに身を包んだ3年生の姿が見える。


2年生はさっきから熱心にカウントを取り、ダンスの反復練習に余念がない。

 その中には生徒会長・ワタル先輩の圧巻のメイド姿もあったけれど……お互い話しかけようとはしない。

 下手に突っ込んで火の粉をかぶるのは目に見えているからだ。


一方、さらに奥の3年生となると、もう完全にステージが違っていた。純白の衣装でどっしりと椅子に腰掛け、風魔法で優雅に涼を取っている。

 その佇まいにはどこかベテランの風格すら漂っていて、『3年間の重みってこういう所に出るんだな……』なんて、僕は半分現実逃避気味にそんなことを考えていた。


 そんな中、僕たち1年生の5人は、円になって小さく固まっていた。

 今さら悪あがきをして練習したところで、緊張が増すだけだと分かっていたからだ。


ジュリ……いや、今の姿はオーロラ姫か。

彼はさっきから両手を上げたり首を回したりと、必死に肩の力を抜こうとしている。

ただ、メイクを施された彼の顔立ちは、大女優・早乙女レイカの若い頃にあまりにもそっくりで、視界に入るたびに『待って、誰……?』と脳がバグりそうになる。


 かく言う僕自身も、鏡を見るたびに『ため息が出るほど』美しく整えられていて、元の自分の顔を思い出せないレベルだ。

どうにも落ち着かない。


「トウワって本当におばちゃんそっくり!」


マナブ(アリエル役)の弾んだ声が響いた。


その姿といえば、貝殻ブラジャーをつけ、下半身にはまだタオルを巻いただけの状態。

人魚のパーツを装着していない今の彼は、客観的に見ても完全に不審者そのものである。

そんな格好のまま、彼は妙に高いテンションでトウワに絡んでいた。

 ちなみに人魚の尾ひれは演出用の岩に固定されているため、出番直前に装着する手はずになっている。


「アナタの尾びれをいかに優雅に動かせるか最終調整中なんです。邪魔しないでください!」


トウワがピシャリと言い放ち、キッとマナブを睨みつける。

可憐な白雪姫が怒っているようにしか見えないけれど、中身は相変わらず冷徹なトウワのままだ。


「おばちゃんが見たら絶対にウケると思うんだけどなぁ」


「大丈夫です! 文化祭の痕跡は、事前に家から全て消し去ってきましたから」


白雪姫の衣装を着たトウワが不敵に笑い、マナブを見上げている。


「えっ? ウチの母ちゃん、トウワんちのおばちゃんと一緒に来るって言ってたよ」


「はぁ~!?」


衝撃を受けたようにトウワの顔が強張る。

どうやらトウワのお母様は、彼の斜め上を行く一枚上手だったらしい。


「イッセイ……緊張してる?」


不意に、隣にいたソウシ(シンデレラ)に顔を覗き込まれた。


……そこに天使がいた。


仄かにソウシの周りがキラキラと輝いて見えるのは、衣装の魔法仕様のせいだろうか。

それとも、単に僕の目が眩んでいるだけなのか。


「ああ。ソウシは?」


「メチャクチャ緊張してる! ちょっとお腹痛くなってきたかも」


「その格好でトイレに駆け込むのは、さすがに無理だぞ?」


「分かってるって!」


そんな他愛のないやり取りを交わしながら、二人で小さく笑い合った。

おかげで、胃のあたりのキュッとした緊張が少しだけ和らいでいく。


そもそもこの1年生ステージは、ジュリが提案した『どうせなら1年生全員で参加できるものがいい』という一言から始まったものだ。

成功させるには、客席に潜んでいる1年生全員と完璧に息を合わせなければならない。


「1年生! 始まるから中央に来て!!」


スタッフの呼び出しに応じ、僕たち5人は尾びれが固定された岩のオブジェと共に移動を開始した。


 アリーナ中央の真下に集まると、天井のモニターに上の客席がリアルタイムで映し出される。

視界を埋め尽くす、見たこともないほどの超満員の観客。

あの熱気の中に、これから飛び込んでいくのだ。


マナブが岩をよじ登り、人魚のパーツを装着して身だしなみを整えていく。

アリエルは基本的に動けないため、最初に彼が一人で壇上に転移し、その後、僕たちが岩を中心に現れて踊るという構成だ。


「もうすぐ音楽始まるよ、準備!」


舞台袖の空気が一気に張り詰める。


その時、ソウシが僕やトウワ、ジュリの手を引いて、マナブの乗る岩の側へと強引に手繰り寄せた。


「頑張るぞ……オー! みたいなのをね、ちょっとやりたかったんだ」


ドレス姿のまま照れくさそうに頭を掻くソウシに、僕たちは深く頷いた。

自然と顔を寄せ合い、それぞれの手を重ね合わせる。


「じゃあ……頑張るぞー!」


「「「「お〜〜!!」」」」


5人の顔に、ようやくいつもの笑顔が戻った。


陽気なイントロ『Under The Sea』が会場を包み込む。


壇上は、深海を思わせる魔道具のエフェクトによって、まるで色鮮やかな熱帯魚たちが舞い踊るような美しい演出に包まれていた。


「行ってくるね!」


一番手のマナブが魔法陣へ移動し、ステージへと転移していく。


その瞬間、『キャーーー!!』という地鳴りのような歓声が真上から降ってきた。

大型ビジョンに映し出されたマナブは、満面の笑みで手を振っている。

トウワがミリ単位で調整していた尾ひれも、驚くほど繊細で優雅な波を描いていた。


続いて、ロマンチックな『Once Upon a Dream』へと曲が変わる。

それと同時に、ステージの風景は茨の生い茂る幻想的な城へと変貌を遂げた。


ジュリは真っ直ぐな瞳で魔法陣に向かうと、

「行きます」と、その圧倒的な美貌でどこか妖艶に微笑んでみせた。


彼が転移した瞬間、会場からは男子の野太い歓声と女子の黄色い悲鳴が入り混じた、凄まじい熱量が響いてくる。

オーロラ姫がアリエルの周りを優雅に一巡すると、その足跡を追うように茨が消え、一面の薔薇へと塗り替えられていく。

華麗に回転を重ね、最後に完璧なポーズを決めた。


次は『Some Day My Prince Will Come』。


風に舞う薔薇の花びらとともに、舞台は神秘的な森の中へ。


トウワが観念したようにドレスの肩を小さく回し、リンゴを手に取ると、「さっさと済ませます!」と言い捨てて魔法陣へと消えて行った。


大型ビジョンにその可憐な姿が映し出された瞬間、『カワイイぞぉ!!』『工学科の星ーーー!!』と、熱狂的な男たちの声援が響き渡る。

白雪姫となったトウワは、アリエルとオーロラ姫の間を鮮やかに滑り抜け、張り付いたようなスマイルを振りまいて定位置へついた。


そして――『Beauty and the Beast』。僕の出番だ。


森を抜けたステージは、きらびやかな舞踏会が催される厳かな城内へと様変わりしている。


「行ってくる!」


魔法陣に足を踏み入れる直前、ソウシが力強く頷くのが見えた。


身体を包む浮遊感のあと、一瞬でまばゆい光の中へと運び出される。

その瞬間。

『櫻川く——ん!!』『イッセーーイ』割れんばかりの歓声の嵐。

僕は練習通りに両手を広げ、完璧な気品を纏って優雅にステップを踏み、定位置でピタリと動きを止めた。


(よし、完璧だ)


思った以上に客席が近く、気を抜くと飲み込まれそうだったため、あえて観客の顔は見ず、非常口の緑色の灯りだけをじっと見つめて理性を保つ。


最後に、優雅な『So this is love』のイントロが流れ出した。


ソウシの番だ。


ステージ全体が眩い光の粒子で満たされ、その輝きの中からシンデレラ(ソウシ)が現れた瞬間、会場の熱気は最高潮に達した。


『シンデレラーー!!!』『体育科の底力を見せてやれーー!』


男子生徒たちの地響きのような声援。……できることなら、僕だって一緒に大声でソウシの名前を叫びたいくらいだ。


シンデレラは軽やかな足取りで白雪姫にお辞儀をし、アリエルに手を振り、オーロラ姫の前で完璧なカーテシーを披露して……そして、僕の目の前へやってくると、そっと手を取った。


手袋越しに伝わる、確かなソウシの体温。

至近距離で見つめ合う瞳。

跳ね上がる心臓をなんとかポーカーフェイスで押し殺し、僕は彼をエスコートして完璧なターンを決めた。


ここまでは、完璧に美しいお姫様たちの世界。


けれど――

次の瞬間、ステージの全照明が落とされた。


一瞬の静寂と、ざわめく会場。


直後、一筋のスポットライトがシンデレラだけを鮮烈に射抜き、彼の前にスタンドマイクが姿を現す。


シンデレラ(ソウシ)は、そのマイクに優雅に両手を添え――


「行くぜ! 野郎どもーー!!」


お姫様らしからぬ、腹の底からのドスの効いた声を響かせた。


それを合図に。


会場のそこかしこから、地鳴りのような足音が響き始める。


ズンズンチャッ……


ズンズンチャッ……


客席に潜んでいた1年生たちが一斉に足を踏み鳴らし、手拍子で重厚なリズムを刻み出す。


QUEENの名曲――『WE WILL ROCK YOU』。


ソウシのパワフルな歌声に合わせ、僕たちプリンセス4人もお淑やかさを綺麗さっぱり投げ捨て、ノリノリでエアバンドをぶちかました。


会場全体が一つになり、『WE WILL…WE WILL… ROCK YOU!!』の叫びと手拍子がうねりとなって広がっていく。


可憐な姫たちが、いきなり伝説のロックバンド『QUEEN』になるなんて、誰も予想していなかったはずだ。


けれど、なりふり構わず弾ける僕たちの顔も、同級生たちの楽しそうな笑顔も、拍手を送ってくれる観客の姿も、そのすべてが最高に眩しい。

間違いなく、僕たちの青春の特別な1ページだった。


ステージが終わり、興奮冷めやらぬまま地下のシェルターへと転移で戻ってくる。


「1年生お疲れさま! 着替え急いで!」


実行委員の声にハッと我に返り、ようやく大仕事を終えた実感が湧いてくる。


さっきまでの光景は夢だったんじゃないかと思うほど一瞬で、けれど胸の奥深くに深く刻まれるような、最高の時間だった。


こうして僕たちの文化祭は、鮮やかに幕を閉じた。



読んで下さってありがとうございます。

文化祭最終回です。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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