9月(5)喜多川魔法学園文化祭
【Episode:ソウシ】
文化祭当日。
校内は朝から、生徒たちが解き放つ魔法と、屋台から漂う香ばしいソースや甘いスイーツの香りに満ちていた。
押し寄せた大勢の一般客で敷地内は溢れかえり、普段の厳格な雰囲気が嘘のような、お祭り特有の浮き立った熱気に包まれている。
そんな喧騒の只中にある『体育科棟』の一室。
ウチのクラスの出し物『マッスル喫茶』は、開店直後からとんでもない長蛇の列ができていた。
入り口の廊下では『写真撮影・声かけOK』『お触りNG』『ストーカーおよび個人情報の詰問禁止』といった注意事項を促すクラスメイトのホログラムが、賑やかに客を案内している。
そして一歩足を踏み入れれば、そこは上半身裸にエプロン姿の筋肉自慢の男子たちが躍動する、まさに別世界だ。
「チョコレート一丁、抹茶一丁、いただきマッスル〜!!」
「「「おおーーマッスル! マッスル!」」」
「「「「キャ~~~!!」」」」
客前でキレたポーズを決めているだろうクラスメイトたちの威勢のいい掛け声と、客席からの黄色い歓声が沸き上がる。
一方で、俺がいるのはカーテンで仕切られたバックヤード。
事前に行われたクラス対抗筋肉マッチの勝者がフロア接客、敗者組がドリンク作りを担当する手はずだった。
だけどドリンク担当も、プロテインを運ぶためだけにクラスTシャツを脱いでる奴もいる。
まぁ今日は祭りなので、普段のようにルールとか持ち場とか関係なく楽しんだ者勝ちだ。
——ちなみに俺は。
エントリーする前に「ソウシはダメだ!」「別の店になってしまう」クラス中から大反対を受けて不戦敗となった。
意味分かんねぇ。
「ほい、抹茶! こっちはチョコレート!」
飛ぶように入るオーダーに応え、シェーカーに粉と水を放り込む。
隣の辰巳ユウがそれを目にも留まらぬ手つきでリズム良くシェイクしていく。
「キャー! 凄い筋肉〜!」
「こっち向いてポーズして!」
客席から上がる女子たちの黄色い声を聞いていると、だんだん血が騒いできた。
夏休みにマサ兄に死ぬほど扱き上げられたおかげで、今の俺の腹筋は見事なシックスパックに育っているのだ。
せっかくだから俺だって見せたい。
キャーキャー言ってもらいたい。
「……なぁ、このオーダー俺が持って行っていい? 」
隣のユウに軽い気持ちで声をかけると、
「まさかソウシ……お前、裸エプロンで接客するつもりか?!もしそうなら、女子は倒れるし男子は鼻血出すぞ!」
全力の制止が飛んできた。
「え〜俺、夏休みに結構鍛えたから自信あんだけどー!」
俺の思考を見通すユウにビビりながらも、腕の筋肉をアピールしていると
「いやいやソウシ、ユウの言う通りだって!」
「お前が表に出たら店がパニックになるって! 安全第一だって!」
周囲の奴らまで激しく反対しだす始末だ。
ちょっと納得がいかない俺は、トレーを手に、
「1回だけ! これだけ運ばせて!」
エプロンを着ているから割れた腹筋までは見せられないが、『マッスルマッスル』と書かれたクラスTシャツの袖と裾を捲り上げれば、俺の鍛え上げた腕と背中のラインはアピールできるはずだ。
片手でTシャツをまくり上げ、俺は強引に出来上がったプロテインをトレーに乗せる。
「ちょっ、 ソウシー」
「大丈夫かよ〜」
「気をつけろよ」
心配性な仲間たちに笑顔で応えた。
両手でお盆をしっかり抱え、フロアへの暖簾をくぐる。
配膳は1番テーブル、目と鼻の先だ。
「お待たせしました〜! 抹茶プロテインとチョコレートプロテインで〜す!」
ストロー付きの紙カップをテーブルに置いた、その時。
「ソウシ……君、いったい何をしているんだ……」
聞き覚えのある声が、店内の騒がしさを鋭く突き抜けて届いた。
顔を上げると、1番テーブルには制服姿のイッセイが、ジュリと一緒に座っていた。
その大きな瞳は、俺が捲り上げたTシャツの裾へ、まるで危険物でも見るような眼差しを向けている。
「お!イッセイ。 ジュリも! 来てくれたのか」
「……ソウシ、露出が過ぎるんじゃないか?公共の場で肌を晒すのは感心しないな」
言いながら立ち上がったイッセイは、子どもに言い聞かせるように俺の手を掴んだ。
体温の高い大きな手に強く触れられ、ひんやりしていた肌が熱を帯びる。
「なんだよ、ここはマッスル喫茶だぞ? 周り見ろよ、みんな半裸じゃん!」
「他人はどうでもいい。……だが君はダメだ」
イッセイは不機嫌さを隠そうともせず、俺が捲り上げたTシャツの裾と袖を丁寧に下ろすと、エプロンの紐を喉元までキツく締め直してきた。
「俺だって筋肉ついたんだぜ?」
「分かってる。でもダメだ。すき間からのぞく鎖骨も死守すべきだな」
あまりの謎の行動に、俺は「え〜っ」と顔をしかめ、口を尖らせる。
すると、その一部始終を見ていた客席の女子たちが、飲んでいたプロテインを「ブフッ!」と盛大に吹き出し、むせ返りながら一斉にスマホを構え始めた。
「……ちょっと今の見た!?」
「独占欲の塊……っ! 尊すぎて死ぬ……」
「無理無理、後光がさしてる」
ざわつき始めた客席に、ちょっとビビっていると
「……イッセイさん、他のお客の迷惑になるから。ほら行くよ。ソウシごめん邪魔をした、また後でね」
呆れ顔のジュリに促され、イッセイは何度も俺を振り返り、牽制するように視線を鋭くさせながらプロテインを持って退店していった。
(座って飲んでいけばいいのに……)
首をかしげつつ、俺はスゴスゴとバックヤードへ引き返した。
——————————
午前のシフトを終え、待ちに待った自由時間。
予定通り俺は07班のメンバーを順番に回収するため、学内を回り始めた。
外でクラスの呼び込みをしていたマナブと合流し、まず向かったのは工学科1年の教室。
トウワのクラスが手がける『魔導ジェットコースター』だ。
「……安全性は計算上、100%確保されています」
眼鏡の奥の目を不敵に光らせるトウワ。
だが、目の前を疾走するコースターは、重力制御魔法のせいであり得ない角度を描き、教室の壁や天井をあり得ないスピードで突き抜けている。
「僕、これ乗りたい!」
「えっ、マナブ、正気か!?」
制止する間もなく、トウワが「そうですか、そうですか」と満面の笑みでマナブをシートに促し、あれよという間にガッチリベルトで固定していく。
「……マナブ。特別に出力を10%上げておきました。楽しんできてくださいね!」
「えっ?トウワ!えええーーー!!」
見ている俺の心の準備も出来ない速さで、あっと言う間に機体は浮かび上がり、猛烈な加速と共に教室中を駆け巡る。
「あぁぁぁ……ぁぁああ……!!」
目の前で一瞬で通り過ぎる機体は、座るマナブの顔も見えないほどで声だけが残されたように響いている。
数秒後、戻ってきたマナブは魂が口から半ば抜けかけたような表情で、
「……ソウシくん、三途の川が見えたよ……」
とガクガク震えていた。
トウワに笑顔で「次はソウシだね!」と手を引かれたが、全力で断った。
俺はまだ死にたくない……。
廊下で座り込むマナブを介抱しつつ、トウワを待つ。
しばらくするとマナブも復活し、その後トウワも合流して、三人で向かったのは普通科棟。
マナブのクラス『古城の呪い(お化け屋敷)』だ。
みんなには秘密だが、俺は『光属性』の体質ゆえか、昔から霊が近づいて来やすい。
子どもの頃から見えているから慣れているだろうと思われがちだが、冗談じゃない。
あいつらはこっちの都合もお構いなしに現れるし、たちの悪い奴は俺を脅かしてくるのだ。
だから俺は、おばけ系がこっそり苦手だ。
「僕は仕掛けを知ってるから、ソウシくん一人で入ってきてよ!」
「えっ、一人で!? いや、じゃあトウワ、一緒に行こうぜ!」
「嫌です」
必死の抵抗も虚しく、マナブに背中をドンと押されて暗幕の向こうへ放り込まれた。
「……本物じゃなきゃ怖くない、本物じゃなきゃ……」
呪文のように呟きながら進む俺だったが、『呪われた当主』の肖像画に、よく描けてるな……と見とれた瞬間。顔面に冷たい霧みたいな何かを噴射され、さらに背中に飛び上がるほど冷たい氷を落とされた。
「…………………!!!」
恐怖で悲鳴を噛み殺しながら進んだ先で――
足元をウネウネと這う、ひんやりとした(冷やしたコンニャクの)感触。
その瞬間、俺の理性は吹き飛んだ。
「ギャアアアアアア!! 出たあああああ!!」
体育科トップの爆発的な瞬発力を無駄に発揮して逃げ出した俺は、出口で待っていたマナブに全力で抱きついた。
「……マナブ! あれは反則だろ! 怖すぎるって!」
「あはは、ソウシくん顔が真っ白!」
俺のガチすぎる絶叫のせいで「めちゃくちゃ怖いらしい」と評判を呼び、教室の前にはいつの間にか長蛇の列ができていた。
マナブのクラスメイトたちから「集客ありがとう!」と深く感謝されたが、何だか悔しい。
くそ~~っ。
俺たち三人は色々な出し物を見て周り、最後に向かったのが特進科棟にいるイッセイとジュリのクラス『対局サロン』だ。
重厚なドアを開けると、そこは完全に別世界だった。
絢爛豪華な装飾が施された室内で、気品ある椅子に深く腰掛けた特進科の生徒たちが、様々なボードゲームで挑戦者の一般客を迎え撃つシステムらしい。
客は飲み物をオーダーして、対戦したい相手に勝負を挑むのだとか。
「チェックメイト。……お疲れ様でした」
優雅に紅茶を嗜みながら、挑戦者を完膚なきまでに叩きのめすイッセイ。
その隣ではジュリが、不純な動機で挑んできた男の指し手を冷酷無比に封じ込め、半泣きに追い込んでいた。
二人とも容赦なく強い。
「そろそろ時間だよ! 2人を迎えに来たんだ」
マナブの声かけに、対局を終えた二人が立ち上がる。
「……マサ兄、来るって言ってたけど、まだ見てないんだよな。コンテストだけ狙って来るつもりなのかな?」
隣に歩くトウワに言うと、
「ありえますね。はぁ……校内放送の映像を差し替えたかったな」
と、真顔で言う。
それってハッキングとかの類いの事だろうか。冗談に聞こえないのが恐ろしいけど、俺は曖昧に笑っておいた。
「貝殻ブラジャーがポロリしないように僕、最終確認しておかなきゃ……」
マナブが真剣に呟く横で、ジュリが決意に満ちた表情を浮かべていた。
くだらないやり取りにみんなと笑い合いながら、俺たちの胸には少なからず緊張感が走り始めていた。
伝統の「女装コンテスト」開演まで、あと3時間――。
読んで下さってありがとうございます。
来週は学年対抗女装コンテストのお話!




