9月(4)写真撮影
本日二話目。
喜多川魔法学園の文化祭が近づいてきました。
【Episode:Issei】
「平常心、平常心……」
心の中で、まるで念仏のように唱え続ける。
だが、鏡の中に現れた『美女と野獣』のベル――完璧にドレスアップされた自分を見るたび、胃のあたりがどうにも落ち着かない。
「これ、本物の鱗みたい!」
と嬉々として人魚の尾ヒレを振るマナブ。
羞恥心をどこかに置き忘れて平然とシャツを脱ぎ捨てるトウワ(周りにいる実行委員たちが本気で焦っていた)。
何かに覚醒した後のような、恐ろしいほどの威圧感を放つオーロラ姫。
――カオスだ。ここには僕の知っている「平穏」の文字はどこにもない。
そうすべてを諦めかけた時、背後から少し不安げな声が鼓膜を揺らした。
「これ、どうやって着んの?」
反射的に鏡越しに視線を走らせ――次の瞬間、僕の思考は完全に停止した。
そこにいたのは、青みがかった白のドレスを両手に抱え、きょろきょろと辺りを見回しているソウシだった。
「……ッ」
——思わず息を呑む。
少しだけメイクを施され、頭上に小さなティアラを戴いたソウシは、僕の予想を遥かに超えて、驚くほど「可憐」だったのだ。
「バンザイしてくれる?」
実行委員の声に促され、素直に両手を上げるソウシ。
ドレスが彼のしなやかな身体を滑るように包み込み、引き締まった細いウエストがこれでもかと強調されていく。
そのあまりにも無防備な光景を、僕の理性がきしむ音を聞きながら、食い入るように見つめていた。
(……代われ。その役、僕に代わってくれ。僕が着せたい――)
「イッセイ! 眉間にシワ寄ってるよ! それじゃあ野獣になっちゃうから!」
メイク担当にパシッと叱られ、僕は慌てて表情を繕った。
危ない。
もう少しで僕の中の理性が崩壊するところだった。
ふと視線を感じて横を向くと、ジュリとトウワの二人が、憐れみと呆れの混ざった生温かい視線をこちらに送ってきている。
どうやら僕のポーカーフェイスは、彼らの前では1ミリも機能していないらしい。
完全にバレバレだったが、今の僕はそれどころではなかった。
「イッセイ、思った以上に似合ってるな!」
不意に、肩に温かい感触が触れた。
鏡に映る僕の肩越しには、悪戯っぽく笑う可憐な「姫」がいた。
「……ソウシ、すごく綺麗だな」
「プッ……イッセイだってめちゃくちゃ綺麗だぜ!」
二人で視線を合わせて笑い合った瞬間、僕の中の何かがパチンと弾けた。
——そうだ。
これは単なる学校の余興に過ぎない。
だが同時に、ソウシと公式にお遊びができて、しかもその姿が美しい写真として記録に残る絶好の機会ではないか。
今この瞬間も、後になって「あの時はさ……」と、二人だけの共通の思い出として語り合える未来の素晴らしい一幕ではないか……!
「よし、配置を決めるぞ!」
実行委員の威勢のいい指示で、会議室中央に用意された「岩」のオブジェに、人魚姫が固定された。
「足が動かない! 岩から落ちそうでマジ怖いんだけど!」と騒ぐアリエルを完全に無視し、僕はベルとしてマナブの脇を固める。
反対側には、オーロラ姫が仁王立ちしていた。
「前列、トウワは岩に寄りかかるようにして膝をついて! 反対側でソウシも膝をついて!少しだけマナブの足を支えてやって!」
カメラマンの指示に従い、シンデレラ(ソウシ)と白雪姫が、僕たちの足元に跪く。
スタッフがスカートの裾をの流れを整え、メイク担当がチェックをいれる。
その際、ソウシが少しだけバランスを崩した。僕はとっさに膝でソウシの身体を支える。
「わりぃ……」
「気にしないで」
ソウシの呟きに、答えるように肩に手を置いくと……
あろう事か、僕の手をソウシが優しく握ってきたのだ。
ドレスの手袋越しに伝わってくる、確かなソウシの体温。
「みんな~リラックス!もっと楽しそうに!」
カメラマンのさらなる要求に、ソウシが「こういうの恥ずかしいよな?」と僕を見上げる。
長い睫毛。淡く色づいた、柔らかそうな唇。
普段の快活なソウシとは違う、キラキラと眩しく輝く本物の美しい美少女がそこにいた。
(……マズい。これ、下手したら1位を狙えるレベルだぞ……)
喜多川の男たちだけでなく、文化祭に来る一般人までこれを見るというのか?
この、僕だけが知っていればいい可憐なソウシが、全校生徒の欲望の対象になるというのか?
脳内を激しく駆け巡るドロドロとした高揚感と、それを遥かに上回る猛烈な独占欲が、僕の中で嵐のように渦巻き始める。
「いくぞ、撮るぞ! 3、2、1――」
鮮烈なフラッシュが、僕たちの視界を白く染めた。
岩に固定され、微動だにできない人魚姫。
王子に毒林檎を食わせそうな、可愛い白雪姫。
国の一つや二つ簡単に滅ぼしそうなオーロラ姫。
そして――
圧倒的に可憐なシンデレラと、
その肩に手をかけ、勝ち誇ったような笑みを浮かべるベル。
「……はい、オッケー! 最高の絵面だ!!」
実行委員たちの地鳴りのような歓声が上がる中、僕は床に跪くソウシを立たせるために、そっと手を差し伸べた。
ソウシは「サンキュ」と人懐っこく笑って、僕の手をぎゅっと握り返してくる。
(この写真データは、手段を選ばず何としてでも手に入れよう。僕の宝物だ……)
カメラのモニターに映し出されたソウシの姿は、僕の予想を遥かに超えて、正真正銘「本物の姫」そのものだった。
「俺、案外いけんじゃねぇ?」
などと無邪気にはしゃぐ彼の愛らしい横顔を盗み見ながら、僕は自分の理性が、かつてないほどの崩壊の危機に瀕しているのを静かに自覚していたのだった。
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