9月(2)打ち合わせ!テーマはプリンセス?!
本日二話目。
【Episode:ソウシ】
放課後の第二会議室。
納得はいっていないものの、すでに決まってしまった決定事項にケチをつけてウジウジしたくはない。
腹をくくって集合場所へと向かったそこは、「文化祭の打ち合わせ」という名目を借りた、男たちの熱気が充満する『本格的な仕仕立て屋』と化していた。
「やっぱり、基本はディズニーだと思うんだよ!」
熱弁を振るう実行委員の中には、実家が有名なアパレル企業を経営しているという『服飾のスペシャリスト』も混ざっているらしい。
他にも将来は美容業界を志す者や、舞台照明・演出関係の道へ進みたい者たちがこぞって実行委員に立候補しているのだとか。
喜多川のこの女装コンテストは、そうしたクリエイティブな業界を目指す生徒にとって、実績をアピールできる絶好の登竜門なのだそうだ。
学園長のポケットマネーという潤沢すぎる資金を湯水のように使い、自らのセンスと技術を研ぎ澄まし、業界関係者でもあるOBにアピールできる晴れ舞台――。
だからか……お遊び気分など微塵もない、職人めいた真剣すぎる熱気が、肌をさすようにビリビリと伝わってくる。
「俺たちの1年には、体育科の『シンデレラ』も、工学科の『白雪姫』も揃ってるんだぞ! だったら全体の統一感を重視して、ディズニープリンセス・シリーズで本気で攻めるしかないだろ!」
「決定だな!」
当事者である俺たちの意志や人権など1ミリも介在しないまま、今年のテーマは『ディズニープリンセス』へと強行突破で決まってしまった。
さらに配役までもが、実行委員たちの独断と偏見、そして並々ならぬフェチズムによってホワイトボードへサクサクと書き殴られていく。
ソウシ:シンデレラ
トウワ:白雪姫
ジュリ:オーロラ姫(眠れる森の美女)
イッセイ:ベル(美女と野獣)
マナブ:アリエル(リトル・マーメイド)
「……どうやら、僕たちの運命は確定したようですね」
隣でホワイトボードを見上げるトウワが、感情の抜け落ちた無表情でポツリと呟いた。
「俺、シンデレラの服なんて、あの時のスカート以外見たこともねぇぞ」
「変身前と後では随分と違いますからね。……ソウシはどっちでしょうね、ボロ布か、ドレスか。ふー」
トウワが力なく小さく溜め息をつき、華奢な肩を落とす。
聞けばトウワは嫌な予感がして、この女装コンテストのメンバー入りを回避するため、アンケートのデータを改ざんしようと学園のサーバーへハッキングを試みたらしい……のだが、セキュリティが以前より異常なまでに強固になっており、立ち入ることすらできずに撃沈したのだとか。
(トウワの話す専門的な内容は半分も理解できなかったけど、失敗して良かった気がする……)
「ソウシ、動くなよ! ウエスト測るから!」
「うわっ、くすぐったい!」
背後から回された柔らかなメジャーが腰回りにピタリと密着し、思わず身悶える。
「じっとして。ん?……ソウシお前、意外と筋肉あるんだな……」
「ふふん。だろ!」
ウエストを撫で回していた採寸担当の呟きに、俺は誇らしげに口角を上げた。
この夏、マサ兄とのスパルタ修行でガチッと引き締めた俺の自慢の腹筋。
鍛えた成果を他人に『評価』されるのは、やっぱりすこぶる気分がいい。
――と、その時。
「ブッ……ブラジャー?!」
静かな緊張感をぶち破る悲鳴のような大声が響き、驚いて机の向かい側へ視線を向ける。
そこでは、顔を真っ赤にして驚愕の表情を浮かべるマナブと、ギラついた目の実行委員たちによる壮絶なバトルが繰り広げられていた。
「嫌だよ! ブラジャーなんて絶対着けないからな!」
「人魚姫がトップレスなんてセクシーすぎだろ?!」
胸元を押さえて必死に抗議するマナブの声と、譲らない実行委員たちの怒号が会議室に激しくこだまする。
「……マナブ、人魚姫なら貝殻ブラは避けて通れないと思うよ」
イッセイが、どこか全てを悟ったような、あるいは自分には絶対に火の粉が飛ばないことを確信したような涼しい顔で、すこぶる冷静に諭した。
「イッセイの言う通りだ。マナブ……諦めなよ……」
ジュリもまた、決定事項のオーロラ姫役にすでに魂を吸い尽くされたような虚無の目で追従する。
どうやら実行委員側は、何が何でもマナブの胸元に『貝殻ブラジャー』を装着させようと異常な情熱を燃やしているらしい。
正直、ガッシリと筋肉質なイッセイや、綺麗すぎて近寄りがたいジュリに比べれば、愛嬌があるマナブが一番適任(そしていじり甲斐がある)な気はする。
「長い髪のウィッグにして、上半身を隠すように見せることもできるから! ね? お願い!」
必死すぎる実行委員たちの怒涛の甘言と拝み倒しに、ついにマナブが根負けした。
「……本当? 本当に隠れる?」
「チラッ見ぐらいだと約束する!」
こうして、無事に(?)艶やかな人魚姫の誕生が決定した。
なんだかマナブが少し哀れな気もしてくるけれど、正直なところ、俺たち5人全員が「まな板の上の鯉」状態なのだ。
誰がどのドレスを着てどのプリンセスになろうと大して変わりはない。
熱気がむせ返る会議室で、メジャーや採寸表を手にした実行委員たちの目が、獲物を狙う肉食獣のように怪しくギラリと光っていた。
俺たちの初めての文化祭は、こうして本格的に幕を開けたのだ。
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