9月(1)文化祭に向けて
時間軸で話を分けたので、今週は二話。
【Episode:ソウシ】
夏休みが明けた教室は、新学期特有の浮ついた熱気と、どこかだるそうな緩さが混ざり合い、いつも以上に賑やかだった。
特に俺たちのいる体育科は、夏合宿や自主トレでガッツリと肌を小麦色に焼き上げた男ばかりだ。
汗の匂いとむさ苦しさが充満する教室内で、俺ひとりだけが白く取り残されている。
修行場所が日陰の多い山の中だったから仕方ないのだが、胸の奥が少しだけチクりと熱くなった。
なんだか、俺だけ取り残されたみたいで悔しい。
(……それにしても、マサ兄、スパルタだったなぁ)
ふと視線を落とし、心の中で思い出を反芻する。
マサ兄とウチの神社の境内で行った、あの過酷な日々――。
『ソウシ、集中! 魔法に頼る前に自分の力を信じろ!』
怒号とともに背中を叩かれ、山を駆け登り、傷だらけになった実戦演習。
ヒーラーとしての現場での役割も徹底的に叩き込まれ、少しだけならと魔法も使えた。
濃厚すぎる五日間。
おかげで、Tシャツをめくった下のお腹には綺麗に割り割れた腹筋が刻まれ、自分でも驚くほど体が軽い。夜、焚き火の爆ぜる音を聞きながら二人で囲んだアウトドア料理も、反則的に美味かったっけ。
……まあ、その修行の後に待っていたのは、ひたすら机に向かって宿題と問題集を片付ける地味な毎日だったけれど。
それでも折れずにいられた唯一の救いは、イッセイが自分の部屋を惜しげもなく解放して、付きっきりで勉強をみてくれたことだ。
キクさんが「たくさん食べて下さいね」と作ってくれる温かいご飯にも、どれほど胃袋と心を労ってもらったか分からない。
マサ兄はまた、冒険者稼業へと戻ってしまったけれど――。
『冬休みには、また一緒に修行してやるからな』
去り際に頭を乱暴に撫でられながら言われた言葉を思い出し、胸の奥がじんわりと熱くなる。
……今から冬が待ち遠しい。
「おーい、静かにしろ! 夏休みに文化祭のアンケート出したの、覚えてるかー?」
担任の長尾先生の張りのある声が教室を震わせ、俺の意識は急激に現実へと引き戻された。
「先生ー! クラスの出し物の希望と、女装コンテストの推薦を書くやつですよね!」
端の席の奴が声を張り上げ、俺も頭の隅に追いやっていた記憶を呼び起こす。
そういえば夏休み中、スマホにそんな通知が届いていたっけ……。
連日の宿題漬けで脳みそが疲弊していた時期で、面倒なアンケートは早く終わらせたかった俺は、出し物には適当に「教室を使ったゲーム」と打ち込んだのだ。
そしてコンテストの推薦欄には……ふと脳裏に浮かんだ、あの美しすぎる整った顔立ちを思い出しながら、『特進科 尾上ジュリ』と打ち込んで送信した。
本人にバレたら一生冷ややかな目で見下され、口をきいてもらえなくなる。
これは絶対に墓場まで持っていく、俺だけの密やかな秘密だ。
「うちの文化祭は凄いぞ。最終日の目玉はなんと言っても、アリーナでの『女装コンテスト』だ!」
長尾先生が身乗り出して説明を続ける。学園長のポケットマネーから莫大な予算が下り、衣装班が本気で制作するガチンコ勝負らしい。
事前撮影の写真投票まで実施されるという、大人の本気が詰まった本気仕様だ。
「さて、さて。厳正なる集計の結果……ウチのクラスの出し物は『マッスル喫茶』に決定した!」
「マジかよ!」
「やったぜ、いろんな味のプロテイン出そうぜ!」
「やったーーー!!!」
野郎どもの歓声とどよめきが教室を包む。
俺もこの夏休み、マサ兄とのスパルタ修行で引き締まった筋肉がついたばかりだ。
給仕をしながらチラッと腕のラインを見せるくらいなら悪くないかもな……なんて、人ごとのように呑気に構えていたのだが。
「それから! 女装コンテストに参加する学年代表の5人は……なんと、このクラスから選ばれた! おめでとう、ソウシ!!」
「……はぁぁぁ!?」
耳を疑い、ガタッと激しい音を立てて椅子を蹴立てた俺に、クラス中の野太い熱気が一斉に降り注ぐ。
「やっぱりソウシだよな! さすが俺たちのシンデレラ!」
「体育科一年の希望の星!」
「伝説の激走をもう一度見せてくれよ!」
「ちょ、待てよ! なんで俺なんだよ! 勘弁してくれよ!」
冷や汗をかいて愕然とする俺をよそに、先生は満面の笑みで強烈な追撃を放った。
「しかもだ! 選ばれた5人は、ソウシの所属しているパーティ『第07班』のメンバー全員だ! 一致団結で優勝を狙ってくれ!」
「「「「オオォォォォー!!!」」」」
床を揺らすほどの地鳴りのような歓声が上がり、クラスメイトたちがワッと群がってきては俺の肩や背中をバンバンと威勢よく叩く。
「優勝狙えよー!」
「今から衣装楽しみだな!」
口々に飛んでくる熱狂的な激励(という名の格好の玩具扱い)に揉まれ、俺は訳が分からないまま頭をごしごしとかきむしった。
マサ兄に「自信もって良いぞ」と背中を押された結果が、これか……!?
少しは男らしく鍛えた筋肉の披露じゃなくて、フリフリのドレスを着ろというのか!?
(……ジュリ、本当にごめん……まさか、自分に巨大なブーメランとして跳ね返ってくるとは……)
心の中で、ジュリに全力で土下座した。
俺たちの、波乱と危険な香りに満ちた文化祭が、今まさに幕を開けようとしていた。
読んで下さってありがとうございます。
今週はもう一話続きます。




