8月(4) 高みを目指して
少しだけでも、甘酸っぱい
ニヤニヤするような気持ちになって頂ければ(*^ワ^*)
【Episode:ソウシ】
バシャアアアンッ!!
「……っ、ふ、ぅうううううっ!!」
凄まじい衝撃と共に、夏の水温とは思えないほど冷たい水が俺の全身を包み込む。
あまりの冷たさに一瞬で心臓が止まりそうになる。
だけど、俺は身を切るような水流の中で岩を掴む指に極限まで力を込め、必死に耐えた。
白い飛沫の向こう。
川べりの岩に腰掛け、のんびりと団扇を動かしているお婆ちゃんの声が響いてくる。
「なんだい、ソウシ。だらしないねぇ! この程度で動きが止まってたら、実戦じゃ真っ先にやられるよ。マサヨシ、お前も動きに無駄が多いんだよ! 魔獣は水の中には入ってこないとでも思ってるのかい? これだから最近の冒険者は質が落ちたって言われちまうんだ!」
「勘弁してくれよ、婆さん。これでも俺は現役のBランク冒険者だぜ おいソウシ! 婆さんに舐められたままでいいのか! あと五分だ、耐えろ!」
マサ兄の怒鳴り声に、俺はさらに奥歯を食いしばった。
夏休み。
補習明けの初めての現場での実戦で、俺の身体に刻み込まれたあの「死」の恐怖。
ゴブリンの群れを前にして、頭が真っ白になったあの情けなさが、身体をつき動かす。
(強くなる。俺は絶対に……!)
「……まだだ! まだ、いけるッ!!」
雄叫びを上げ、俺は水の中から勢いよく飛び出した。
ずぶ濡れの身体のまま、川べりに置いてあった木刀を引ったくるように掴み、マサ兄に向かって思い切り斬りかかる。
けれど、マサ兄はその一撃を最低限の動きでひらりと片手で受け流すと、瞬時に俺の懐に潜り込んできて、その分厚い拳で軽い突きを放った。
「ぐっ……!」
無惨に反転し、河原の砂利に転がる俺を見下ろして、マサ兄が木刀を肩に担いだ。
「動きが単調なんだよ。月読の旦那――お前のお親父さんはもっと、相手の気を読んで、水は操るように戦ってたぜ。真正面からぶつかるだけの学校の練習じゃあ、本当の現場じゃ役に立たねぇぞ!」
――今日は水の中、昨日は泥の中。
マサ兄は場所をめまぐるしく変えながら、どんな最悪な状況でも身体を動かせるように、一秒でも早く魔法を発動出来るようにと、俺を徹底的にしごき抜いてくれる。
修行の内容は、夜明け前の険しい山駆けに始まり、魔力の精密な操作、そしてマサ兄との実戦形式の容赦ない組み手。
夜になれば、山の中での野営訓練もした。
――――――————————————
「……ふぅ。マサ兄、火がついた!」
便利な魔道具を一切使わず、木と木を擦り合わせる摩擦だけで起こした小さな、小さな火。
俺は赤く爆ぜるその火種を見つめながら、誇らしげに笑った。
「おう、上出来だ。サバイバル能力は冒険者の基本だからな」
マサ兄が笑って、焚き火で豪快に肉を焼き始める。
プロの冒険者は、未踏破のダンジョンで何日も寝泊まりすることがあると聞いている。
そう考えれば、この山での食事はまだまだ生易しくキャンプの延長みたいなものなのだろう。
マサ兄の隣に腰掛け、俺は数日ぶりにスマートフォンの電源を、何気なく入れてみた。
「……うわっ、なんだこれ!?」
思わず声を上げてしまった。
画面に表示されたのは、イッセイからの尋常じゃない件数の通知だった。
『帰国した。まだ修行中?』
『生徒会の用事で明日は学校だ』
『土産を渡しに行きたい。家にはいつ戻る?』
『連絡の取れない場所とは、神社からどれほど離れているかな?』
『明日、神社へ行ってもソウシはいないのか?』
『とりあえず返事を待つことにする』
『……何かあったんじゃないだろうな。生きてるか?』
最後の方のメッセージなんて、もはやただの連絡というレベルを超えて、完全な安否確認になってしまっている。
「……イッセイからだ。海外から帰ってきて、すぐにこんなに連絡してくれてたんだな」
律儀な奴だなぁ、と俺が画面をスクロールしていると、横からマサ兄がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて肉を差し出してきた。
「ははっ! あのイッセイか。過保護どころの騒ぎじゃねぇな。これってお前が他の男と寝食を共にしてるのが気に入らねぇんだぜ。」
「えー?!イッセイは、そんなんじゃないですよ。あいつは心配性で、皆に親切なんです。」
「……はぁ~ソウシ。お前、本当に自覚ねぇんだな。」
ため息をつくマサ兄。
意味が分からなくて、俺は「?」と首を傾げた。
「友達とは違う、こう甘酸っぱい特別な好きって気持ち分かるか?」
不意に。あの大雨の薄暗い倉庫で強く抱きしめられた時の――イッセイの、心臓の音を思い出し、なぜか急に目が泳いでしまった。
「もう マサ兄~からかうなよー」
(……いやいや、イッセイは皆に優しいし、気のせいだ。気のせい。)
「こりゃ……遠そうだなあ……」
マサ兄が呟く声が聞こえたが、気にせずスマホに文字を打ち込む。
『無事だ! マサ兄に色々教わってる。明日の朝には山を降りるよ。』
そう短く返信を打つ。
すると、送信した瞬間に「既読」の文字がついたのを見て、俺は少しだけ嬉しくなって口角を上げた。
(あいつ、スマホ握りしめて待ってたのかな。)
そんな想像をすると、完璧超人のイッセイが可愛く思えて笑えてくる。
「……マサ兄、ご飯食べ終わったら、後で結界の発動を見てくれる? 少しはスピードが早くなった気がするんだけど、まだイマイチコツを掴みきれていなくて」
「ソウシは本当に熱心だなぁ。そういやお前、ヒーラーの基礎勉強も始めてるんだろ? 現場じゃ、お前みたいに前衛もできて回復もこなせる万能な冒険者は、どこに行っても重宝すんだよ。なぁ、喜多川を卒業したら、迷わずウチのクランを受けに来いよ!お前のお親父さんも所属していたクランだ。」
マサ兄のその言葉に、俺は今日イチでテンションが上がった。
「それって、スカウト?」
「そうだ! けど、普通に試験はあるぞ。」
「それは分かってる。でも、嬉しい……」
プロの冒険者になるには、高校を卒業する前にどこかの『冒険者クラン』の試験を受けて合格し、そこに所属するのが一般的なルートだ。
ピンからキリまである『冒険者クラン』の中でも大手の、
親父が所属していたという『冒険者クラン RAPPA』に入りたいと、ずっと思っていたからマサ兄からの話は、嬉しくて堪らなかった。
「俺、絶対に頑張る! 『RAPPA』は俺の第一希望なんだ!」
「そうか! でも、卒業はしろよ!学校の単位は落とすんじゃねーぞ? それと、座学と魔法の勉強は冒険者である以上、一生続くからな。」
「うぐ……頑張ります!!」
「ははははは!!」
亡き親父もかつて汗を流したこの山で、親父が命を救った男に、いま俺が教えを乞うている。
そう思うと、胸の奥が熱くなる。
「楽しみに待ってるぞ、ソウシ」
「……うん。俺、ちゃんと卒業出来るように頑張る。」
暗い山の中に、俺の決意が、夜気を震わせて響いた。
――――――――――――
翌朝。
修行を終えて俺とマサ兄が山を降り、神社の境内に辿り着くと――
そこには、普段着姿のイッセイが、婆ちゃんと並んで待っていた。
僕たちの姿を見つけた瞬間、イッセイのどこか緊張していた表情が、目に見えて和らいできたのが分かった。
「お前、本当に愛されてるなぁ~」
隣でマサ兄の呆れたような、小さな呟きが聞こえたけれど、
俺はその意味を考えるよりも先に、
数日ぶりに見たイッセイの顔に、とにかく嬉しくなって。
「イッセイ――ただいまーー!!」
俺は砂利を蹴って全力で走り出すと、
そのままイッセイの胸の中へと、思い切り飛び付いた。
「わっ……! ソウシ……?!」
不意を突かれて身体を揺らしたイッセイ。
だけど、すぐに優しく俺の身体をぎゅっと抱き留めてくれた。
「お帰り、ソウシ。怪我はなかったかい?」
婆ちゃんとマサ兄の
「おやまぁ……」
「おいおいおい…」
と、言ってる声が聞こえたが、全く気にならなかった。
俺たちは、会えなかった間の話に、夢中になっていたから。
読んで下さってありがとうございます。
次のジュリの視点の話を書いたら 8月は終わりになります。
早いなぁ~




