8月(スピンオフ)フーミン
本日二回目の投稿。
スピンオフを考えている時間が好きです。
【Episode:風神龍姫 フーミン】
この国は、美しい。
世界中を巡ってきたが、春夏秋冬、四季によって風景が変わる場所は多くはない。
そして人もまた大らかでたくましい。
冬の寒さを耐え、春の芽吹きを喜び、夏の暑さにも負けず、実りの秋を皆と分かち合う。
わらわがまだ若い頃、人の姿に化け人間のふりをして生活した頃もある。
でも……人との関わりは短い。
何百年という時を生きる我らドラゴンにとって、人の一生など瞬きの間……
しばらく会わぬといつの間にか知り合いが死んでおる。
ならば……と、わらわは人間の姿をしておっても定住は避け、旅から旅へ各地を転々と回っておった。
そんな頃に出会った男。
わらわはその凡庸な人間を深く愛した。
何も持たない男だったが、魂に名を刻むほど深く魔力を交流させた一人の愛しい男。
その男と過ごした日々だけは、一瞬一時が眩しいほど煌めいて、このまま共に朽ちてしまいたいと何度願った事だろうか……
たが、時は無情、その男は寿命を迎えた。
わらわはまた戻るだけだと思うておった、なのに心の中にぽっかりと穴が空いてしもうた。
何かが足りない日々は寂しく、再び世界中を巡ってみたり、人に紛れて生活しておったが……
世界の情勢は変わり、龍に戻れば住み処も時代の波に追われることとなった。
風を起こして反撃すれば風神と叫ばれ、武装した人間やわらわを拝める人々が押し寄せてくる。
同じ種族も世界に散らばり、生きているのかも分からぬ。
身体は昔のようには動かなくなっていた。
このまま静かに眠りにつき、いずれわらわ自身が苔むした山になるのであったなら……
愛しい男か生まれた国に戻ろう——
――そんな余生への思いを抱いて、再びこの国に戻った時のことじゃ。
『おい、そこの龍。三食昼寝付きの安全な住みかで、人間を眺めながらのんびり過ごしてみないか?」
そう言って、まるで求婚のような大それた口上でわらわをこの場所に誘ったのが、この動物園の創立者であった。
人間の世界では偉い御仁だったようじゃな。
悪くない条件だと、わらわは結界の内側を安住の地と定め、一日の大半をまどろみの中で過ごすようになった。
最近では眠っている時間がますます増えた、安全じゃが退屈な日々。
そんなある日のことじゃ。
ちょこちょこと、わらわの目の前を騒がしく動き回る、人間の幼いおのこが現れた。
厳重な結界をすり抜け、飼育員の目さえもかい潜り、我が鼻先に立って満面の笑みを浮かべたその子供を見た瞬間、わらわの眠気は吹き飛んだ。
――間違えるはずもない。
その子に、遠い昔に魂を交わしたあの男を見たのじゃ。
溢れるオーラの色彩、風をはらんだ魔力の揺らぎが、あの男と寸分違わず重なったのじゃ。
『おぬし、我が声が聞こえるか?』
「あれ? 聞こえるよ! ドラゴンさんが話しているの?」
それが、マナブとの出会いであった。
のちにマナブは「あのあと大人にめちゃくちゃ怒られたー」と無邪気に笑っておったが、懲りることもなく、度々わらわに会いに来るようになった。
アクリル越しに手を振る我が愛しき魂を持つマナブのために、思念を飛ばして普段もマナブと語り合う。
マナブはわらわに『フーミン』と愛称まで付けてくれ、
こうして、わらわの長い生に、再び人間との愛おしい交流が始まったのじゃ。
成長するにつれ、マナブは様々な可愛らしい悩みや、楽しかったこと、悔しかった出来事を話してくれるようになった。
中でも、とりわけ熱を帯びるのが「好きな子」の話であった。
「トウワはね、すっごく頭が良くて、魔導具のことになると部屋にこもっちゃうんだ」
「トウワは笑うとね、お花が咲いたみたいに綺麗なの。キラキラしてるんだよ。」
そんな惚気を日常茶飯事に聞かされては、わらわも「まるで番のようじゃな」と目を細め、まるで初孫の成長を特等席で見守るような、何物にも代えがたい幸福を味わっておった。
ある日、マナブは真剣な顔でこう言った。
「僕、絶対にフーミンの側でお仕事できるように、頑張ってお勉強するね!」
はて、とわらわは思った。人間の世界でこの場所の飼育員になるというのは、なかなかどうして、狭き門らしい。
(まぁ、その時が来たら、わらわが直々に口添えをしてやれば済む話じゃがな)
などと密かに愉しみに思っていた折、マナブから酷く乱れた、恐怖の思念が飛び込んできたのはそんな頃じゃった。
ゴブリンごとき下級の魔獣が、わらわの大切なお気に入りを脅かすとは――。
一瞬、我が身の内に眠る竜の血が激しい憤りを見せたが、怪我なく戻ってきたマナブの姿を見て、それもまた己の無力さを知る「成長の証」なのだと気付かされた。
案の定、マナブの連れてきた想い人――トウワも、自責の念で酷く心を痛めておるという。
ならば、少しばかり年の功というやつで、助言をしてやろうではないか、とマナブに提案する。
手を繋ぎ合い、魂の波長を重ねることで、トウワの脳内へ直接言葉を届けてやる。
『探知精度を上げるより、認識阻害の研究をした方が効率的じゃぞ……』
一瞬で目を見開き、雷に打たれたようにハッとしたあのおのこの顔は、実に傑作じゃった。
ものづくりの職人を目指す者として血が騒いだのじゃろう、すぐに瞳に光が戻り、わらわに向けて「ありがとう!」と大きく手を振る姿は、なるほど、我がお気に入りが命を懸けてでも守りたがるわけだと深く納得させられる愛らしさであった。
満足して再び目を閉じ、まどろみの中へと沈んでいく。
遠ざかる意識の端で、嬉しそうなお気に入りの気配を感じる。
ふふ、早く大きくなるがよい、我が愛しき風の申し子よ。
お前が立派な飼育員となって、わらわの隣に来るその日を、わらわはいつでも、この特等席で愉しみに待っておるぞ。
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