8月(1)守りたい背中
ちょっと長いです。第07班の試練回。ホワホワした始まりからシリアス展開になります。
【Episode:マナブ】
地獄のような3日間の補習が、やっと終わった翌週。
僕たち第07班の五人は、学校の最寄り駅の前で待ち合わせをしていた。
昨日までと同じ晴天のはずなのに、補習から解放されたせいか、今日の空はなんだかすごく清々しく感じる。
「まさに冒険者日和だね」
みんな時間通りに集まってくれて、僕のテンションは朝から上がりっぱなしだった。
「もう昨日はワクワクし過ぎて、寝るの苦労したぜ」
ソウシくんが笑う。
その屈託のない笑顔を見ると、僕までなんだか嬉しくなってくる。
「今日同行して下さる冒険者の方が、マナブのオジサンなんだって?」
ジュリくんの質問に、僕は待ってましたとばかりに胸を張った。
「そう! Bランクの凄腕冒険者なんだ!」
「夏休みに初級エリアに行くのは推奨されてるからね。最低でもDランクの冒険者に依頼を出さないとならない所を、Bランクの方にお願い出来るなんて、マナブには感謝しかないな」
イッセイくんにそんな風に言われると、なんだか鼻が高くなっちゃうな。
「はいはい、テンション上げすぎない」
隣からトウワにいつものように釘を刺されたけれど、呆れ顔の小言すら僕には心地よかった。
僕の叔父さん――
「マサ兄」こと城戸マサヨシは、母さんの弟だ。
小さい頃から僕をすごく可愛がってくれている、僕の自慢の叔父さんなんだよね。
みんなでワイワイ話をしながら待っていると、駅前ロータリーに1台の大きな大型ワンボックスカーが滑り込んできて停まった。
運転席のドアが開き、中からオジサンが出てくる。
「よお!」
背が高く筋肉質な身体に、よく日焼けした肌。
そしてワイルドに蓄えられた髭。サングラスまでカッコイイ。
車から降りてきたマサ兄の圧倒的な存在感に、さっきまで騒いでいたみんなが少し気圧されているのが分かった。
だけど、挨拶が始まると、案の定マサ兄の「親戚のおじさん」的な余計な一言が炸裂することになる。
「イッセイです。今日は同行させて頂きありがとうございます、よろしくお願いします」
最初にイッセイくんが、いかにも優等生らしい洗練された綺麗な仕草で挨拶をした。するとマサ兄は、
「マナブと同級生とは思えねぇほどしっかりしてるな! 今日はよろしく」
なんて笑いながら、がっしりと握手を交わした。
マサ兄、一言多いよ……僕だってこれでも一応しっかりしてるつもりなんだけど。
次にトウワが前に出た。
「トウワです。よろしくお願いします」
「おっ! 君がトウワか! マナブの話によく出てくる子だな」
ちょっと待って、もう! なにを言い出すんだ!
僕は一気に心臓がバクバクして、冷や汗がドバッと噴き出した。
「オジサン、余計な事言わないで!」
必死に遮る。
だってマサ兄には、僕がトウワに片思いしてることだって話しているんだから、本当に心臓に悪いってば。
続いて、ジュリくんが挨拶をする。
「ジュリです。初めまして……足を引っ張らないよう頑張ります」
ジュリくんを見た瞬間、オジサンの鼻の下がちょっと伸びたのを見逃さなかった。
こら、オジサン。
ジュリくんは女の子みたいに扱われるのすっごく嫌うんだからね……って、僕の余計な心配は必要なかったみたいだ。
「大丈夫! 今日行くのはF級冒険者が初めての腕試しで行くような所だから、緊張しないでいいって!」
マサ兄はすぐにプロの顔に戻って、普通に握手をしていた。
最後はソウシくん。
普段はあんなに天真爛漫なのに、本物の冒険者を前にして意外にも緊張している様子だった。
少しだけ恥ずかしそうに、
「ソウシです。冒険者の方に同行出来るの、凄く嬉しいです」
と自己紹介をすると、マサ兄は少しだけ驚いたように大きく目を見開いた。
「……君、月読ソウシくんか?」
「はい……?」
「……あぁ、カノンさんの面影があるな。君の親父さんには……俺が駆け出しの頃、命を救われた事があるんだ。本当に尊敬する先輩だった。そうか……ソウシって……そうか……」
マサ兄の瞳が、みるみるうちに潤んでいく。
まさかオジサンが涙ぐむなんて。
「えっ……親父のことを知ってるの?」
隣で、ソウシくんがハッと息を呑むのが分かった。
「あぁ、誰もが憧れる最高の冒険者だったよ。その息子とこうして会えるとは、どこで縁があるか分かんないもんだな……」
マサ兄の大きな掌で頭をガシガシと手荒く撫でられ、ソウシくんは照れくさそうに、でも、ものすごく誇らしそうに笑った。僕が今まで見たことのないような、すごくいい顔をしていた。
「よし! 出発するぞ」
オジサンの豪快な掛け声で、みんなで車に乗り込んだ。
——————————————
運転席にはマサ兄、助手席にはソウシくん。
その後ろの列にイッセイくんとジュリくんが座って、一番後ろの席に僕とトウワが並んで座った。
ソウシくんは最初のあの一瞬でマサ兄に完全に懐いたらしくて、移動中の車内でもずっと楽しそうに助手席でマサ兄と話していた。
「マサ兄、今度親父の話を聞かせてくれる? 時間がある時で良いから。俺、婆ちゃんの話しか聞いたことないから、他の話も聞きたくて……」
「おう! いいぜ。連絡先交換しようか?」
「えっ……本当に!? メッチャ嬉しい!」
かつてないほど弾んだソウシくんの声が車内に響く。
いつの間にか、ソウシくんは『マサ兄』って呼んでるし、オジサンも満更ではない顔をしてる。
いつもなら『面倒くさい』って言って絶対に連絡先の交換なんてしないのに、自分からスマホ出してるし……。
僕の自慢の叔父さんを瞬時にたらしこむなんて、ちょっとだけ複雑な気分。
だけど……。
獰猛なライオンに無邪気にじゃれつく仔犬みたいで、見ていてすごく微笑ましい光景だから、ソウシくんなら許せるって思えた。
——でも、イッセイくんの後頭部、なんだかもの凄いオーラが出てない?
バックミラー越しに見えるイッセイくんの顔が、あからさまに不機嫌そうに尖っているのが気になった。
「ねぇトウワ……イッセイくん、どうしたんだろうね? なんか怖い顔してるけど」
こっそり隣のトウワに耳打ちした瞬間――ぎゅっと僕の足が容赦なく踏まれた。
「いったぁ! ……何するんだよトウワ」
「火に油を注ぐな、バカ……」
「えっ? どういうこと?」
僕が困惑していると、不意に前の席からイッセイくんが、クルッと僕たちの方を振り返った。
「別に。実戦を前に、気を引き締めているだけだよ」
声も、浮かべている笑顔も完璧にいつもの顔だ。
だけど……? 目の奥が、全く笑っていない。
ひえっ、やっぱりめちゃくちゃ怒ってるじゃん!
「そっか! みんな緊張するよね!」
慌ててフォローを入れると、トウワが呆れたようにため息をついた。
「そうですよ。みんなアンタみたいに能天気じゃないんです」
「ひどーい!」
こんな緊張した時こそ、リラックスするのも必要だと思うんだけどな。
ソウシくんも昨日寝るの苦労したって言ってたし、車内が黙り込んでるより、会話してた方が絶対に良いよね?
「そう言えばさぁ。ソウシくんってワイルド系に憧れてるみたいだよね。ソウシくんのあの可愛いお顔に、マサ兄みたいなヒゲが生えたら……プププ!」
自分の頭の中の想像だけで、一人でツボに入ってウケてしまった。
似合わなすぎる〜!
「……はしゃぐな……バカ……」
今度は、ジュリくんの低くて冷たい呟きが聞こえた。
その瞬間、車内の気温が急激に数度下がったような気がして、僕の背筋がブルッと寒くなった。
「はい。ゴメンナサイ……」
僕はそっと口を閉じた。反省……反省します……。
――――――――——————
結界の張られた大きな塀の内側ギリギリのところで車が停まり、僕たちはそれぞれの武器を手にした。
ここから先は、いよいよ徒歩での移動になるそうだ。
「よし、こっから先は遊びじゃねぇぞ」
マサ兄の表情が、一瞬でプロの冒険者の険しいそれに変わった。
橋を渡ると、人間を護ってくれている街の結界は完全になくなる。
僕たちは、里山の魔獣エリアへと一歩足を踏み入れた。
ここは比較的小さな魔獣が多く住む場所だと聞いていた。
だけど、一歩間違えれば命を落とす結界の外だ。
「あれ……?」
異変があったのはトウワの魔獣探知機だった。
「結界の外で使うのが初めてだからかな?表示が止まらない。悪い……今回、探知機の調子が悪いから僕も戦闘に入るよ。」
と、トウワは肩に担いだ弓を手にする。
「検知器が使えないのは痛いな、十分注意して進もう。」
僕たちは頷きながら、先に進む。
成果は驚くほど順調だった。
マサ兄の的確な指示に従って、イノシシのように真っ直ぐに突進してくる『ブルファンゴ』をみんなで倒していく。
学校の訓練とそんなに変わらないかもしれない、僕は連携の取れた攻撃をマサ兄に自慢したくて
「どう? マサ兄。僕たち、結構いい線いってるでしょ!」
大斧を肩に担いで言う僕に、マサ兄は
「油断すんなよ」
と低い声で言い、鋭い視線をずっと周囲の茂みに走らせている。
お昼になり、少し開けた木陰の切り株に座って休憩を取ろうとした、まさにその時だった。
——マサ兄が、一瞬で真顔に変わった。
「……何でこんな場所にゴブリンの気配が。みんな、固まれ! 撤退だ!」
空気が一変した。
ビリビリとした凄まじい緊張感が走る。
慌てて周りを見回すと、カサカサと激しく揺れる木々の隙間に、不気味などす黒い緑色の肌を捉えた。
途端に、四方八方の茂みから、落ち葉をガサガサと踏み荒らす無数の音が響き渡る。
――囲まれてる!?
自分たちが今、魔獣たちの『獲物』にされてしまったんだという最悪の恐怖が、足元からゾワゾワと這い上がってきた。身体が思うように動かない。
ぎゅっ、とトウワが後ろから僕の服を強く引っ張った。
その手の小刻みな震えを感じた瞬間、僕はハッと我に返り、みんなの様子に目を向けた。
そうだ、みんな初めての結界エリア外なんだ。
……僕が、なんとかしなきゃ。
「大丈夫。いざとなったら僕が囮になるから、トウワはダッシュで逃げてね。いい?」
「バカ……一緒に逃げるんだよ!」
トウワの必死な声が、胸に刺さる。
僕はその言葉に、小さく強く頷いた。
「ギャギャギャギャ!」
耳障りな鳴き声と共に、ゴブリンたちが一斉に飛び出してきた。マサ兄が凄まじい速さで先陣を切り、一匹を真っ二つに斬り伏せる。
「今だ! 走れ!!」
マサ兄の怒号が響く。
僕たちは倒れたゴブリンの死体を飛び越え、来た道を必死に、死に物狂いで駆け下りた。
後方から、マサ兄が残りのゴブリンと激しく戦闘している金属音が響いてくる。
オジサンを助けなきゃ、加勢しよう、そう思って走りながら必死に魔法を練るけれど……全然、発動してくれない。
頭の中が完全に真っ白だ。
いつもの訓練のように指が動いてくれない。
自分の無力さが恥ずかしい。
悔しい……悔しい……
ただ走って、走って、足を動かして、やっと結界へと続く橋に辿り着いた時、安心感で涙が出そうになるのをぐっと堪えた。
無事に結界の塀の内側へと駆け込み、みんなの顔を見回した。
みんな一様に顔が青白く、強烈な緊張と恐怖が残っているのが一目で分かった。
誰も、何も言わない。
無言のまま、各々激しく上下する息を整えることしかできなかった。
少し遅れて、マサ兄が静かに戻ってきた。
その服にはゴブリンの青い不気味な返り血がべったりと付いていて、ツンとした生臭い匂いが鼻をついた。
「みんな怪我はないか?『現場』は学校とは違うだろ?」
「……俺、怖かった。何も出来なかった」
あの、いつも前を走って実技満点のソウシくんが、見たこともないくらい身体を震わせ、今にも消えそうな声でそう言った。
ソウシくんでも、あんなに怖がってるんだ……。
僕たちは、無力だ。
その現実を、骨の髄まで痛感させられた。
もっと、もっと実力を付けなければ、自分自身の命も、そして――
僕の、世界で一番大事な人のことも、守れない。
僕はそっと、隣でまだ小さく肩を上下させて呼吸しているトウワを見た。
守りたい、その細い背中をじっと見つめる。
(……絶対守る。もう二度と、こんな怖い思いはさせない。……僕は、もっと強くなる)
大斧を握る右手に力を込め、
——強く誓った。
読んで下さってありがとうございます。
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