7月(3)夏休み開始!
【Episode:ソウシ】
照りつける太陽。
狂ったように鳴く蝉の声。
朝だというのに、立っているだけで体中から汗が吹き出してくる。
制服の背中がぐっしょりと肌に張り付いて、めちゃくちゃ気持ち悪い。
「……暑いねぇ、ソウシくん」
「……ああ。なんで夏休みなのに、学校へ行かなきゃなんねぇんだろ」
「それは、僕たちが期末で補習に引っかかったからだよ」
「ああ゛~~……」
俺とマナブは、駅を出てすぐ目の前にそびえ立つ、学園名物の長い長い石段を見上げて同時に絶望した。
この階段には、大昔に偉い魔法使いがかけた幻影魔法が残っているらしい。
冬の雪の日は凍てつくブリザードを呼び、今日のような真夏日には、逃げ場のない灼熱の砂漠へと姿を変える。
しかもかなり高度な魔法らしく、体感温度も変化する程のリアルさ……
最悪だ。
陽炎がゆらめく中、俺とマナブは並んでダラダラと石段を登り始めた。
「昨日、改めて予定表見たら今日から3日間もあるんだよ。貴重な夏休みが……。おかげでおじさんとの『魔獣狩り』もキャンセルになっちゃった」
「魔獣狩り!?えっマジで? すっげーな、マナブ!」
「えへへ、そうかな? 高校生になって冒険者登録したじゃん。ずっと現場に行きたいって話をしてたら、オジサンが連れて行ってやるぞって」
マナブの意外なワイルドさに、俺は思いきり食いついた。
きつい座学の補習も、こうしてマナブと一緒になら乗り切れそうだ。
そう確信した頃、ようやく俺たちは校舎へと辿り着いた。
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それから数時間。
俺にとっては地獄のような補習をようやく終え、ヘロヘロになって廊下に出た時のことだ。
「二人ともお疲れ様。随分と締まりのない顔をしていますね」
大きな機材を魔法でふわふわと浮かせて運んでいたのは、工学科のトウワだった。
「あ、トウワ! 手伝うよ。……相変わらず重装備だな〜」
「ウチの担任からの無茶ぶりですよ。あの人、生徒は弟子だと思っているからね。君たちは、これで終わり?」
「おう! 昼からイッセイの家に遊びに行く予定。キクさんのスイーツが待ってるんだ!」
俺がそう言うと、隣でマナブがパッと目を輝かせた。
「えっ、イッセイくんの家!? 僕も行きたいなぁ! スイーツ食べたいなぁ~!」
その瞬間、トウワの眉がぴくりと動いたのを俺は見逃さなかった。
トウワはなぜか、マナブに向かって
「空気が読めないのかなぁ……」と小さく呟き、チラチラとマナブに視線を向けている。
「マナブ。先約というものがあるでしょう」
トウワはマナブの足を、容赦なく、けれど静かに靴で踏んづけていた。
「いったぁい! なんで足踏むの、トウワ!」
「バカ……」
「ひど~~い!」
なんだかよく分からないけど、二人のやり取りが面白くて俺は笑ってしまった。
「まぁまぁ、俺ら同じパーティーだもんな! イッセイに聞いてみるよ」
俺はポケットからスマホを取り出し、イッセイへ連絡を入れる。
「あっ、イッセイ? 今 補習終わったとこ。マナブとトウワに会ってさ、イッセイの家に行くって言ったら『いいなー』って。……えっ、いいの? 二人も連れてって。……サンキュ! 優しいなぁ、イッセイは」
電話を切って、俺は満面の笑みでマナブたちに親指を立てた。
「オッケーだってよ! 行こうぜ!」
「やったー! 楽しみ!」
無邪気に跳びはねて喜ぶマナブ。
だけどなぜか、その後ろでトウワだけが
「はぁ……」
と、深くため息をついていた。
「早く運んじまおうぜ!トウワも一緒だと俺は嬉しいよ」
言いながら、機材に手を貸すと
「まったく……かなわないよ、この人には……」
トウワは呆れたように呟いた。
けど、いつものように優しく微笑んでくれた。
トウワって、文句も言うけど、とても優しいんだ。
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駅を降りてしばらく歩き、俺たちはイッセイの住む屋敷の前に立った。
街中の高い塀に囲まれた広大な敷地。
高い塀が違和感ないのは、やっぱり何らかの魔法が施されるているのだろう。
トウワは門の前に立った瞬間、急に足を止めて息を呑んだ。
「……町中にこれほどの規模の結界を維持するなんて。櫻川家、想像以上の資産家ですねぇ」
トウワが何か専門的な難しいことを言って驚愕しているのを余所に、俺とマナブは至って気楽なものだった。
「大きな御屋敷だねー!」
「だろ? 俺も最初見た時はびっくりしたぜ」
「ふふふ、ソウシくん何でドヤ顔なのさ」
「ははは。」
その時、塀の隅にある、ひっそりと隠されるように作られた勝手口の扉が静かに開いた。
「いらっしゃい。よく来たね」
イッセイが、いつもの完璧なまでににこやかな王子様スマイルで現れた。
「えっ!? こんなところにドアなんてあったっけ?」
驚くマナブに、
「びっくりするよなぁ!」
と俺が笑う。
だけど——
トウワだけはなぜか、イッセイの笑顔を見ながら一瞬だけ顔をこわばらせていた。
なんだかちょっと緊張感のある視線に、俺には二人が目で会話をしているように見えて、ちょっと不思議だった。
中に入ると、家政婦のキクさんが
「まぁまぁ、賑やかでいいですねぇ!」
と盛大に歓迎してくれた。
俺は久々に会うキクさんに
挨拶しながら、案内されたリビングのソファー、いつもの席にドカッと座る。
昼食に出されたのは、キクさん特製のオムライスに唐揚げ、濃厚なポタージュスープと彩り豊かなサラダだ。
「これこれ!キクさんありがとう! マジで美味いんだよ!」
俺が口いっぱいに頬張って大絶賛すると、キクさんは嬉しそうに笑顔を見せてくれた。
イッセイも、皆んなも美味しそうにバクバク食べていた。
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昼からは、四人での宿題タイムだ。
静かな離れの部屋に、ペンが走るカリカリという音と、イッセイとトウワが勉強を教えてくれる落ち着いた声が心地よく響く。
「イッセイ、ここが分かんねー」
「この法則を当てはめればいいよ」
「あ、本当だ! すっげー、一瞬で解けた!」
イッセイの教え方は本当に分かりやすい。
二時間が経過した頃、キクさんが焼き立てのパウンドケーキを運んできてくれた。
部屋中に甘いバターの香りが広がる。
ケーキを食べながら、話題はマナブの『魔獣狩り』の話になる。
「補習のせいでキャンセルになったけど、来週ならおじさんに同行してもらえるんだ。冒険者の人に同行してもらって現場へ行くって経験なかなか出来ないじゃん。せっかく高校で冒険者登録したから夏休み位は魔石や素材でお小遣い稼ぎもしたくて!」
「いいなー、俺も行ってみたい!」
「えっ、じゃあソウシくんも来る? おじさんに聞いてみるよ!」
マナブがそう言ってくれた瞬間。
「……えっ?」
イッセイの動かしていたフォークが、ピタッと止まった。
イッセイは俺とマナブの顔を交互に見つめ、少しだけ面白くなさそうな、そんな視線を向けてきた。
「……僕も行きたい。ちょうど、実地訓練の必要性を感じていたところだ」
イッセイは真剣な顔で頷き、身を乗り出すようにして宣言した。
すると、隣にいたトウワが焦ったように口を開いた。
「……なら、僕も行きたい。この間作った道具の試運転もしたいですから」
「おっ、トウワも行く? なら、パーティー全員で行かないか?」
「いいねー。オジサンなら大丈夫だと思うよ!」
「やったー!じゃ、ジュリにも連絡しないと……」
俺は嬉しくなって、迷わずスマホを取り出し、すぐにジュリに電話をかけた。
「……あっ、ジュリ? 魔獣狩りに行こうぜ!」
『いきなり何だよ。この暑さでおかしくなったの? 嫌だね、せっかくの休みなのに……』
案の定、ジュリの冷めきった声がスピーカーから漏れてくる。
「今決まったんだよ。マナブのおじさんに同行してもらうんだけど、せっかくなら全員で行こうぜって。……あ、イッセイも行くって言ってるぞ」
『…………行く!』
ジュリの切り替えの早さに、俺は思わず吹き出しそうになった。
「おっ、ジュリもOKだって!」
「よし! 補習が終わったら、第07班全員で魔獣狩りだね!」
マナブの快活な宣言に、イッセイも満足そうに深く頷いていた。
俺が「みんなで行けるの楽しみだな!」 と喜んでいる横で、トウワだけが
「……前途多難ですね」
と、遠い目をしながらパウンドケーキを口に運んでいた。
トウワは本当に心配性だなぁ。
最高の夏休みの始まりは、俺の予想を遥かに超えて騒がしく、そして熱いものになりそうだった。
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【トウワのひとりごと】
このお宅訪問。
イッセイが、ソウシだけを誘っていたのは明白なのに。
多分、あの人の頭の中には……
夏休みにソウシと二人っきりで過ごし、少しばかり二人の間に進展があるかも……なんて甘い期待もしていたはず。
マナブの奴、僕たちがお邪魔虫なのにも気がつかないなんて。
ソウシとマナブが親密になりすぎたら(イッセイ本人は否定するだろうが)ソウシに絶賛片想い中のイッセイの嫉妬で、ウチのパーティーが崩壊しかねない。
はぁ~やれやれ。
夏休みはゆっくり魔道具造りに精を出したかったんですけどね。
僕が、空気を読むしかないでしょう。
でも、まぁ…………
夏休みに、みんなと一緒に行動するとか、
ちょっと楽しそうですね。




