7月(2)1学期末 期末試験
【Episode:マナブ】
男子校特有の熱気と汗の匂いがこもる季節。
期末試験を一週間後に控え、一学期の締めくくりとなる『合同授業』が地下のダンジョンで、各パーティ単位で行われていた。
「右から来る!」
トウワが声を上げ、
「ジュリ!防壁。ソウシ行け」とイッセイくんの指示が飛ぶ。
「「了解ッ!」」
ジュリくんが氷の壁を作ってウルフを足止めし、ソウシくんがそれをしなやかな跳躍で飛び越える。
そして忍び刀をウルフの首に滑らせると、ウルフは一瞬で魔石を残して消え去った。
「前方から2体!!」
「僕は右を行く、マナブは左をやれ!」
「OK!」
その動きには、一切の迷いがない。イッセイくんが刀身を左から横に切り裂き、僕は左から向かってきたウルフに向かって愛用の斧を斜めに振り上げた。
カラン、と魔石が2つ地面に転がり落ちる。
そのまま洞窟を進んでも、以降はトウワの探知機にも引っ掛からない。
ウルフ系は群れで行動するので厄介だけど、今回のは小規模だったようだ。
「あっ!水晶の部屋が見えたよ」
「よっしゃ!終わり〜!」
無事にダンジョン実習が終わり、僕たち五人は地上へと這い出した。
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更衣室で汗を拭き、制服に着替えていると、
話題は必然的に『夏休み』と、その前に大きな壁として立ちはだかる『期末試験』の話になった。
「はぁ……。実技はこうやって体動かせばいいから楽なんだけどな」
ソウシくんが首筋の汗をタオルで拭いながら、げっそりとした顔で呟く。
その言葉に、僕は激しく同意した。
実技だけなら満点なのに、座学が本当にヤバい。
「あのさっ!! イッセイ様、トウワ様、ジュリ様、期末前に『英語』と『魔法基礎』教えてもらえないでしょうか!!」
僕はプライドを全部投げ捨てて、イッセイくんたち三人にすがりついた。
「俺も!俺も!教えてください」
ソウシくんが僕に被せるようにして元気に手を上げた。
「普段からやってれば試験前に慌てなくて済むのに」
ジュリくんのもっともな言葉が容赦なくグサッと刺さる。
「ソウシも、その教科だけ?」
トウワがじろりと疑いの目を向けてきた。
ソウシくんは、
「実は『数学』と『生物』が前回ギリギリだった。生物は自分でも少しずつやってるけど、数学はさっぱりだ!」
と言った。
言動はめちゃくちゃ情けないけど、態度はどこまでも清々しいのがソウシくんらしい。
イッセイくんは苦笑いをしながら、
「いいよ。徹底的に叩き込んであげるよ。みんなはどうだい?」
イッセイくんがそう言って、トウワとジュリくんを振り返ると、
「仕方ないですね。自分の復習も兼ねて教えてあげますよ」
と、トウワが困ったような顔をして応じてくれた。
さらに、
「はぁ、僕も良いよ。07班から退学が出たら困るからね」
と、ジュリくんにも承諾してもらった。
……ただし、ジュリくんの目は完全に『赤点取ったら殺す』と言いたげに据わっていたけれど。
「じゃあ、放課後集まって勉強会をしようか……でも、他の教科は大丈夫なのかい?」
イッセイくんが心配そうに尋ねてきた。
僕とソウシくんはパッと顔を見合わせ、そろって「大丈夫!」と胸を張った。
「国語と社会の一般教科は余裕かな、直前にガッと暗記しちゃうし!」
「そうだよな!そこまで甘えてられないし、自分で頑張るよ!」
「うんうん。覚えるだけの科目に時間はかけられないしね。僕らもやればできるってところ、見せようね!ソウシくん!!」
「頑張ろうぜ、マナブ!」
僕たちの返事に、イッセイくんは不安そうに、少し眉をひそめていた。
確かに不安かもしれないけど、僕はやればできる子のはず。
だけど、イッセイくんのその嫌な予感の正体を、この時の僕たちは深く考えていなかった。
「……トウワ。君の目から見て、どう思う?」
イッセイくんはトウワに問い掛ける。
「ソウシ。舐めてると、あとで泣くことになるよ?」
トウワが手元の端末の埃を落としながら、冷ややかに忠告してきた。
だけどソウシくんも
「大丈夫だって! トウワは心配性だなぁ」
と笑いながら、トウワの肩をポンとはたいていた。
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そして、その日の放課後から、三人がかりで僕ら二人への勉強猛特訓が始まった。
平日は図書館に集まり、休日にはイッセイくんの自室に押し寄せ、深夜まで続く勉強会。
イッセイくんに厳しく指導され、トウワには舌打ちされながら問題を解かされ、ジュリくんには解けるまで繰り返し文法を脳内に叩き込まれた。
「よし。これで『英語』『魔法基礎』『数学』『生物』二人とも八割は固まったはずだ」
試験前夜、イッセイくんが満足げに頷いた。
「ありがとな、三人とも! これで勝てる気がしてきたぜ!」
僕とソウシくんは、机の上に積み上げられた教科書の山を見て、ものすごい達成感に浸っていた。
もちろん、自分たちでやると宣言した『国語』と『社会』の教科書は、今晩帰ってから頑張ろうと思ってはいた。
——思っては、いたんだ。
鞄の底でその二つの科目が、一度も開かれないまま朝になってたなんてこと……
親身になってくれた三人には、とても言い出せなかった。
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期末試験の最終日。
試験終了を告げる最後の鐘が鳴り響くと同時に、解放感と、絶望の混じった咆哮が校舎のあちこちから上がった。
その数日後。
僕たち第07班のメンバーは、中庭のカフェエリアの隅に集まっていた。
「……信じられない」
イッセイくんが、めまいを堪えるように片手で額を押さえている。
その視線の先にあるのは、僕とソウシくんの、返ってきたテスト用紙だ。
魔法基礎 ソウシ:90点 / マナブ:85点
英語 ソウシ:80点 / マナブ:80点
数学 ソウシ:80点 / マナブ:85点
生物基礎 ソウシ:85点 / マナブ:95点
社会 ソウシ:32点(赤点)/ マナブ:30点(赤点)
国語 ソウシ:30点(赤点)/ マナブ:28点(赤点)
「いや……でも見てイッセイ! 4教科はすごくない? 先生にも『お前がこんな点取るなんて天変地異か?』って驚かれたし!」
ソウシくんが答案を指差して訴えている。
「……いや、何と言えばいいのか……マナブ、君もだ。どうして国語で三十点を切るんだい?」
イッセイくんの声音は、怒りを通り越して静かな絶望に満ちていた。ものすごく怖い。
僕たちが「難しい」と泣きついた科目は、三人がかりの指導で見事に克服していた。
しかし、僕たちが「大丈夫」と高を括っていた教科が、よりによって僕たちの足を掬ったのだ。
「いやぁ、ココが出る!ってヤマを張った所が全く出なくて……」
「マナブ、ヤマを張れるのは普段から授業を真面目に聞いてる人間だけですよ」
トウワが心の底から呆れたように溜息をつく。
ジュリくんも無言で『自業自得』と言わんばかりの冷たい視線を送ってきた。
「……とにかく。二人は夏休み前半『赤点補習』が確定だね」
「ああ〜〜〜」
「はぁ……」
僕とソウシくんは、二人同時に深々と項垂れた。
僕はそこで、恐る恐るひとつの疑問を口にしてみた。
「ちなみになんだけど、三人とも僕たちに勉強を教えてて成績が下がったとかないよね…?」
「あっ……大丈夫だったか?」
ソウシくんも、申し訳なさそうな顔で眉を下げてイッセイくんたちを見る。
「そんな事心配ないよ。見てみるかい?」
「じゃあ僕も…」
「はい。僕のも見てみなよ」
僕とソウシくんは、三人から手渡された答案用紙をのぞき込んで、ガタガタと震えた。
特進科や工学科は、僕たち普通科や体育科とはテストの内容も範囲も全く異なっている。
だけど、レベルは遥かに上なことくらいは僕たちにだって分かる。
分かっていた、のだが……。
「……全教科九十点台、どころか百点がいくつもある……」
「マジかよ……住む世界が違う……」
完全に絶句する僕たち二人に、イッセイくんがいつもの柔らかな笑みを浮かべて声をかけてくれた。
「ともあれ、二人ともお疲れ様。難しい方はできたんだ、自信を持っていいよ」
「「……ありがとうございました!!」」
夏休みの補習という、嬉しくない「おまけ」はついてしまったけれど。
夕暮れの中庭に、異次元の天才たちと、僕たち赤点コンビの笑い声が楽しく響く。
僕たちの第07班は、この期末試験を経て、より一層密な仲間になれた気がした。




