7月(1)夏の気配
梅雨が明けました。暑くなってきましたね。
【Episode:ソウシ】
昨日までの雨が上がり、久しぶりに晴れた空はすっかり夏の色に染まっていた。
強い日差しが、肌をジリジリと焦がしていく。
俺は貴重な昼休みを返上して、多目的棟の屋上へと上がっている。
普段なら、風の抜ける教室の机で、心地よく昼寝を決め込んでいるはずの時間だ。
それでも、汗だくになりながら階段を登った理由はただ一つ。
今朝、イッセイから、
『昼休み、例のソウシに書いてもらった横断幕の設置をするんだけど、昼休みに時間取れる?』
と、誘われたからだ。
——あの日から……。
あの雨の日、古い倉庫でただ抱き締めあった時から、俺は妙にイッセイのことが気になっている。
「あっ、ソウシ! こっちだ、こっち!」
声のした方を見ると、イッセイが笑顔で手招きしていた。
(……相変わらず、爽やかだな)
俺は軽く手を上げて答える。
屋根の無い広い屋上には、炎天下の中で汗を流して作業する大勢の生徒たちがいた。
なのに、なぜかイッセイの周りだけ、涼やかな風が吹いているように見えるから不思議だ。
元来、面倒くさがりなこの俺が協力しているのは、一生懸命頑張っているイッセイの力になりたいと思ったから。
(……多分、イッセイじゃなかったら絶対に断ってた)
放課後の会議室、二人で進めた作業。
イッセイが複雑な計算をして大きさを割り出し、それに合わせて俺が文字を書く。
それが浮き上がるように、魔道具の調整を何度も繰り返して……
ようやく出来上がった横断幕のお披露目の日だ。
一文字ずつバランスを計って文字を書くのは、俺にとってはすごく根気のいる作業だった。
だけどイッセイはいつも隣で、俺が不自由なく作業出来るように細かく気を配ってくれたんだ。
(中学の時、死ぬ気で勉強して、厳しい修行に耐えて本当に良かった……。こいつに出会えただけで、お釣りがくるレベルだ)
「イッセイ!」
額の汗を拭いながら駆け寄ると、あっという間に他のクラス役員たちに囲まれた。
「おっ、シンデレラ! 今回はありがとう!!」
「やった! シンデレラが来てるって知ったら、下の連中が悔しがるぞ!」
「シンデレラの字なんだろ?格好いいね!おかげで最高なのが出来たよ!」
「もう! シンデレラって呼ぶの、マジで勘弁してくれよ。あれは俺の人生の汚点なんだから!」
「何言ってんだ、あの激走はうちの体育祭の輝かしい伝説になったんだぞ!」
俺は思わず頭を抱えた。
六月の体育祭。
リレーのアンカーがくるぶし丈のロングスカートを履いて走るという、学園の伝統。
恥ずかしくて柄物だけは断固拒否して選んだ『白いスカート』。
……なのに、スカートを掴んで走る俺の姿は、十二時の鐘の音に追われて城から逃げ出す『シンデレラ』に見えたそうだ。
——以来、その不名誉な二つ名はあっという間に学園中に広まってしまった。
「もう止めろよ。ソウシも本気で嫌がってるだろ?」
イッセイがスッと間に入り、俺に助け舟を出してくれた。
「悪い、調子に乗った! ごめんな、ソウシ!」
周りの連中が慌てて謝るのを見ながら、俺は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
イッセイはこうして他人が囃し立てる時は、必ず俺の味方をしてくれる。
……本当に、いい奴だ。
「今回の横断幕、先生方にも評判がいいんだ。ソウシのおかげだよ、ありがとう」
イッセイが不意に、俺の肩に手を回した。
たったそれだけのことで、ドクン、と心臓が跳ねる。
(イッセイはあの倉庫の後も平気そうな顔をしてるのに、俺だけがこんなに意識してるなんて、マジで恥ずいよな……)
「いいよ、喜んでもらえたなら」
照れくさくて、つい素っ気なく答えてしまったのは、これ以上近くにいたら顔が真っ赤になりそうだったからだ。
イッセイに促され(文字を書いた特権だそうだ)、魔導具のスイッチを押すと
――俺の書いた字は、下で作業する生徒の仕掛けた魔導具に反射して、空間に飛び出してきた。
『全国 高校魔法競技大会 出場!! 目指せ頂点を!』
「「「おおーーー!!」」」
完成の瞬間に、周辺の生徒たちから一斉に歓声が上がる。
俺は屋上の手すりに手をかけて、眩しい空を見上げた。
初夏の熱を含んだ風が、吹き抜けていく。
(もう少しで夏休みか……。イッセイは生徒会もあるし、夏休みも忙しいんだろうな)
遠くに浮かぶ大きな入道雲を見つめながら、俺の胸に、少しだけ寂しさが広がる。
自分とイッセイの特別な接点が、この横断幕の設置で終わってしまった気がしたからだ。
「ソウシ!」
背後から、イッセイに背中をポンッと叩かれて、また心臓が大きく跳ね上がる。
「おう、びっくりした……」
「みんなもう降りたよ。熱中症になる前に、僕たちも降りよう」
背中に置かれた、彼の大きな手のひらの熱に促されるようにして階段へ向かおうとした、その時だった。
「……夏休み。良かったら一緒に宿題しないか?君がヒーラーの勉強をするにあたって、特進科の授業は体育科より詳しく授業が進んでいるからね」
イッセイが、無敵の爽やかスマイルを浮かべて言った。
その瞬間、俺の中からさっきまでの寂しさが一瞬で消える。
夏休みも、一緒にいられる。
「えっ…マジで?参考書を読んでもわかんねーとこあったんだ、教えてくれる?」
「もちろん、僕で分かる事なら!そうだ、うちに来なよ。キクさんも自作のスイーツを食べて欲しいと話してたよ。」
「やったー!楽しみ!!」
一気に気持ちが爆上がりした。
キクさんのスイーツも、イッセイと会えるのもの嬉しすぎる。
「夏休みを有意義に過ごすためにも、赤点に引っ掛かるなよ!」
「ぐっ…!!」
「どうした?」
「……今、イッセイに地獄へ突き落とされた。あ~キクさんのスイーツ~〜。」
胸を押さえて大袈裟に嘆いてみせると、イッセイは声を上げて笑いながら、さらに嬉しいことを言ってきた。
「頑張れよ!なんなら夏休みはウチに泊まっても良いんだから。キクさんのご飯も待ってるぞ!」
「頑張りま〜す!」
「ははは、頑張れ〜!!」
俺たちはふたり、眩しい太陽の下で顔を見合わせて思い切り笑った。




