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7月(スピンオフ)小さな幸せ

本日二つ目の番外編です。




【Episode:警察勤務 相澤】

 

 ガタン‥ゴトン‥と規則正しい振動が体に伝わる。

 警察の本庁 鑑識課に勤める40歳の相澤は、電車のドア横にあるモニターをぼんやりと眺めていた。

画面の中では、ニュースキャスターの女性が神妙な面持ちで原稿を読み上げている。

 

『――先程、警察が発表したところによりますと、先日〇〇県内の山中で見つかった身元不明の遺体は、先月から行方不明となっていた男性であると判明しました。現場には複数の人型魔獣の痕跡が残されており、魔法省はこの発表を受けて冒険者ギルドへ緊急の討伐依頼を出すとともに、市民に対し、結界エリア外への外出、および立ち入りには危険地区マップの閲覧を推奨するとともに十分な安全装備を身につけての行動を心掛けるように、との声明を出しました。』

 

(やっと発表ですか……)

 

 相澤は小さく息を吐いた。

 使い込まれた革鞄を膝の上に抱え、シートの背もたれには一切背中をつけない。

真っ直ぐに背筋を伸ばして座る彼の姿は、朝の通勤ラッシュの中では少し異質に見えるが、本人は全く気にしたことはない。

 背もたれに背中を預けてしまえば、スイッチが入ったかのように一瞬で深い眠りに落ちてしまうからだ。

 高校生の頃、一定のリズムの振動が心地よく思わず深い眠りに入ったため、学校を通り過ぎて大遅刻した事は忘れられない大失態だ。

 あの日以来、相澤は「通勤・通学電車では絶対に背もたれに背中を付けない」と心に誓っている。

 警察の鑑識として長年勤務しているが、一昨日まではニュースにあった〇〇県警の要請を受け、本庁からの応援として現場へ遠征していた。

 どんな事件であれ、人が関わっていれば警察は動く。

しかし、本庁の鑑識が出向までするケースはそう多くない。

 今回の任務は、身元不明の被害者が自ら進んであの危険な場所へ赴いたのか、あるいは別の意図によって誘い出されたのか、戦闘の有無はあったのか、その足跡を調べることだった。

 人間が放った魔法の痕跡というものは、特別な魔導具さえ使えば、たとえ雨が降ろうとも消えない灯火のように残るものだ。

 その見えない痕跡を追い求め、屈強な冒険者たちに護衛されながら、重量のある魔導具を抱えて険しい山中を移動した――。

 それだけで、40歳の体はクタクタにすり減っていた。

 機材と一緒に昨夜遅くに車で帰庁し、今日は何事もなかったかのように、いつもの通勤電車で本庁へと向かっている。

 

 この時間、この車両の、いつもの定位置。

 そろそろ、あの少年が乗ってくる駅だ。

我が母校、喜多川魔法学園の制服に身を包んだ、一人の男の子。

——ガタン、といつものポイントで電車が大きく揺れてから、ちょうど1分。

プシューーと音を立ててドアが開くと、あの子が車内へと入ってきた。

 少し明るい茶色の髪に、驚くほど整った綺麗な顔立ち。

笑うとあどけなさが残って可愛い。

身長はまだそこまで高くないが、これからが成長期の伸び盛りといった若々しい眩しさだ。

綺麗だから男子校の中ではさぞかし目立つだろう。

 

(そういえば、自分の学生時代にも『姫』と呼ばれた同級生がいたな……)


 ふと、そんな懐かしい記憶が脳裏をよぎる。

学園全体の高嶺の華のような存在だったが、相澤が廊下ですれ違いざまに挨拶をすると、

いつも「おう!!」と普通に気さくに応えてくれる、とても気の良い人だった。

——今頃、あの時の『姫』はどうしているのだろうか。

ぼんやりと、そんな青春時代の思い出に浸る。

 

 少年はいつも通り、電車のドアに半身を預けるスタイルで佇んでいる。

ふと見ると、本日の彼の後頭部には、寝癖らしき髪がピョコンと可愛らしくハネていた。

(なんて愛らしいんだ……)

 張り詰めていた相澤の心がふわりとほぐれ、ついつい口元が緩んでしまう。

と、その瞬間だった。

 不意に少年が車内を振り向き、ばっちりと目が合った。

 すると少年は、不審がる風でもなく、いつも背筋を伸ばして座っているオジサンを認識したのか、相澤を見て小さく微笑んだのだ。

 

……ドクン。

40歳、相澤の胸が高鳴る。

年甲斐もなくトキメキを感じ、思春期に戻ったように急に恥ずかしくなってしまった。

 相澤はなんとなく(不自然に見えないように)視線を動かし、照れ隠しにそっと目を閉じた。

胸の奥が温かい……

まるで喜多川の生徒だった高校生の頃にタイムスリップしたかのような、不思議な高揚感に包まれていた。

 楽しかった高校生活。

 全力で行事に取り組み、『第12班』のメンバーと喧嘩もしたけど肩を組んで笑いあっていた、あの泥臭くも楽しく眩しい日々。

 間違いなく、その頃が相澤にとっての青春だった。

 

(久しぶりに、当時のパーティメンバー『第12班』で集まって飲むのも悪くないな……)

 

 そんな心地よい思考にふけっているうちに、電車は本庁の最寄り駅に滑り込む。

開いたドアへと向かうため、少年の前に立つ。

 相澤はすれ違いざま、大人の余裕を持って、軽く「どうも」と会釈をした。

 すると男の子は、太陽のように眩しい満面の笑顔で

「あ、おはようございます!」と応えてくれたのだ……

 

 山道での疲れが、嘘のように吹き飛んだ。

うん、間違いない。


今日は良い日だ。


 

——————————————


【 おまけ 】


毎朝、電車で見かける背筋ピーンのオジサン。

しばらく見なかったけど、今日はいた!

 なんかちょっと嬉しくて、思わず挨拶しちゃったぜ……

ふふふ…… 

「おはよう、ソウシ。」

「あっイッセイ、おはよう!」

「何?良い事でもあったのかい?」

「いや、何でもない。ちょっと思い出し笑いをしてただけ。」

「あれ?ソウシ、今日の寝癖は芸術的だな。」

「もう!頭を撫でるなよ~」

「ははは……」


相澤はイッセイの乗り込む駅の一つ前で降りるので、この一駅分のイチャイチャを知らなかったりします(笑)


 

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