7月(スピンオフ)喜多川女子魔法学園
番外編を二つ。書いてて楽しいです。
【Episode:喜多川女子魔法学園1年 望月セリナ】
私(望月セリナ)はとんだ誤算をしておりました。
中学時代、同じ生徒会役員として私の隣を歩いていた櫻川イッセイくん。
不正を断じて許さず、いつでも理路整然と正義を並べる彼に、私はずっと人知れず恋焦がれていました。
恋愛には一切興味を示さないストイックな彼だったけれど、高校に進学すれば、同じ『喜多川』の姉妹校同士。
当然、いくらでも交流の機会はあるもの……と信じて疑っていなかったのです。
ところが、入学後に先輩方から聞かされた現実は非情なものでした。
なんと、二つの学校が公式に交流するのは、
年にたった数度、『ダンジョン研修』と『生徒会主催の交流会』があるだけだというではありませんか。
しかも1年生一学期はそのどちらも無いそうで、
「すぐにイッセイくんに会えると思っていましたのに……」
目の前が真っ暗になった私を救ってくれたのは、
我が校に伝わる不思議な慣習——
『姉妹制度』でした。
入学すると同時に、1年生にはランダムで2年生の『お姉様』が割り振られるという制度です。
なんでもその昔は、2年生が気に入った1年生を自分から「妹」に指名できる制度だったらしく、一人の可愛い1年生を巡り「生きるか死ぬか」の大喧嘩に発展するような大事件があったため、学校側が勝手に組み合わせる制度に変わったという、嘘のような歴史があるそうです。
そんな制度で私の姉となったのは、今期から『生徒会書記』を務める才女、内林カナ先輩でした。
優しくて、知的で、とても綺麗なカナ先輩。
学校生活の心得や中間試験の対策、そして私のちょっとした人間関係の悩みにも親身になって耳を傾けてくれる先輩と過ごすうちに、私の中には、本当の姉ができたような弾んだ感情が芽生えていきました。
気がつけば、あれほど毎日考えていたイッセイくんへの恋心も、少しずつ忘れている時の方が多くなるほどに。
そんなある日のこと、カナ先輩が楽しそうに私を誘ってくださったのです。
「セリナちゃん、今度の休日に、喜多川魔法学園の体育祭を見に行かないかしら? 毎年すごく盛り上がって楽しいのよ。私たちの学校の体育祭との違いも盛りだくさんだから、勉強にもなると思うわ」
「喜多川の、体育祭……。はい! 喜んでお供いたします!」
勉強のため、というのは建前で。
私の頭の中には、久々にあの凛々しいイッセイくんに会えるかもしれないという、淡い期待が膨らんでいました。
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そして迎えた当日。
喜多川魔法学園の敷地に足を踏み入れた私は、その熱気に圧倒されていました。
とんでもない盛り上がりを見せる競技の数々。
その観客席の片隅で、私は時折、運営の裏方としてキビキビと働くイッセイくんの姿を見つけては、胸を熱くさせていました。
少し背が伸びた彼は、やっぱり相変わらず格好良くて
――けれど。
(……あれ?)
遠目に見えた彼は、私の全く知らない、心からの笑顔で、誰かと笑い合っていました。
私と生徒会室にいた時は、いつも表情を崩さず堅かった彼が、あんな風に笑うなんて。
胸の奥が少しだけチクリと痛んだまま、体育祭は最終競技を迎えようとしていました。
プログラムの最後を飾るのは、各学年学科対抗リレー。
最終ランナーであるアンカーは、各学科の中で最も足の速い者が務めるのが恒例行事だと、カナ先輩が横で教えてくれます。
その、アンカーたちの準備エリアを何気なく眺めていた時のことです。
「あら? セリナちゃん、あそこにいる目の保養になりそうなイケメン、もしかして知り合いかしら?」
目ざとく見つけたカナ先輩の指す方に、イッセイくんの姿がありました。
「あ、はい。中学時代、同じ生徒会にいた櫻川くんです」
「へぇ、櫻川くん……。ふうん、なるほど……」
カナ先輩がなぜか怪しく目を輝かせた、その直後でした。
私の思考は、完全に停止しました。
イッセイくんが、信じられないほど甘く、とろけるような優しい表情を浮かべて、一人の物凄く可愛い男の子に話しかけていたのです。
それだけではありません。
——あの「自分のことは自分ですべきだ」と言い切り、
他人に一切の甘えを許さなかったあの櫻川イッセイが、まるで壊れ物を扱うかのように甲斐甲斐しく、
その男の子のスカートのウエストの紐を、優しく締め直してあげているではありませんか。
「……ッ!?!?!?」
声にならない衝撃で硬直する私。
そんな私の隣で、カナ先輩が
「……ッ、尊い……!」
と、今までに聞いたこともない、歓喜に打ち震えるような声で呟きました。
「……カナ先輩? それは一体、どういう……」
「セリナちゃん、あの子よ。あの子が、いま喜多川に現れた『お姫様』って噂の、体育科の月読ソウシくんよ……! 華奢で可憐な見た目なのに、身体能力は体育科のトップクラス。櫻川くんとは同じパーティーを組んでいるのよ。……つまり、そういうことね……!」
何が「そういうこと」なのか、私の頭は全く追いつきません。
けれど、次の瞬間に始まったリレーが、私の混乱をすべて吹き飛ばしました。
男の子たちの本気のリレーは凄まじい迫力で、ハラハラドキドキの連続。
そしていよいよ、アンカーへとバトンが渡る瞬間――
全員が長いスカートを引きずってスタートラインに並びました。
思わず笑いを堪えるのに必死になるような光景の中で、
ソウシくんだけは、本当に、本物のお姫様のように綺麗でした。
バトンが彼の手に渡り、彼が駆け出した瞬間。
ソウシくんはスカートの前をきゅっと両手で持ち上げ、疾走しました。
(――綺麗……)
風を切り裂くようなその美しい走りに、私は完全に目を奪われていました。
イッセイくんが彼にだけ見せたあの甘い笑顔の理由が、
……その一瞬で、すとんと胸に落ちてしまったほどに。
帰りの電車の中、カナ先輩は手元のノートを見つめながら、
「これは……一刻も早く皆さんに共有して、感謝を捧げなければ……」
と不穏な笑みを浮かべてブツブツと呟いておられましたが、
私はソウシくんの、あの光のような走りを思い出すだけで——
なんだか不思議と満たされた気持ちになっていました。
イッセイくんに話しかけることすら出来なかったけれど……
それでもいい、と思えるほどに。
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後日。
放課後の喜多川女子の図書館にて。
姉妹制度の慣習に倣い、私はカナ先輩、そしてカナ先輩の『お姉様』である3年生の元生徒会長・ショウコ先輩の三人で、試験勉強をしていました。
カナ先輩が少し席を外し、参考書を取りに行った時のことです。
向かい側に座っていたショウコ先輩が、悪戯っぽく唇を釣り上げて、私に声をかけてきました。
「喜多川魔法学園の櫻川イッセイと、同じ中学だったんだって? カナが騒いでいたよ。最高のネタを見つけたってね。ふふふ」
「えっ……と。カナ先輩が、何をでしょう?」
小首を傾げる私に、ショウコ先輩はクスクスと笑いながら、とんでもない爆弾を落としたのです。
「知らないのかい? カナの裏の趣味はね、見目麗しい男の子同士の恋愛を妄想して、小説に書くことなんだよ」
「えっ……」
その瞬間……
私の脳裏に、体育祭でのカナ先輩の数々の奇妙な言動がフラッシュバックしました。
――尊い。
——萌える。
——滾る。
——櫻川くんとソウシくんは、つまりそういうこと……。
「今は、そのイッセイくんとソウシくんをモデルにして、せっせと新作の執筆活動に勤しんでいるらしいよ?」
カチッ……
私の中で、すべてのパズルのピースが完璧な音を立ててはまりました。
私の恋心なんて、その瞬間に宇宙の彼方へと飛び去りました。
あの、美しいお姫様と、彼を溺愛するイッセイくんの、禁断の、けれど最高に美しい世界が、カナ先輩のペンによって文字として紡がれている……!?
「お待たせ、セリナちゃん。参考書を持ってきたわ」
何も知らずに、いつもの聖母のような笑顔で戻ってきたカナ先輩。
私は、ガタッと勢いよく椅子を鳴らして立ち上がり、先輩の両手をがっしりと握りしめて詰め寄りました。
「カナ先輩!! 私に……私にその、イッセイくんとソウシくんのお話(小説)を読ませてくださいませんか!!」
「えっ……? あ、あなた、まさか……こちら側の素質が……?!」
ハッと目を見開いたカナ先輩の顔が、この日一番の輝きを放ちました。
こうして、カナ先輩には『萌え』を全力で語り合える最高の妹(同志)が増え、
私の新しい、熱すぎる趣味が幕を開けたのです。




