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6月(4)光の役割


【Episode:ソウシ】


 六月の長雨が、喜多川魔法学園の古い校舎を濡らしている。

体育科棟の静かな教官室。

 普段は騒がしいこの場所も、今は個人面談の重い空気のせいで、なんだか少し息苦しい。

俺は今、担任の長尾先生と机を挟んで、向かい合って座っていた。


 イッセイと一緒に朝日を見に行った、夜中の学校で。

偶然会って以来、長尾先生には何かと気にかけてもらっている。

頼れる兄貴分って感じで、俺は先生のことが大好きだ。


 手元の資料に視線を落としながら、長尾先生がいつもより少し低い声で口を開いた。


「……月読つくよみ。お前は冒険者志望だったな」


「はい!」


 俺がいつもの調子で答えると、先生はさらに少し声を落として続けた。


「実技が満点なのは良い。だが、中間では数学と生物が赤点ギリギリだ。喜多川は『文武両道』がモットーなんだぞ。気を抜くなよ」


「うっ……はい……」


 痛いところをズバッと釘を刺され、俺は分かりやすくガクッと肩を落とした。

うぅ、やっぱり座学は苦手だ……。


「お前の属性は希少な『光』それに『水』だな。ソウシ、医療系ヒーラーに進むことは考えなかったのか? 水と光、その両方を持ってる人は適性があると言われているんだけどな。」


「うーん、俺には無理かなぁ……。頭悪いし、前に失敗したこともあるし。」


「失敗?」


 先生が眉をひそめる。

俺はちょっとバツが悪くなって、昔の苦い記憶を思い出した。


「……小さい頃、婆ちゃんに怪我をしたことを秘密にしたくて、勝手に『ヒール』を使ったことがあるんです。でも、あれって体内組織が分かってないと、表面の傷しか塞がらないんで……」


「……開いちまったか」


「はい。中が治ってないのに皮だけ繋がっちゃって……。マジで痛くて、めっちゃ怒られました」


「まあな。表面が綺麗なら、ぱっと見、怪我をしてるなんて分からないもんな」


「婆ちゃんに『下手したら足を落とす所だったんだぞ』って。……あの時の婆ちゃん、マジで怖かったです」


 苦笑いする俺を見て、長尾先生の瞳に、ふっと見たこともないような重い影が落ちた。


 窓の外を激しく打つ雨音を聴きながら、先生は

「これは俺の昔話なんだがな……」

と、少し苦しそうに話し始めた。


「十年前の震災に伴う魔獣氾濫スタンピードで、俺のパーティメンバーだった奴は、止血が間に合わなかった。……もし、あの時現場に一人でも、水魔法で傷口を洗い、光魔法で破損した細胞を再生できる(ヒーラー)がいたら……と、今でも思うよ」


 いつもは豪快で頼れる長尾先生の、静かな告白に俺は息を呑んだ。


 ふと、イッセイと朝日を見に行ったあの日、先生が「十年前の約束をした誰か」と会っていたことを思い出す。

 今の先生の話は、きっとそこへと繋がっている……

簡単には口にできない、深い傷。

 他人事じゃない。

俺の父ちゃんもまた、あの十年前の震災で命を落としているんだから。


「お前は地頭が良い。冒険者に怪我は付き物だ。いざという時、自分だけでなく『大事な仲間』をその場で救えるのは、お前のような属性を持つ者だけなんだ。知識さえあれば、お前の魔法は最強の盾になる」


 ――大事な仲間。


 先生のその言葉が耳に飛び込んできた瞬間、

俺の脳裏に、第07班のあいつらの顔が次々と浮かんだ。


 正義の味方で完璧超人なイッセイ。

 笑顔がヒマワリみたいなマナブ。

 可愛くてすごい魔道具を作るトウワ。

 ツンツンしてるけど根っこは優しいジュリ。


もし、あいつらに『もしも』の事があったら?

 もし……深いダンジョンの奥で、俺しかいない時にそんな最悪な状況になったら?

 属性を持っていながら、俺の知識不足のせいで、あいつらの傷を治せなかったら――?


 想像しただけで、背筋に冷たい震えが走る。

大事な仲間を失うなんて、そんなの、絶対に嫌だ。


「先生……俺、今までそんなこと考えたこともなかった。自分が強くなればみんなを守れるって思ってたけど、自分にしかできないことをしない理由にはならないよね」


「ソウシ、無理強いをするつもりはない。思い詰めないでほしいが……」


「いや。先生、ありがとうございます。今、気付けて良かったです……!」


 勉強は嫌いだ。

だけど、あいつらの命の重さには代えられない。

 俺は胸の奥、熱い決意の火がハッキリと灯るのが分かった。


 

――――――――


 

 教官室を飛び出すと、俺はまっすぐ正門前の多目的棟に向かって走り出した。


 喜多川魔法学園は、魔方陣の影響で全ての棟が複雑に連結している。

道さえ覚えてしまえば、こんな土砂降りの雨の日には、傘なしで他校舎への行き来ができる。


 薄暗い廊下を駆け抜け、多目的棟の軒下に出ると――

そこには傘を手に持ち、俺を待つイッセイの姿があった。

 その姿を見た瞬間、さっきまでの緊張が嘘みたいに解けて、胸の奥がじんわりと温かくなった。


 あの雷雨の倉庫以来、イッセイの姿を見るだけで、なんだか心臓が少し変な動きをする。


「ソウシ、面談はどうだった? ……赤点、大丈夫だったかい?」


 イッセイが心配そうに声をかけてくれる。


「うん、ギリギリセーフ! イッセイ、俺、今日からヒーラーの勉強もするわ。お前が怪我した時、俺が真っ先に治してやりたいからさ!」


「……え?」


 イッセイは見たこともないくらい、きょとんとした顔で固まった。

 あ、そうだ! 俺、大事なことを忘れてた!


「あっ、ゴメン! もうちょい待っててくれる? 体育科に傘忘れてきたから、ダッシュで取ってくる!」


 俺はそう叫ぶなり、イッセイをその場に置いて、今来た廊下を再び全力で駆け出した。


 走る俺の背中に、激しい雨音に混じって、残されたイッセイの困ったような、焦ったような呟きが聞こえた気がした。


『……今の、プロポーズに近いって自覚はあるのかな……』


イッセイのその独り言は、誰にも聞こえずに雨の音にかき消されたはずなのに。

 なぜか俺の耳の奥にこびりついて離れなくて、

走りながら、顔が急激に熱くなっていくのを止められなかった。



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