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6月(1)初ダンジョン


【Episode:ジュリ】



入学式の後。

 特進科の教室に入った瞬間、

僕を待っていたのは、無遠慮な視線と、卑下するような囁き声だった。


『なぁおい、あいつ……女!?』


『特進科に女子が紛れ込んでるぞ。美人だなぁー』


僕は奥歯をギリリと噛み締めた。

耳を塞ぎたくなるような、反吐が出る雑音。


――今に始まったことではない。


 誰にも言えないが、僕は国民的女優『梅宮カオル』の息子だ。

その母にそっくりなこの顔は、男にしては整いすぎ、綺麗だと言われる。

 でも、母は子供ぼくがいることを隠しているので……

僕は誰でもない、どこかで勝手に生まれた人間だ。

誰かに何か探られたら『梅宮カオル』は親戚だと答えるようにと言われてきた。

 僕は、母の母。

祖母に育てられたため、彼女(梅宮カオル)と一緒に暮らしたことなんて一度もない。

 なのにアイツは、たまに実の息子である僕の顔を見ると、いつも平然と言い放つのだ。

『あなたが女の子だったら、どんなに良かったか』と。

 そんな奴(母)とそっくりの自分の顔を、嫌いになるのは自然なことだと思う。

 両親の愛を知らない僕が、自立できる進路を探すために、ここ(喜多川)へ来たのに、またアイツ(母)のせいで苦しめられる。

けれど……

偏見に満ちたあの教室で、

『外見で騒ぐのは、自分の知能の低さを露呈しているのと同じだ。彼は正当な試験を突破してここにいるクラスメイトだ。誰にも彼の人権を踏みにじるような権利はないはずだ。この特進クラスの品位を落とすような事はしないでくれたまえ。』

 周囲の雑音を突っぱね、初めて僕を「男」として、一人の「人間」として扱ってくれたのは、

他でもないイッセイさんだった。



――――――――――――――――――




 喜多川魔法学園には、ダンジョンがある。

レベルは初級。

遥か昔、このダンジョンでスタンピード(魔獣暴走)が起きたため、昔の偉い魔法使いがそれを抑える巨大な魔法陣を構成したそうだ。

校舎が複雑な構造になっているのは、魔方陣を補助しているためらしい。


 今日は僕たち1年にとって、初めてのダンジョン研修の日。


 結界地区を一歩出れば、魔獣が闊歩する危険な地域がたくさんあるから、高校生になると全員が「学生冒険者」として登録を行う。

たとえ文官志望であっても、ダンジョンでの戦闘経験は必修単位だ。

 喜多川魔法学園は自校にダンジョンを持っているから、余所に遠征に行かなくて済むのは楽だね。


1年生全員で各パーティーごとにぞろぞろと、

地下へと続く大きな壁のような門を跨ぎ、長い階段を降りて行く。

そこをひたすら下ると、ジメジメとした湿気を含んだ空気に変化した。

更衣室で制服を着替え、

 ダンジョン入口前 『武器管理室』に並ぶ。


周囲の生徒たちが、僕たちをちらちらと見てはコソコソと囁き合っているのが伝わってくる。


……どうせ、くだらない話だろう。

 僕はそれを無視し、自身の得物である黒の鞭を受け取る。

隣では、イッセイさんが「日本刀」を受け取り、静かに腰に帯びていた。

ダンジョンへ移動しながら、イッセイさんの冷静な声が響く。


「……資料だと第一階層『水晶の間』まで最短ルートで三十分。出現魔獣はスライム、ホーンラビット、スモールラット。難易度は低いが、今日はあくまでダンジョンでの連携の確認が主だ。油断するなよ」


「了解! 俺、ワクワクしてる」


 軽装で、腰に忍び刀のような短い刀を両側に付け、手裏剣を装備したソウシが声を弾ませた。

彼は水と光という、二種類の属性を併せ持つ稀有な存在のくせに、中身はただの脳筋な野生児だ。


「……こんな湿っぽい場所を歩かされるなんて、非合理的だよね」


 トウワは弓を肩に担ぎ、気難しそうな顔で魔道具の動作確認をしている。

工学科はみんな、マッドサイエンティストなのだろうか。


「まぁまぁ、トウワくん。僕がこの斧でチャチャっと道を切り開くからね!」


 普通科のマナブが、巨大な戦斧を軽々と振り回した。

危なっかしくて見ていられない。


「危ないからあっちでやって!」


 僕はすかさず毒づきながら、黒の鞭を地面にピシャリとしならせると

マナブが「ごめん、ごめん」と言いながら肩を竦めた。


 

「前の班が出発して5分。第07班、前へ!」


先生の号令がかかり、僕らは古い石の扉の前に立つ。


「無理な戦闘はするな!危ないと判断したら迷わず撤退!それでは健闘を祈る!」


先生が杖を振ると、

 重厚な古い石の扉は開き、

  僕たち五人は薄暗い洞窟へと、足を踏み入れた。 




――――――――――――――





「前方よりスライム三体接近!」


トウワが、自作の探知器が反応したらしく声をあげる。


「はぁっ!」


 イッセイさんが素早く抜刀すると同時に、その刀身に細い火が宿った。

 一閃。

熱線のような美しい斬撃が、スライムの核を焼き切る。

見惚れるような剣技だ。


「次は俺な! 逃がさないぞ」


 ソウシが手裏剣を投じた。

水流を纏ったそれは、素早い動きを見せたスライムの核に容赦なく突き刺さった。


「もう一匹!いくよ!」


 マナブが言いながら、魔法を練る。


「……『ウィンドカッター』」


 彼の差し出した手から風が一直線にスライムへと伸び、その核を真っ二つにした。

やるじゃないか、脳天気。


「魔石どうする?」


「一応持って帰ろう。これも資源だしな」


ソウシの問いにイッセイさんが答え、小さな魔石を拾ってポケットに入れた。


「もう少し、離れている魔獣にも反応がないと意味がないですね」


トウワが自作の端末を手にして、不満気に言った。


「それでもスライムの微弱な魔力も拾うんだから、すごい魔道具だと思うよ」


 イッセイさんがフォローするようにそう言うと、トウワは分かりやすく「コホン」と咳払いをした。

おだてに弱い奴なんだな。


「はい次!ホーンラビットっぽいのが右から来てるよ!」


「今度は僕にやらせて……『アイスウォール』」


 僕は前に進み出て、杖を突きだし、目の前の地面を急激に凍り付かせる。

突進してきたホーンラビットは、その氷に足を凍りつかせ、完全に動きを止めた。

間髪入れずに、僕は鞭を思い切り振り上げた。

 魔獣は、僕の鞭に打たれて煙のように消え、魔石だけがその場に残る。

ふん。


「さっすが!」


ソウシの声が響く。


「追っかけるように、3匹こちらに来てます!」


 トウワが声を上げた。

見れば、ホーンラビットたちは僕の作った氷の床に足を滑らせ、不規則な動きで突っ込んでくる。

氷のせいで速度が上がっている。

 イッセイさんが咄嗟に一匹を仕留め、

僕も再び鞭を振るうが、ホーンラビットはそれをくぐり抜けた。

鋭い角が、まっすぐ僕に向かってくる。


しまった――

と思った瞬間、ソウシが横から飛びかかった。

ホーンラビットの角を素手で掴み、小刀で首を刺して仕留める。

ステップを踏むような動きは、とても早くて軽やかだった。

さすが……助かった……


「あともう一匹!」


 ちょこまかと壁を蹴って動く最後のホーンラビット。

マナブが雄叫びと共に斧を振り下ろしたが、あっさりと潜り抜けられ……

そのまま逃げられてしまった。


「……あーあ。失敗しちゃったぁー」


 マナブが高い身長を丸めて、分かりやすく肩を落とした。


「帰ったらみんなで反省会をしよう。マナブ!小型魔獣にはウィンドカッターの方が適している。ジュリも氷は床全体ではなく、1点集中で行こう!」


 リーダー然としたイッセイさんの的確な指示が飛ぶ。


「はい!」


 マナブが素直に返事をした。

僕もイッセイさんの冷静な分析に、頷いて同意する。


 その後は、スモールラットが2匹とスライムが5匹。

現れたすべての魔獣を討伐し、僕たちは目的地の『水晶の間』へと到着した。


「……ふぅ。意外と、悪くないかもな」


 イッセイさんは刀を鞘に納め、額の汗を拭った。

ダンジョン内は外より湿度が高い。

僕の肌も、じっとりと嫌な汗がまとわりつく。


「やっと地上に戻れる」


「時間内に終わったね」


 五人で中央の水晶にそっと手を重ねる。

浮遊感と共に、あっという間にダンジョンの入り口へと引き戻された。


「第07班。全員無事です。」


待機する教師に報告を入れ、

僕たちは、再びそれぞれの武器を返却し、更衣室へと向かう。


「イッセイ、俺たちのパーティー、割といけんじゃねぇ?」


 ソウシがイッセイさんの顔を覗き込み、太陽のような笑顔を見せている。

イッセイさんはその顔を見た途端、わずかに頬を染めていた。


「……あぁ。だが魔石の回収漏れもある。次はもっと効率を上げるぞ」


「もー! イッセイは厳しいなー!」


 そう言い合いながら、笑い声を響かせる二人。

ほんの少し、胸の奥がチリッとする。


地上に戻ると、眩しい日差しが僕たちを照らした。

今日の時間割では、ダンジョン実習の後は完全下校になっている。


「あー、腹減った! イッセイ、今からなんか食いに行こうぜ!」


 ソウシがいつものように、イッセイさんの肩を叩く。

 イッセイさんは呆れたような溜息をついているけれど、その瞳には、隠しきれない優しさがこもっている。

 二人の後ろを歩きながら、僕は静かに息を吐く。


 自然と、四月の入学式直後の出来事が、浮かんでくる……。

  櫻川イッセイ。その高潔さを、僕は今でも深く尊敬している。

この班に、彼がいて本当に良かったと思う……

 それにここでは誰も、僕の顔をからかう奴はいない。

それどころか、

僕から見ても、ソウシやトウワの二人は綺麗だし可愛い。

逆に、僕の顔が目立ちにくいこの班は、とても居心地良かった。 


「ジュリだって腹が減ったよな?」

 

 ソウシの声に我に返る。

すかさずイッセイさんが、  


「もう、ソウシは……分かったから何が食べたいんだい?」


と、答えていた。


 イッセイさんが、ソウシに片思いしていることはバレバレだ。

この国は同性愛には寛容だから、すぐに気がついた。

 だからこそ、目の前でソウシに微笑むイッセイさんを見ていると、ソウシは何で気がつかないのだろうかと不思議に思ってしまう。


(……羨ましいよ、まったく。)


 僕は小さく溜息をつく。


「……イッセイさん。次の連携から、僕が後衛にまわった方が上手くいくように思うな。」


 僕が後ろから声をかけると、イッセイさんは足を止め、振り返って短く応じた。


「そうだな。これからも相談して決めよう」


 その対等な返事に、僕は満足げに目を細めた。


 何となく……。


 この五人でなら、ダンジョンの最下層のボスだって。

僕の心を縛り付ける、母という名の呪縛だって。

――乗り越えていけそうな、

   そんな漠然とした予感が、した。



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