6月(スピンオフ)生徒会1年、僕らの秘密
【Episode:サネツグ】
小さい頃から、成績はいつでも一番だった。
魔力量だって人よりずっと多かった。
だから、親も学校の教師たちも、僕に過度な期待を寄せていたし、自分は特別な人間なのだと疑っていなかった。
――あの、入学試験までは。
結果は、次席。
たった一人の男に届かず、僕は新入生代表スピーチの座を奪われた。
首席、櫻川イッセイ。
入学式直後の特進科の教室で、ジュリという少年の綺麗な顔立ちを冷やかしていた連中を、
『外見で騒ぐのは、自分の知能の低さを露呈しているのと同じだ。彼は正当な試験を突破してここにいるクラスメイトだ。誰にも彼の人権を踏みにじるような権利はないはずだ。この特進クラスの品位を落とすような事はしないでくれたまえ。』
と、「知能の低さの現れ」だと冷酷に一蹴した男。
――ただの冷やかし程度だと、教室の騒ぎに知らんぷりを決め込んでいた僕にも、その言葉は鋭く突き刺さった。
正論すぎて反論ができなかった自分への後ろめたさと、あの高潔な横顔への激しい対抗心が、僕の胸に深く刻まれた。
なんとか彼を見返したくて、僕は自分の固定パーティーで徹底的にリーダーシップを磨いた。
そして新入生トーナメントの決勝戦。
僕たちの班は、櫻川イッセイ率いる第07班を完璧に打ち負かしてみせたのだ。
ざまあみろ、と思った。
僕の勝ちだ、と。
なのに――
現生徒会長のワタル先輩は、次期生徒会長の後継者として、僕ではなく櫻川イッセイを指名したがっているらしい。
(何故だ。僕の一体が何が、彼に劣っているというのだ……?)
それが知りたくて、僕は櫻川イッセイのことを調べ始めた。
何しろ首席だ。
僕がわざわざ嗅ぎ回るまでもなく、櫻川イッセイの情報など、ちょっと尋ねれば簡単に手に入った。
品行方正。
学力優秀。
やっぱり…………
僕とは住む世界が違う完璧なエリート――そう、確信した。
――――――
そんな僕たちは、同じ1年の生徒会役員として、
放課後の生徒会室で一緒に作業をする機会が増えた。
今日は2年は研修で留守で、1年の役員二人だけで資料のまとめをしている。
カタカタとキーボードを叩く音だけが響く静かな室内で、無視を決めこむ事も無理な話で、
話題は自然と、あの春の新入生トーナメントのことになった。
「九条くん。あの決勝戦の試合、本当に僕の完敗だったよ」
「え……?!」
櫻川イッセイが、手を止めて僕を真っ直ぐに見つめていた。
「正直に言うと、僕はものすごく悔しかった。あんな風に手も足も出ずに負けたのは初めてだったからね。……次は、絶対に負けないよ。」
クスッと、悪戯っぽく、
けれどどこか楽しそうに微笑む櫻川を見て、僕は目を見開いた。
おかしな話だが。
こいつも、負ければ普通に悔しがる、ただの人間だったんだな……と驚いた。
「それは僕も、負けないように本気で行くよ。」
「だよなぁーー」
言いながら、大きく息を吐く櫻川。
勝手に作り上げていた「完璧な超人」のイメージが、目の前で剥がれ落ちていく。
「君のあの統率力は本当に凄かった。僕にはない才能だ。生徒会役員として、君が隣にいてくれて、実はとても心強いんだよ」
「……買い被りだ、櫻川くん。僕の方こそ、君の冷静な処理能力には到底敵わないと思っているよ」
持ち上げられ動揺した僕が、何気なく返した言葉は、本音だった。
少しだけ、彼に対するツンケンとしたトーンが和らいでいくのを自覚する。
「イッセイだ。呼び捨てで良い。」
「では僕のことも、サネツグと呼んでくれ。」
心を許した僕たちはの話題は、いつの間にか、
お互いの所属する固定パーティーのことに移っていった。
「そういえば、イッセイの班の『姫』……月読ソウシくんだったか。随分と有名人のようだね」
「ああ、ソウシか…………」
その名前を口にした瞬間、イッセイの瞳の奥に、見たこともないような強い光が灯った。
「僕はね、ソウシを心から尊敬しているんだ。あいつは本当に凄い。身体能力だって、直向きさだって、僕なんか逆立ちしたって敵わない。あいつに比べたら僕はまだまだだと思えるよ」
僕は思わず息を呑んだ。
あのプライドの塊のような首席のイッセイに、
「僕なんか敵わない」とまで言わしめる男。
確かに動きは身軽で忍者のようだと思ったけど、可愛く『姫』と呼ばれるのも納得の見た目の彼が、一体どれほどのバケモノなのかと興味が湧いた、その瞬間だった。
イッセイが、ふっと表情を変えた。
世間が知る聖人君子のような笑顔ではない。
獲物を狙う肉食獣のような、ニヤリとした、とんでもなく「悪い顔」だ。
「――だからサネツグ。ソウシは『僕が狙っている』から、絶対に好きになるなよ?」
「っ……え?」
「コレ、僕と君だけの『秘密』だからね?」
楽しそうに人差し指を唇に当てるイッセイを見て、僕の背中にドッと冷や汗が流れた。
品行方正? 勧善懲悪? とんでもない。
この男、中身はとんでもなく独占欲の塊で、愛が重すぎて、少々頭のおかしい類いじゃないのか……!?
けれど――
その人間臭さと、僕にだけそんな本性を見せてくれたという事実に、胸の奥からドッと妙な笑いが込み上げてくる。
「……安心してくれ、イッセイ。君の想い人を横取りなんてしないよ。それより、君の『弱み』を握れる方が面白い。喜んで秘密は守るよ。」
「ふふ、頼むよ。相棒!」
相棒……
その言葉に、身体が震えるほどの誇らしさが湧いてくる。
差し出されたイッセイの手を、僕はしっかりと握り返した。
世間が崇める、完璧な櫻川イッセイ。
だけど本当は、歪で、熱くて、泥臭い――
僕の生涯の相棒として申し分ない男だ。
秘密を共有した僕たちは、お互いに不敵な笑みを交わし、再び生徒会の資料へと目を戻した。
まだ1年。
けれど、この先この学園の頂点に立ち、
次期生徒会を担っていくのは、間違いなく僕たち二人なのだという確信が、
夕暮れの生徒会室に静かに、けれど確かに満ちていた。




