5月(スピンオフ:) 櫻川家に灯った光
【Episode:櫻川家家政婦 キク】
久方ぶりにお目にかかったイッセイ坊っちゃんは、見違えるほど「人間らしく」なられておりました。
わたくし、キクは、長年この櫻川の屋敷にお仕えしてまいりました。
亡くなられた大旦那様は、それはもう快活な御方で、魔法省長官という激務の中にあっても、常に周囲を明るく照らす太陽のような方でございました。
それに引きかえ、今の旦那様――イッセイ坊っちゃんのお父様は、幼い頃から繊細で、愛情を言葉にするのが少しばかり不器用なところがおありでした。
その血を引かれたのでしょうか、イッセイ坊っちゃんもまた、幼い頃からあまりに賢く、礼儀正しく……けれど、子供らしい我儘一つおっしゃらないその冷静さに、わたくしは密かに胸を痛めていたのです。
大旦那様が亡くなられ、わたくしも一度はお暇をいただいておりましたが、この度、喜多川魔法学園へ通われる坊っちゃんのお世話を、というお声をいただき、再びこの御屋敷の門を(通いではございますが)くぐることとなりました。
「キクさん、久しぶりだね。これからよろしく頼むよ」
再会した坊っちゃんは、相変わらずお美しく気品に溢れておいででしたが、何かが決定的に違っておりました。
その理由は、すぐに分かりました。
坊っちゃんの隣には、いつもソウシ様という、ひまわりのように明朗な性格で、咲き誇る花畑よりも華やかなお友達がいらっしゃったのです。
「キクさん! この唐揚げ、めちゃくちゃ旨い! 今度レシピ教えて〜婆ちゃんに食べさせてやりたいんだ!」
ソウシ様は、わたくしのような使用人にも分け隔てなく接してくださり、わたくしの作った料理を、それはもう美味しそうに頬張ってくださるのです。
あんなに可愛らしいお顔で「美味しい」と言われて、おまけに性格までお優しい。
……正直、イッセイ坊っちゃんが恋焦がれるのも無理はない……と、わたくしは心の中で何度頷いたことでしょう。
この国は古来より、男色には寛容な風土がございます。
たとえ形の上で結婚をなされても、命を賭して共に戦った友の窮地には、すべてを投げ打って手を差し伸べる。
それこそが美徳、とされてまいりました。
思えば……大旦那様にも、お若い頃に魔獣被害で亡くなられた、魂を分け合った無二の親友がいらっしゃいました。
毎年命日にはお忍びで、その方が亡くなられた地へ出向いておいででした。
大旦那様が長官まで上り詰められたのは、その方の存在があったからこそ。
今のイッセイ坊っちゃんを見ていると、あの大旦那様のお若い頃を思い出すのです。
ソウシ様と冗談を言い合い、時には声を上げて笑い、負けじとムキになる。
そんな当たり前の『子供らしさ』を、坊っちゃんは喜多川という場所で、ようやく手に入れられたのでしょう。
「キクさん、ソウシに持たせるお土産、もう少しボリュームを増やしてやってくれないか? あいつ、お婆ちゃん思いだから……」
そうおっしゃる坊っちゃんの目元が、どれほど優しく細められているか。
きっと旦那様には、この変化はまだお分かりにならないでしょう。
けれど、それでよろしいのです。
わたくしは今日も、お土産用に少しばかり多めに唐揚げを揚げ、お二人の賑やかな笑い声が屋敷に響くのを、幸せな気持ちで聞き届けております。
櫻川の冷たい石造りの屋敷に、ようやく本当の春がやってきた。
わたくしは、そう確信しております。




