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5月(スピンオフ) 盤上の駒(生徒会長ワタル)


【Episode:生徒会長ワタル】

 

 アリーナを一望できる生徒会専用ブースは、特等席であると同時に、絶好の『観測場』でもある。

 僕――ワタルは、ふかふかの生徒会長専用の椅子の背もたれに深く身を預け、眼下で繰り広げられる新入生トーナメントを眺めていた。

 すぐ隣の放送部ブースからは、何やら騒がしい押し問答が聞こえてくる。


「ちょ、何? このアップは……!? 先輩! 戦術が全く分からないってクレーム入りますよ!!」


「いいんだよ、需要があるんだから! ほら、右側の可愛いソウシをもっと追って!」


 どうやら、カメラ担当の部員が職権乱用で新入生の美形たちを執拗に画面に抜いているらしい。

防音壁を抜けて響くそのやり取りに、僕は思わず吹き出した。


「……ふふ、これは面白いな」


 巨大モニターには、戦闘の緊迫感などどこへやら、弾けるような笑顔の少年――ソウシくんと、ゴーグルの奥の伏し目が儚げな工学科――トウワくんの横顔が交互に大写しにされている。

アリーナ全体から、戦術とは関係のない熱いため息が漏れているのが分かった。


「第07班、良いねぇ。まさに粒ぞろいだ。そういや、リーダーの櫻川イッセイ――あいつが今年の首席だっけ?」


 僕は画面の隅で、冷徹に魔法を放って試合を終わらせた黒髪の少年に目を留め、隣に座る副会長のケイシに話を振った。


「そう、あの子だよ。この間話していた、君の後を継がせる次期会長候補の筆頭さ」


 ケイシが資料をめくりながら冷静に答える。

 この新入生トーナメントは、単なるお披露目会ではない。

生徒会執行部が、未来の幹部を青田買いするための大事なスカウトの場でもあるのだ。


「なるほど、実力は文句なしだ。チェス盤を操るような完璧な指揮……だけど、ちょっとお堅いかなぁ。もっと戦況を楽しめばいいのに」


 くすくすと笑いながら、僕は再びモニターを見る。

画面には、勝利の余韻に髪を揺らすソウシくんと、少し眉をひそめるトウワくん、そしてカメラを完全に無視する美形――ジュリくんが代わる代わる映し出されていた。


「おめでとう。……今日からあの子たちが、学園の『姫』だな」


 圧倒的なビジュアルと魔力で学園を統治していると言われ、昨年度の元『姫』の称号を持つ僕が呟くと、生徒会ブースにいた全員が、深く、それはもう深く頷いた。

僕は肩をすくめて


「さて……決勝戦の相手は、第03班か。面白いねぇ。リーダーの九条サネツグって、確か次席だったよね? うん、見ものだ」


 僕が顎に手を当てて楽しそうに言うと、ケイシが少し呆れたように口を開く。


「九条か。彼は要領が良いですが、少し野心が透けて見えます。噂では、周囲に『自分は『ソウシ』より扱いやすそうな『トウワ』が良い』なんて軽口を叩いているそうですよ」


『姫』枠候補の情報は入学時から話題になっていた、その時の話だろう。


「へえ、トウワ派?彼を 扱いやすい、とねぇ……。あの子たちをそんな風に値踏みするなんて、彼もなかなか不届きで面白いじゃないか。――欲を言えば、イッセイも九条も、両方欲しいかなぁ」


 結果として、

決勝戦を制したのは九条率いる第03班だった。

完全に統率された彼らの戦術は見事だったが、僕の目はどうしても、敗れ去ったもう一方のリーダーから離れなかった。


 ――そして、表彰式。


 準優勝の壇上で、悔しさを滲ませながらも、凛とした態度を崩さない第07班のリーダー、櫻川イッセイ。

その、すべてを呪い殺しそうなほど鋭く美しい横顔を見つめながら、僕は一人、愉快な気分に浸っていた。


「……決めた。あのイッセイくんを、何が何でも生徒会に引き入れよう」


「まぁ、最初から異論はないが……っていうか、何だ? そのニヤニヤした締まりのない顔は。また碌でもないこと企んでないか?」


 隣でケイシが、本気で嫌そうな顔をして肩をすくめる。


「酷いなぁ。初めて僕と同じタイプの人間を見つけてワクワクしているんだよ。それに……」


 僕はモニターに映る、イッセイの隣で無邪気に笑うソウシくんを指差した。


「あの個性的な面々を、たった数週間であそこまでまとめた手腕は本物だよ。僕らのあと、この学園を任せられるのは彼しかいない」


 問題は、彼が「イエス」と言うかどうかだ。

 魔法省官僚の息子で、本人も魔法省への入省を希望。東大を目指していると首席の資料にはあった。

自尊心は人一倍高そうだ。

大学入学に有利になると仄めかしたところで無意味だろうし、他人のために時間を割くことも嫌うタイプだろう。

 普通に誘っても、きっと勉学が~とか、班の活動に専念したい~と、一蹴されるのがオチだ。


「さて。入りたくなるように、どうやって説得するかだよね……」


「『脅し』じゃなければ良いがね……。はぁ、ウチのワタルがまた碌でもないことを考えている……」


 ケイシの嘆きをBGMに、僕はさっそく、僕のパーティーメンバーである『第11班』の面々に集合を掛けるべくメールを送った。

 

――――――――


後日。

 副会長で僕と同じ特進科 副会長のケイシ。

体育科のリュウケイ、

普通科のアレク、

工学科のシンシン。

僕ら2年『第11班』は集まり、それぞれの人脈を駆使して、新入生の『第07班』の情報を集めてもらっていた。


「またワタルが悪い顔してる」


 リュウケイがゴツい身体を縮め、「怖い怖い」と言いながら自分の腕を擦る。


「もう! 体育科の情報はどうなったの、リュウ?」


「へいへい。体育科1年の月読ソウシな。あいつの身体能力、マジすげーぜ。しかも、今年の受験生が演習場の(マト)を破壊したっていう噂あったじゃん? あれ、あいつの光魔法だったんだと。可愛い顔して男気あるし、誰かと違って性格も良い!」


「んんっ……誰かとは誰のことかな?」


 僕がわざとらしく口を尖らせると、

 すかさずシンシンが、紙を読み上げるように淡々と報告を引き継いだ。


「僕の後輩の宮地トウワは、工学科の姫って既に呼ばれているよ。ちょっと面白い思考をしてるから、彼の生み出す魔道具はよく話題に上がる。櫻川イッセイとは受験の時に知り合ったって言ってたな」


「昔からの知り合いじゃない割に、この短期間で手足のような動きが出来るってすごいな……」


 イッセイの統率力の高さに、僕は素直に感心する。


「ウチの1年の速川マナブは、とってもフレンドリーでさ 」


普通科のアレクがニヤリと笑って続ける。


「直接会いに行ったら、楽しげに話してくれたよ。櫻川イッセイはよく月読ソウシと一緒にいるらしい。登校も下校も待ち合わせているそうだ。」


ケイシが肩をすくめて

「あ、ちなみに特進科の尾上ジュリはあの通り氷の女王様だから、接触は出来なかったよ。」

と首を振る。


「……なるほどね。狙いは月読ソウシくんだ。そうと決まれば、リュウケイ! セッティングよろしく!」


「はぁ〜〜〜?! どうやってだよ! 1年を拉致して来いってんのか?」


「はぁ……ワタル、雑だぞ。リュウケイ、僕も一緒に行くから、ワタルは中庭のカフェエリアで待ってて。」


 僕は持つべき優秀な仲間たちにセッティングを任せ、中庭でカフェオレを飲みながらソウシくんを待った。


 やがて、上級生2人に連れて来られたソウシくんは、僕の予想を良い意味で裏切り、当然のようにイッセイくんを伴って現れた。


「やあ、ソウシくん。5月の試合、素晴らしかったよ」


「えっ、生徒会長?! ありがとうございます!」


 キラキラとした、毒気のない瞳。

なるほど、文句なしの『姫』枠決定だ。

ウチの学園の男どもが騒ぐわけだね。


「生徒会長。一体ソウシに何の用があっての呼び出しですか?」


 イッセイくんが、トゲトゲした警戒心を、柔和な笑顔の裏に隠して割り込んでくる。

 言葉を選びながらこちらを値踏みしてくるその目が、自分と思考回路がそっくりで、僕は内心の笑いを噛み殺すのに必死だった。

 まずはソウシくんを納得させ、外堀からと思っていたけれど……これは一石二鳥だ。

 

「単刀直入に言うとね。今、ソウシくんは学園の顔になりつつある。新入生トーナメントでの活躍は全校生徒の胸に刻まれた。彼を生徒会役員にと推薦してくる生徒が多くてね……」


「うげぇっ……! す、すみません、自分そういう堅苦しいのは超苦手なんで……勘弁してください!」


 慌てたように手を振って拒否するソウシくん。

 よし、完璧な拒絶。

ここまでは計算通りだ。

 僕はわざとらしく、少し困ったような、悲しげな表情を作ってみせる。

 

「困ったな。リュウケイも、熱烈に君を推薦したいって言っていてね……」


「おまっ……!!」


 背後で焦った様子のリュウケイを、ケイシが容赦なく小突いて黙らせる。

ナイスアシストだ。

 

「残念だなぁ……それじゃあ、ソウシくん。君の知っている中で、誰か『学園の顔』になれそうな、頼れる人は思いつかないかい?」 


 完全な誘導。

 だけど、純粋なソウシくんは困った様子の僕を前に、一ミリの疑いも持たず、むしろ誇らしげに胸を張って答えた。

 

「それなら、イッセイしかいないですよ! こいつ、本当にすごいんですよ!」


 そう言って、隣に立つイッセイくんの背中をバシッと叩いた。


――チェックメイト。


 脳内のチェス盤で、王様キングが転がる音が聞こえた。

僕は内心で派手にガッツポーズを決める。

 

「そうか! 君は確か櫻川イッセイくんだね? 首席合格の君には、確かに先生方からも生徒会への推薦が入っていたよ」


「すげーな! イッセイ!」

 

 可愛い顔、キラキラした瞳でイッセイくんを見上げるソウシくん。

 彼の前で格好悪い姿は見せられない、そんな少年のプライドがイッセイくんの背中を包む。

 

「ソウシくん。君はイッセイくんが、この学園の頂点に立つのを見たいんだね」


「頂点? 生徒会長とか?! カッケーなイッセイ!!」


(ふふふ……あと一押し)


「どうだろうか……イッセイくん。生徒会に入ってもらえないだろうか?」


 僕は一息つき、最高に芝居がかった、優しくも拒めないトーンで告げた。

  イッセイくんの瞳が、激しく揺れているのが分かる。

 嘘は言っていない。

ただ、僕が描いたシナリオが、

少し……

いや、最高に良い方に転がっただけだ。

 

「…………分かりました。彼が、そこまで僕を評価してくれているならば……」


「引き受けてくれるかな?」


「ええ。謹んで、お受けします」


「イッセイ……かっけー!」

 

 ソウシくんとイッセイくんの2人は、仲良く並んで中庭を出ていった。

 

 その微笑ましい背中を見送り、僕は背後で事の顛末を見ていたケイシとリュウケイを振り返る。

 

「ね? ちょろいものだろう?」


「……おい! お前なぁ、あのイッセイって奴、去り際に俺のことスゲー目で睨んでたぞ!」


 リュウケイが本気で怯えながら僕の背中を叩く。


「ふふ、恋敵だと認識されたのかもね〜」


「ワタル……言い方!」


 ケイシには思いきり頭をはたかれたけれど、大満足だ。


 さあ、喜多川魔法学園生徒会・新体制の始まりだ。

 次はどんな面白い手を使って、この盤上を盛り上げようかな。


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