3-22:セブリオン・マテリアとモル
マテリア国王セブリオン・マテリアと、たった一人の従者モル。酸の雨を防ぐ魔天蓋の下で、二人は向かい合った。
ふと、モルの視線が足元に向いた。モルの指が、地に落ちた何かを拾い上げる――契りの紐だ。暁光の巫女の攻撃で切れてしまった、私とセブの魂を繋ぐ紐。
モルは拾い上げたそれを優しく拭い、丁寧に泥を落とした。
「陛下、お手を」
言われるがまま、セブが左手を差し出す。モルはそこに契りの紐を結び直していく。
「……一人だけだ」
紐を結ぶモルの手元を見つめながら、セブが言った。
「国のために力を捧げ続ける木偶に過ぎなかった俺を、それでも王として認めてほしかった。たった一人でよかった」
モルの手が契りの紐を結び終える。
「その一人が、お前であってほしかった」
紐を結び終え、離れようとするモルの手を、セブが取った。
「モル」
反射的にモルの手がびくりと震える。セブも握った手の違和感に気づいた。
「お前、この手……」
いたわるように柔らかく触れるセブの手を、モルは振りほどかなかった。
「陛下に飛ばされた後、私は自室で目を覚ましました。ですがすぐに、そこがマテリア城ではないと気づきました。いつもより暗い空と、窓を打つ雨音で」
契りを解消するって言われたモルが、怒ってセブに掴みかかった後。あのときモルはここに飛ばされてたんだ。
「私は窓を開け、この手を酸の雨に浸しました。この手は、陛下をお守りするためのものです。だから、あなたにもう一度出逢うまでは、二度と剣を握ることのないように」
モルはそこで一度言葉を止め、また話し始めた。
「その雨が、止んだのです」
セブの目がわずかに見開かれる。
「窓の外に、魔天蓋が広がっていました。夜毎、窓から何度も見上げた魔天蓋が、陛下の魔力を宿し、ぼんやりと紫の光を帯びて」
懐かしむように、思い出しながら語るように、モルはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「蝶だったころ、遠くからその輝きを眺めて、きれいだと思っていました。あなたが力を奪われているとも知らずに」
私の方からモルの表情は見えない。けどたぶん、銀色の瞳がまっすぐセブを見てる。
「陛下。私は何も奪いません。私に宿る力は全てお返しします。それでももし、もし望んでくださるなら……」
言葉を詰まらせ俯いたモルに代わって、セブが口を開く。
「モル。きっと俺は、二度とお前を自由にしてやれねぇ。俺の我が儘でお前を一生縛りつけることになる。それでも、」
――セブが、モルに跪いた。
「俺の傍にいたいか?」
王子たちも巫女も驚いたと思う。私も驚いてる。
でも、一番驚いたのはきっとモルだ。
「……顔をお上げください」
その声は、少し震えていた。
「マテリア国王セブリオン・マテリア陛下。私の忠誠は、あなただけのものです。これまでも、この先も、永遠に」
モルは、セブと視線を合わせるように跪いた。それから左手を、自分の手を取るセブの手に、そっと下から包み込むように被せた。
「これからもあなたのしもべでいさせてください、我が君。おれは、ずっとあなたのそばにいたい」
モルの言葉を聞いてセブが顔をあげる。その表情がみるみるうちにほころんでいって、今にも泣きそうな声で、モル、って呼んでる。
見届けちゃった……いつの間にか涙出てた。うれしい。これ以上うれしいこと、無いかもしれない。
二人が、ずっと一緒にいることを選べた。この世界に負けなかった。
あとは、私に任せて。この世界を覆う黒雲を、慈雨の巫女の力で浄化する。
こんなに幸せそうな二人がいるんだ。今なら絶対何だってできる。
だって私はセブモルのオタクだから。
どうしたらいいのかわかんないけど、とにかく祈ってみるか。黒雲が晴れるように、私の萌えの全てを込めて。
涙を拭って、目を固くつぶって、胸の前で手を組んで、私は全力で祈りを捧げた。さっきと同じように私の全身が発光する。
そしてその光は、すべてセブに注がれていった。
「ゆ、由紀?」
セブの戸惑う声が聞こえて、私は恐る恐る目を開けた。何か眩しい光が全部セブの方に送られていってる。
ねえ待って? 待って待って違うそっちじゃない! 上! 空!
何度必死に願っても、私の力はセブの方にいってしまう。
「や、待っ、違くて、これはその、黒雲、黒雲にね、送りたいんだけど!?」
涙目で言い訳を並べ立ててみたけど、これ、どうしたらいいんだろう? せっかくセブモルのおかげで萌えが大爆発してるのに、この力を黒雲に送れないなんて。
「いや、これでいい」
セブがモルの手を取ったまま立ち上がった。
「モル」
セブの呼びかけに、モルも立ち上がり答える。
「お供いたします、我が君」
セブが魔剣を大地から召喚し、振るった。その一撃が魔天蓋を貫き、風穴を開ける。降り注ぐ雨から、モルの守護の術が主とモル自身と、私を守る。
「由紀、お前も来い」
セブが私を呼んでくれた。セブとモルが、二人揃って私に手を伸ばしてる。
ただのいちオタクがこんなところに招かれるなんて、冷静に考えたら申し訳なさすぎる。けど、私の力でセブの魔力を回復する以上、ついていくのが最善。
私は駆け寄って、二人の手を取った。
「……っつーわけで、ちょいと世界救ってくるわ」
セブが巫女と王子たちに軽く声を掛ける。
「セブ様、どうか気をつけて」
「おう」
巫女の心配そうな声に、セブは笑顔で返した。
「んじゃ、行ってくる」
足元に私たち三人が余裕で入る大きさの魔法陣が展開された。そのまま一気に飛び上がった私たちは、風穴を抜けて魔天蓋の上に降り立つ。
いよいよ、世界を救うための最後の戦いが始まる。
あと2話ぐらいで終われる見込みです
次回更新は日曜!
引き続きよろしくお願いします~!




