3-12:セブリオン・マテリア
「ふざけるなよセブリオン・マテリア。お前は、何のためにおれをこの世界に縛りつけた?」
主の胸ぐらを掴んだまま極限まで抑圧された静かな怒りをぶつけるモルを、私は見ていた。
「何もかも忘れて、おれが幸せに生きる? おれが、お前を忘れて、ただの人間として生きるだと?」
掴んでいた手を離し、モルが俯いた。
「おれがいらなくなったならそれでいい。この体もお前の力もぜんぶ返してやる。だが、もし、必要なのに手放すというなら」
モルが、剣を抜いた。その表情は私からはよく見えない。
「おれはお前を決して許さない」
セブの紫水晶の瞳が大きく見開かれてる。けど、それ以上に私の方が驚いていた。
原作だと、モルはここで剣を抜かない。台詞は原作の追加ルートと全く同じだけど、行動が、違う。
暫く呆けたように固まっていたセブに、モルが剣の切っ先を向けた。あの日――モルが心からの忠誠を誓ったって言ってたその日以降、二度と見せることのなかったはずの、主に対する明確な反逆。
「……モル」
セブが地から魔剣ダモクレスを召喚し、手にする。
ちょっと待って、まさかこの主従、ここでバトル開始するつもり?
私がまだ何の心の準備もできてないうちに、セブは魔剣を振るった。たった一度、その一振りが凄まじい圧を生み、モルへと迫る。
……待って待ってこっちにも余波が来てますけど!? 慌てて顔の前に腕を持ってきてガードしようと……ん? 何ともない?
戸惑いながら前を見ると、私の前にバリアが展開されていた。モルの守護の術だ。助かった。
助けられた私は無意識にモルに目を向けていた。もちろんモル自身も自分に守護の術をかけている。
ところが、最強の魔王の一撃はその護りをいとも容易く打ち砕いた。
魔剣による攻撃をまともに喰らったモルの体は壁に激しく叩きつけられた。そのまま、モルの体を紫黒色の炎が這いまわり、壁に縫い留める。
最強の魔王の静かで容赦ない攻撃が完璧な従者を追い詰めていく。モルの固く引き結んだ口から苦しそうなうめき声が漏れてる。
セブ、本気だ。一切手加減してない。
止めなきゃ。モルが危ない。ラスボス主従二人のバトルに割り込むの怖すぎるけど、私がやらなきゃ。
そう決意して前に踏み出そうとした私の足を、セブの声が止めた。
「俺のしもべの命の使い道は、俺が決める」
原作と、同じ。不自然すぎるほど落ち着いた、有無を言わさない口調。セブの目は私に見向きもせず、モルを見つめていた。苦痛に耐えながら鋭く主を睨み続ける従者の目を、そっと受け入れるみたいに。
モルがセブの方に左手を、セブの炎に抗うように、必死で伸ばしてる。その手を、セブの炎が包んだ。そのままモルの全身は紫黒色の炎に包まれ、飲み込まれ――消滅した。
「モル……?」
契りの紐から伝わってくる気配が、消えている。どうしようもなくて、縋るみたいに、私はセブの顔を見た。私と目が合ったセブが、笑う。
「んな顔すんなって。あっちに飛ばしただけだ。モルは生きてる」
よ、よかった……いやよくない。魂の契りを解消するとか、モルに本気で攻撃したりとか、なんかもう、この魔王、ムカつく。
「一発殴らせて」
「おー来い来い」
この余裕な感じがさらにムカつく。助走をつけて思いっきり、鳩尾のあたりに撃ち込んでやった。たぶんダメージ0。
「気が済んだか?」
「全っ然」
でももういい。私はセブの隣を抜けて窓の方に向かった。大きく開かれた窓から、外の景色を見る。
魔天蓋に覆われた空と、高い城壁。湿った風がゆるく吹き込んでくる。
「――夜になると、あいつの歌が聞こえてくる」
その声は、すぐ傍から聞こえてきた。
窓を見る私のすぐ後ろに、セブがいる。窓枠に乗せた私の手に被せるみたいに、セブの手が置かれる。
距離、近。待ってこれどういう状況? 動揺しすぎてリアクションとれないんだけど。
「あいつはこの窓を開けて、外を見ながらよく歌ってた。寝つけない夜、窓を開けると微かにその歌が聞こえてくるんだ。それを聞きながら、いつの間にか俺は眠ってた」
……新規供給だ。このタイミングで!? しかもこれ、このエピソード、モル本人も聞かれてるって気づいてないやつじゃない!?
「その時間が、好きだった」
過去形に、なってる。新規供給でぶち上がっていた私のテンションが急激に落ちていく。
「あいつはこの窓から飛んできたんだ。……初めてだった。初めて、欲しいと思って、手を伸ばした。魔力を注ぎ込んで、契りで縛りつけて」
セブの言葉が一瞬途切れる。
「あいつが何よりも大事にしていた自由を、俺が奪った」
重なった手に、ほんの少しだけ力がこもった。原作でも聞けなかった、セブの本当の気持ち。
「後悔、してるの?」
「まさか。あいつは俺のしもべだ。後悔したことなんかねぇよ」
そう何でもないように言ったくせに、セブは「ただ、」って続けた。
「慈雨の巫女の力で酸の雨を浄化しても、世界が一度平和になったとしても、あいつはいつか必ず俺のために命を差し出す。魂の契りがある限り、いつか、必ず」
いつもより低くて重い、声。
「そうなる前に、あいつを自由にしてやりたい」
「モルが、そんなこと望むと思う?」
「怒るだろうな。現に、さっき怒らせた」
ああ、もう。そこまでわかってるくせに。ダメだ、もう我慢の限界。
「勝手に過去形にすんな、馬鹿魔王~~~~!!」
私のクソデカボイスはものすごい勢いで魔天蓋に反響して、マテリア中に響き渡ったと思う。馬鹿魔王、ざまあみろだ。
「……お前な」
絶対呆れられてる。でもいい。そんなの知るか。
「もう! ばか! ばかばかばかばかばか魔王!! 要するに、モルとずっと一緒にいたいんでしょ!?」
「……俺の話聞いてたか?」
「聞いてたわ! ばか! モルに先立たれるのが怖いから手放すって!? 残念でした! モルは、絶対そんなことしないから! モルはセブが要らないって言うまで未来永劫ずーーーーっと一緒にいるつもりだから!!」
だってモルは、無茶なことしそうになったら止めてほしいって私に言った。セブのためならいつでも死ぬ覚悟だったモルが、セブのためにそう言ったんだ。ただ主の望みを叶えるためだけに、死ぬ覚悟さえ棄てたんだ。
そうまでしても、傍にいようとしてくれてたのに。最強の魔王が抱える痛みを、傷を、弱さを知って、たった一人で守ろうとしてくれてたのに。それなのに。今更。手放すなんて。
後ろにいるセブがどんな顔してるかは見えない。見るつもりもない。また溢れてきた涙を見られたくないし。
「あいつが……そう言ったのか?」
そう言ったセブの声は、今まで聞いたどんな声よりも弱々しかった。
「私に聞かないで!! 今すぐ本人に聞きに行け!!」
重なったセブの手が、私の手をそっと握った。
「……ありがとな、由紀」
そんなことはいいから一刻も早くモルのところに行ってほしいんですが!?
「行かせませんよ?」
うわ、今一番聞きたくない声だ。セブの手が離れて、私も続いて後ろを振り返った。
「……暁光の巫女」
部屋の扉を後ろ手に閉めながら、巫女が不敵に微笑んでいた。
一番嫌なとこで来る選手権、優勝――
次回更新は土曜!→日曜にまとめて更新します!
引き続きよろしくお願いします~!




