3-11:推しと対面
マテリア城の一室。かつてセブが使い、今は従者モルの私室となっている場所。その扉の前に私とヴァニアは立っていた。
開けるのが、怖い。もし中にセブがいたとして、どんな顔して会えばいい? モルとの魂の契りを解消しようとしてるかもしれない、そんなセブに、私はなんて言葉を掛けたらいいんだろう。指先が震えて止まらない。
「大丈夫? 慈雨の巫女」
ヴァニアの声にハッとする。いけない。早く開けなきゃ、躊躇してる場合じゃない。事は一刻を争うんだ。
「ごめん。開けるね」
気合いだ、気合い。私はドアノブに手をかけ、勢いよく押し開けた。
「……これって」
部屋には、誰もいなかった。代わりに部屋に残されていたのは、
「魔法陣?」
部屋の真ん中、床の上に描かれた魔法陣。闇の魔力が込められた紋様は紫色の鈍い輝きを放っている。
「セブ、だよね」
部屋に足を踏み入れそのままふらふらと魔法陣に近づく私の腕を、ヴァニアが掴んで止めた。
「おい、少しは警戒しろよ」
「ごめん……」
でもあの色、確実にセブの魔力の色だ。セブがここに魔法陣を描いたんだ。
「転移用だな」
遠目に魔法陣を確認しながら、ヴァニアが言った。
ってことは、セブと巫女がここからどこかへ転移していったってことか。
この部屋で儀式するんだと思ってたけど、そうじゃないのかな。それともまだどこかで準備してる?
「行ってみる」
ヴァニアを振りほどいて、私は魔法陣の真ん中に躍り出た。
「……あれ?」
何も起きませんけど?
「は? そんなわけ……っ!?」
魔法陣の真ん中で跳ねたり足踏みしたりしてる私に近づいてきたヴァニアが、突然何かに弾かれたみたいに吹っ飛んだ。
「ヴァニア!」
思わずヴァニアに駆け寄ろうとした私を、足元の魔法陣が阻む。私の足が陣からはみ出そうとした瞬間、激しく火花が散った。
「痛っ!?」
すっごい強い静電気みたいなの来た。もしかして私、ここから出られない感じですか?
「だから警戒しろって……」
ごめんヴァニア。私、捕まっちゃったっぽい。
でもどうしてだろう、特に身の危険は感じない。魔法陣の中にとらわれて大ピンチのはずなんだけど。セブが描いたものだからかな。
すると突然、魔法陣の紋様がまとっていた光が一気に強さを増した。まぶしくて思わず目をつぶる。
「転移の術だ。気をつけろ慈雨の巫女……!」
ヴァニアの声が遠くなっていく。モルの気配も弱まっていく。
しばらくすると、辺りはしんと静まり返り、紋様の光も徐々に収まっていった。
恐る恐る、目を開ける。さっきまでと変わらない床、最低限の収納、簡素なベッド、そして、
「よくここまで来たな」
開け放たれた大きな窓の前。私に背を向けて立つその人は、静かにそう言った。
「……セブ」
私の呼びかけに、セブがゆっくりと振り向く。モルの手で編まれた金色の長髪が揺れる。
不意に、左手首の契りの紐が疼いた。
さっきまで確かに感じていたモルの気配がない。代わりに、目の前のセブの気配が苦しいぐらい濃く、強く、はっきりと感じられる。
モル、大丈夫かな。たぶん今、私の気配は追えなくなっちゃってるよね。
ここはいったい何なんだろう。私たちが今いるこの場所に、モルはたどり着けるの?
「ここって……?」
「モルの部屋であって、モルの部屋でない場所だ」
ごめんちょっとよくわかんないかも。さっきまで私とヴァニアがいた部屋とは違うってことかな?
「暁光の巫女もここにいるの?」
「ああ」
いるんだ。無意識に体に力が入って、私は思わず生唾を飲み込んだ。
「心配するな。俺がいる限り巫女がお前に危害を加えることはない」
セブの声に敵意は感じられない。言ってることも、たぶん嘘じゃない。本心で巫女から私を守る気でいてくれてる。
……聞かなきゃ。巫女の言った通り、本当にセブはモルとの魂の契りを解消しようとしてるのかどうか。
その答え次第で、私はセブを止めないといけない。
「ねえ、セブ」
足が竦む。震えそうになる声を必死で抑えて、できる限り何でもないような風を装って、私はセブに、尋ねるべきことを投げかけた。
「あっ、あのね、さっき巫女が言ってたんだけど、セブが魂の契りを解消するって、そんなことするわけないよね~!?」
重くなりすぎないように、何でもないように。こんなの嘘に決まってるし。私たちを動揺させるための、単なる嘘――。
「巫女の言ったとおりだ。魂の契りは解消する」
セブが何て言ったのか、とっさに理解できなかった。頭の中が真っ白になって、手足にうまく力が入らない。
うまく動かなくなっていく全身の中で、心臓だけがいやにうるさい。
「なに、いってるの」
言葉が、つかえてうまく出てこない。
「魂の契りを解消する。そのために、俺はここにいる」
「やだ」
無理やりひねり出した、たった二文字の言葉にセブが眉をひそめてる。
「やだって、お前な……」
「やだよ。だってモルが、セブのこと忘れちゃう」
そんなの、あんまりだ。モルに、セブのことを忘れさせるなんて、あんまりだよ。
セブだって、モルにまだ俺の傍にいろって、必要だって、城に戻ったら鍛え直しだって、言ってたのに。
でもセブは、まるで最初からそう決まってたみたいに、私に告げた。
「モルのためだ」
ちがう。じゃあ私は何のために慈雨の巫女になったの。
セブの魔力を浪費して、モルを危険な目に遭わせて、そうまでしても、二人が主従のままでいられるようにって、それが二人の望みなんだって、信じてたのに。
涙がこぼれる。推しの前で泣きたくなんかないのに、止められない。ぽたり、ぽたりと涙の雫が床に落ちる。
それに反応したみたいに、足元の魔法陣が光を強めた。
「ぅわっ、えぇっ?」
場にそぐわない素っ頓狂な声をあげながら、私は慌てて魔法陣の外に出た。さっきの強い静電気みたいなのは起きなかった。よかった。
私が魔法陣の外に出たのは、誰かが転移してくるんだと思ったから。それが誰かはほぼ間違いなく決まってる。
強い光が収まり、まぶしさに閉じていた瞼をゆっくりと開けると、深い銀色の瞳と目が合った。
「……何があった?」
魔法陣の力で転移してきたモルが、泣いてる私を見て問いかける。ヤバい、推しに泣き顔見られたの恥ずかしすぎる。でも無理。我慢できない。
けど私が口を開く前に、セブの声がモルに届いた。
「モル」
待ち望んだ主の声に、モルが顔を上げ振り返った。
私にもわかる、今この部屋にはセブとモルの気配両方が存在してる。魂の契りで結ばれた二人の気配が、契りの紐を通じて私に伝わってくる。
「陛下、ご無事で何よりです」
すぐにその場で跪いたモルに、セブは労うような言葉をかけた。
「今まで、ありがとな」
その一言と私の涙で、モルはセブがこれからしようとしていることを察してしまったんだと思う。
モルが一言も発さず立ち上がる。俯き、髪に隠れたその横顔から表情は読み取れない。
「……ふざけるな」
次の瞬間、モルはセブに掴みかかっていた。
「ふざけるなよ、セブリオン・マテリア」
――同じだ。原作の、追加ルートと同じ台詞。
すごい嫌なとこで終わっちゃった……
次回更新は木曜!
引き続きよろしくお願いします~!




