3-9:人生で一番「無理」って言った記念日かも
牢屋を出た私は、足元に気をつけながら慎重に洞窟の奥へ進んでいた。
進めば進むほど地面はでこぼこと不安定になっていく。しかもつるつるした岩だらけで滑りそう。
薄暗く見通しの悪い洞窟の中で、私はさっきのスカルの話を思い出していた。
……やっぱり、何かおかしい。
スカルは暁光の巫女に閉じ込められたっぽいこと言ってたけど、巫女はそんなこと言ってなかった。
それに、スカルが本当に閉じ込められて脱出できたなら、わざわざ牢屋に戻ってくるのは変。これじゃあまるで、自分から進んで閉じ込められてるみたい。
なんなら閉じ込め方自体も、巫女がやったにしては雑すぎ。土の魔術を使えるスカルなら脱出できそうって、あの巫女が考えなかったはずがない。
何より、巫女がスカルの正体を確認しに来たってのが引っかかる。
あの巫女なら、さらった時の様子をヴァニアに聞けば簡単にどっちがセブかわかったはず。わざわざ鉄格子の前で起きるのを待ってまで正体を確かめようとするなんて考えにくい。
……まさか、もしかして、
「スカルが、嘘をついてる……?」
考えたくないけど、一番しっくりくる。嘘とまではいかなくても、何かを隠してるとか。
私に隠さなきゃいけないこと。それってやっぱり、
「セブの居場所、だよね」
もし本当にスカルがセブの居場所を隠してたとしたら? たぶんスカルはセブに直接口止めされてるはず。
いくら巫女に何か言われてたとしても、スカルならきっとセブ本人の考えを優先するだろうから。
「じゃあセブはやっぱり自分で気配を……」
今の私の予想はこう。セブとスカルは一緒にここへ連れてこられた。で、セブは一人で牢屋を出て……今は暁光の巫女のところにいる。
そして、私たちに悟られないように自分から気配を絶っている。
……これ、考えうる限り最悪のパターンじゃない?
ここに来る直前の、余裕たっぷりな巫女の様子を思い出した。あのときの巫女の言葉が、真実だったとしたら……?
セブが、魂の契りを解消する。
「無理。無理無理無理無理ぜーーーーったい無理」
あり得ない。あり得ないはずなんだけど。100パーセント、って言い切れない自分がいやだ。
モルの気配はさっきより近づいてきてる。ここがスカルの言う通りマテリアだとしたら、モルもちょうどマテリア国内に入ったぐらいじゃないかな。
セブを見つけ出す。絶対に。モルがここに来る前に。
決意を新たに大きく頷いた私は、気合を入れてちょっと大きめに一歩踏み出した。それが間違いだった。
足が滑った。かかとから思いっきり。しかも最悪なことにまあまあきつめの下り坂。
「ああああああ待ってストップ無理~~~~ぃ!!」
今、ウォータースライダーぐらいの滑り方してる。ウォーターは無いからただのスライダーだけど。スライダーにしては床がでこぼこだからお尻が痛いけど……!
「痛すぎ止まってマジで無理です」
現代日本産のひ弱なオタクに体張らせないでください。泣きそう。
先の見えない暗い洞窟を一気に滑りおりた私は、急に訪れた全身の浮遊感に目をぱちぱちさせた。思わず下を向く。地面がない?
「なんでぇえ~~~~!?」
皆さん、スキーのジャンプ競技を想像してください。今の私はあれです。たぶん皆さんの想定より地面が底の方にあるのと、この洞窟が暗いのとで、この先どう着地したらいいか段取りがさっぱりわからないってだけです。
さすがにこの勢いで地面に落ちたら死ぬよね……? 落ちなくてもこのまま壁に激突したらアウトだよね……!? 詰んだかも、どうしよう。
アイテムもないし、マテリア城から持ってきた杖もいつの間にかどっかいってるし。本当に杖どこいった? ヴァニアに飛ばされた勢いで落としちゃった?
そんなこと考えてる場合じゃない。地面だ。地面が見えてきた。どんどん近づいてくる。怖い待ってさすがに無理!! もう地面!!
「…………」
止まった。どこも痛くない。怖すぎて固くつぶっていた目を恐る恐る開けてみる。
……浮いてる。地面まであと数十センチってとこで、私の体はうつぶせのままふわふわと上下していた。そよ風が顔をなでていく。もしかしてこれって。
「勝手な事されると困るんだよ、慈雨の巫女」
宙に浮かされたまま、私は声のする方へ何とか顔だけ向けることに成功した。
「ヴァニア」
やっぱり。ヴァニアが風の魔術で助けてくれたんだ。でもどうして?
「君を殺すのは姫のご希望なんだからさ。勝手に死に急がないでくれる?」
なるほどそういう理由ね。ん? まさかこの人、私が洞窟うろうろしてる間もずっと見張ってた……?
「落ちる前に、止めてほしかったな……」
「ワガママ言わないでよ」
ヴァニアの風の術が解かれて、私はそのまま地面に落ちた。普通に痛い。しかもヴァニアが私の髪を掴んで無理やり上を向かせてくる。
「本来なら、姫を傷つけた君なんてもっと酷い目に遭わせてやんなきゃ気が済まないんだから。死にたくないなら大人しくしててよね」
「離……して……」
抜けるから、毛。マジで。
上から私の顔を覗き込んでくるヴァニアと目が合った。翠玉の瞳が、完全に生気を失ってる。怖すぎ。
「とにかく、姫が儀式を完遂するまではじっとしてて。逃げてもムダだよ。ここ、出口とかないから」
ヴァニアが乱暴に手を離して、私は地面に突っ伏した。頭がヒリヒリする。
出口がない。なら、私だけの力で脱出するのは無理だ。戻ってスカルに協力してもらうか、モルが来るまで待つか。
だめ。もし本当に今、セブと巫女が魂の契り解消の儀を進めようとしてるなら、間に合わない。
一か八かだけど、こいつに協力してもらうしかない。
「私が、あんたの言うことなんて聞くわけないでしょ」
ヴァニアの表情が険しくなった。
「そんなこと言える立場じゃないってわかんないかなぁ」
露骨に苛立ってる。いい感じ。
「魔王は君を助けない。あのしもべだって、君がここにいるとはわからない。君はただ姫に殺されるのを待つしかないんだよ」
私を絶望させようと頑張ってるヴァニア……ごめん、萌える。
「あんたはそれでいいの? ヴァニア」
「何が」
「このままだと巫女とセブが結ばれるけど。あんたはそれでいいのかって聞いてんの」
ヴァニアが苦虫を噛み潰したような顔してる。うまく嫌なとこ突けたっぽい。
「魔王と姫をくっつけたくないのは君だろ? 君の願望を俺に押しつけるなよ」
「でも、ヴァニアだって同じでしょ?」
「ちがう。俺はただ姫が」
ヴァニアの焦りに、痛みに、私はつけ込む。
「巫女を、幸せにしたいんだよね。わかるよ。私だってセブに幸せになってほしい」
「うるさい」
必死で拒絶するヴァニアを、追い詰める。
「でも私、ヴァニアにも幸せでいてほしいんだ」
「黙れよ!」
ヴァニアの目が魔力の輝きを帯びる。次の瞬間、凄まじい突風が私を吹き飛ばした。
「うわぁっ!?」
軽々と浮き上がった私の体は、そのまま洞窟の岩壁に背中から叩きつけられた。息が詰まって苦しい。
けど、負けるわけにはいかない。もうすぐ、モルがここに来る。それまでに何としても、ヴァニアに私をセブのところまで連れていかせる。
「……私は……諦めない」
歯を食いしばって、立ち上がる。
「魂の契りを解消しなくたって、この世界は救える。セブもモルも、二人のままで生きていける。だから」
顔を上げて、ヴァニアの目を真っ直ぐに見る。
「だから、ヴァニアの幸せも諦めない」
右手を、ヴァニアに差し出す。
「信じて。私と一緒に、巫女を止めよう。巫女と、セブと、私たちのために」
どうする、ヴァニア……?
次回更新は日曜!
引き続きよろしくお願いします~!




