1-5:潜入☆ナチュリア王国
前略。お父さんお母さん、私は今、マテリア王国国王の身でありながら、敵国ナチュリアに潜入しています。ぬいぐるみの姿で。草々。
どうしてこんなことになったかって言うと、まあいろいろあって、結局「セブリオン(私)がピッピの姿に変化してナチュリアにこっそり忍び込む」が最適解ってことになっちゃったんだよね。
ピッピは動けないけど、ピッピに化けただけの私なら自由に動けるからってことでそうなっちゃったわけ。
で、そこまでは良かったんだけど、実際に変化するのがマジで大変だった。その時のやり取りがこんな感じ。
「じゃあユキ、試しに俺っちに変化してみてくれ」
「……どうやって?」
「は? どうやってってそりゃ、魔法で」
「魔法……だと……?」
そう。いくらガワが最強の魔王でも、中身は現代日本にどっぷり漬かったただのオタク。魔法の使い方が、さっぱりわからなかった。
ピッピ曰く、魔力自体は有り余ってるから出し方さえ掴めば簡単に使えるはず……らしいんだけど、念じようが詠唱しようが決めポーズしようが、全然だめだった。
でもこういうのって普通ちょっと念じる感じで簡単に火が出たり水が出たりするもんじゃないの? 最強の魔王ですよ、私?
ともかく、うんともすんとも魔法が使えなくなってしまった哀れな魔王は、ピッピに泣きついて変化アイテムの在り処を教えてもらい、ついでに転移装置の使い方も教えてもらった。
で、無事に愛らしいタヌキモモンガの姿でナチュリア王国に転移してきたわけなんだけど、ちょっと困ったことになっちゃったんだよね。
当初の予定では、城下町の裏路地辺りに飛んで、水路か何かを辿ってこっそり城内に忍び込むはずだった。
でも今、私、ナチュリア王城のメインホールど真ん中にいる。転移装置のバグかな。うん。つまり、大ピンチです。
人目もあるし、下手に動けないし、とにかく誰か優しい人が拾ってくれることを祈って待ち続けるしかなさそう。
「あれっ、こいつ……」
来た! 優しい誰か! どことなく声に聞き覚えがあってものすごく不安なんだけど大丈夫かな!?
ぬいぐるみをひょいと持ち上げた男と、バッチリ目が合う。緑色のウェーブがかった短髪に翠玉の瞳。「軽薄」を擬人化したような表情と、吟遊詩人調の軽やかな装い。
間違いない。「風」を司るナチュリア王国第三王子、ヴァニアだ。
「カワイーじゃん。ラッキー♪ 姫ちゃんに貢ごっと」
大変なことになっちゃった。こいつの言う姫ちゃんってのはつまり暁光の巫女のこと。要はこれから私の身柄が巫女の元へ運ばれることを意味している。
無理無理無理無理絶っっっ対無理!!
あの巫女のことだ。私のこのガワを見たら確実にセブの部屋の備品だって気づく。そうなったら100%監禁される。そのまま変化アイテムの効果時間が切れて、魔王の姿を晒すことになって……絶対に無理。何としてもこの第三王子の手から脱出しないと。
ところが、隙を伺う私の身柄は、残念ながらどんどん暁光の巫女の元へと近づいていく。
「姫ちゃんどこかな~。兄さんたちに聞いてみるか」
兄さんたち……第一王子と第二王子か。喋ってる隙に逃げ出せたらいいんだけど。あとどうかその場に第四王子がいませんように……!
「兄さんたち~」
第三王子ヴァニアが暢気に手を振るその先には、二人の王子が並んで何かを話し合っていた。
紅の髪と瞳を持つ「火」の第一王子ルビーと、ライトブルーの癖のない長髪を一つに束ね、水宝玉の鋭い瞳でこちらを睨む、「水」の第二王子カイン。
ルビーはいかにも騎士っぽいかっちりとした服装に、大小いろんな勲章が付いててザ・偉い人って感じ。第一王子兼騎士団長の肩書きは伊達じゃない。
カインはゆったりとした青色のローブを羽織っていて、手には魔導書っぽいのも持ってる。見るからに魔導師って感じだ。
今この場に四王子のうち三王子までが集合してる。原作でもあまり見ない貴重な場面かも。
「何の用だ、ヴァ……それは何だ?」
第二王子カインが訝し気にぬいぐるみを見ている。
「拾った。カワイーだろ? 姫ちゃんにプレゼントしようと思ってさ♪ どこにいるか知らない?」
「得体の知れない物体を巫女に渡すとは、感心しないな。マテリアの罠だったらどうする」
思わず心臓が跳ね上がったような気がした。カインの言う通り、今の私はマテリア王国が送り込んだ刺客と言われても否定できない立場。もしマテリアから来たってバレたら、即処刑だ。
けど、ヴァニアはその辺あんまり真面目に考えてないっぽい。
「大丈夫、姫ちゃんのピンチは俺が守っちゃうから♪ 兄さんたちのご心配には及ばないよ~」
せっかくのチャンスなので、私は王子たちのやり取りから各ルートの進行具合を確かめる。
「姫ちゃん」呼びになってる第三王子ヴァニアはある程度イベントが進行している。第一王子、第二王子の反応を見る限り、こっちはイベント進行ゼロと見て間違いなさそう。
やっぱり。追加ルート進行に必要な最低限のイベントだけ進めて、後はステータス育成に全振りしてるんだ。
特にセブのイベントで必須になる「研究」ステータスは重点的に鍛えてるはず。となると、今暁光の巫女がいる可能性が高い場所は研究室。「土」を司る第四王子スカルが持つ「魂の研究室」だ。
……うん。室名からして嫌な予感がするよね。スカルは魂について研究している変じ……ちょっと変わった王子様なんだ。
彼がどうしてそんな研究をしているかは、彼自身が持つ能力が大いに関係してるんだけど、とにかく今の私が魂の研究室に行っちゃうのはかなりまずいってこと。
「巫女なら、スカルの部屋にいると思うぞ」
「サンキュー、ルビー兄さん♪ じゃあね~」
兄王子たちに別れを告げたヴァニアは、私の祈りも虚しく「土」の第四王子スカルの魂の研究室に向かって歩き出してしまった。
こうなったら腹を括って一か八かヴァニアの手を振りほどいて逃げるしかない。研究室で巫女とスカルに会ってしまえば、詰みだ。
「フゥンヌッ!」
キュートなぬいぐるみらしからぬ野太い声が出てしまった。けどそんなことに構っている場合じゃない。全身全霊で体をよじった私は、見事ヴァニアの手から脱出することに成功した!
「あっ、おいこら逃げんな!」
バランスを崩して頬っぺたから床に着地しちゃったけど、ふわふわボディのおかげで痛みはなかった。慣れない手足をバタバタ動かし、私はどうにか二足歩行で駆け出すことに成功した。
背後から迫る第三王子の手を横っ飛びにかわし、とりあえず目についたほんの少し隙間の空いた扉に、私は勢いよく飛び込み、無我夢中で体当たりをして閉め、思い切りジャンプして鍵を掛けた。ふぅ。
「だっ、誰だっ!?」
背後から飛んできた声に私は硬直した。無我夢中だったとはいえ、人のいる部屋に逃げ込んでしまうなんて。迂闊だった。しかも、聞き覚えのある声。嫌な予感としか言い難いものを抱きながら、私は恐る恐る振り向いた。
琥珀色のたっぷりとした髪。長い前髪に隠れた同色の瞳が、小さな侵入者をきっと睨みつける。
兄王子たちと比べると少しばかり幼く華奢な腕を広げ、背後に立つ人物を庇うように一歩前に進み出た、彼こそがナチュリア王国「土」の第四王子スカルだった。
そしてその背後でこちらの様子を窺うように立っているのが、暁光の巫女だ。
つまるところ、第三王子ヴァニアから逃げ出せたと思ったら第四王子スカルの研究所に来ちゃった、巫女もセットでこんにちは☆ というのが今の状況です。
――何事もなかったかのように立ち去ろう。それしかない。前髪でよく見えないけどたぶんさっきから目が合ったままであろうスカルに、私はそっと会釈して、素知らぬ顔で部屋から出るべくドアノブに手を掛けた。開かない。
考えてみれば当たり前だ。さっき自分で鍵を掛けたのだから。ぬいぐるみの体に浮かぶはずのない汗が大量に出ているような気がする。
とにかく鍵を開けなきゃ、と一心不乱にジャンプしている私の後ろで、どさりと何かが床に落ちる音がした。スカルが腰を抜かしたのだ。原因は言うまでもない。私だ。
第四王子の能力。彼の前髪の奥に隠れた瞳は、相手の魂の形を見破ってしまう。
つまり、今のスカルには目の前の動くぬいぐるみの中に隣国の魔王と得体の知れないオタク女が入っていることがモロバレなのだ。
「何だ、これ、こんな……ま、おう……なの……か……?」
当然、スカルの能力について知っている暁光の巫女も、彼のこのリアクションを見て私がただのぬいぐるみではないことに気づいただろう。終わった。完全に終了ですこれは。
「ふーん……そういうことだったの」
巫女の含みのある言い方が怖すぎる。目が笑ってるのが余計に怖い。蛇に睨まれた蛙ってこんな気持ちなんだな……って震えていると、いきなり部屋の扉がノックされ、私は思わず飛び上がった。
「姫ちゃんいる~?」
ヴァニアだ。そうだったこいつから逃げてきたんだった。まあ今更逃げる必要もなくなっちゃったわけですが。
「はーい今開けるね」
言いながら巫女がこっちに近づいてくる。向こうでスカルがダメだ、危ない、とか何とか言ってるけど、巫女は全然聞いてない。
扉の前、つまり私の目の前まで来た巫女は、おもむろにしゃがんだかと思うと私の体を掴み上げ、抱きかかえながら扉を開けた。
「姫ちゃ……あっ、そいつ! カワイーっしょ!」
「うん、とっても」
気のせいかな、抱えられてる腕に力がこもった気がする。ちょっと苦しいんですが。
「姫ちゃんそういうの好きかなーって思ってさ。よかったら貰ってやってよ」
「ありがとう。大切にするね」
「兄さん待って、そのぬいぐるみは……」
「じゃあね姫ちゃん♪」
スカルの忠告を華麗に聞き流して、ヴァニアはあっという間に去って行ってしまった。暁光の巫女は私を抱えたまま振り返ると、腰が抜けてまだ立ち上がれないスカルににっこりと微笑みかけた。
「私もそろそろ行くね」
「巫女さん待って、そいつは」
結局スカルの忠告は聞き入れられることなく、巫女は部屋を出ると、私をそっと抱え直し歩き出した。
どこに連れて行く気だろう。外が見えない向きに抱っこされちゃったから全然わからないし、逃げ出そうにもしっかりホールドされてて無理っぽいし。
気の遠くなるような数分間を過ごした後、私の身柄は暁光の巫女の私室へと移送された。扉にはしっかりと鍵がかけられ、私のふわふわボディは小さなデスクの上に座らされた。
目の前の椅子に、巫女が座る。逃げられない。
助けてモルたん。主は今、絶体絶命の大ピンチです――。
次回更新:4/30(木)
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