2-28:あたしの名前
「あーあ。負けちゃった」
自嘲するように巫女が呟いた。
巫女は抵抗する意志をなくしたみたい。力なく手足を地面に預けたまま、ぼんやりセブの顔を見上げてる。
こんなの完全に巫女の自業自得なんだけど、それでもこんな巫女を見るのは、ちょっとつらい。
「頑張ったんだけどなぁ……またダメになっちゃった……」
巫女はセブを見上げたまま語りかけてる。どこか吹っ切れたみたいな、明るい感じ。
「セブ様に殺してもらえるなら、悪くないですね」
セブが魔剣を握る手に力を込める。
「言い残すことはあるか」
巫女は穏やかな口調で語りだした。
「またやり直しますよ。何度だって。絶対に」
ここからじゃよく見えないけど、巫女の目が潤んでるような気がする。
「あなたが笑顔でいられる世界を手に入れるまで」
巫女がゆっくりと右腕を上げて、セブに触れようと指先を伸ばしてる。
「……最期に、もう少しだけ、近くに来て、セブ様」
声が震えてる。やっぱり泣いてたんだ。
罠かもしれない、けどセブは巫女が伸ばした指先に、そっと手を差し伸べた。
巫女の指がセブの手のひらに触れた。触れた指先が、手のひらを撫でるように動く。その動きが、意思を持つ……何か、書いてる。
セブが驚いた顔で手のひらを見つめてる。びっくりするのも無理ないけど、訓練されたオタクは普通に異世界の文字が書けるんだよ。
「あたしの、本当の名前」
セブが巫女を見つめてる。唇がそっと開いて、今書かれたばかりの名前を口にしようとする。
その瞬間、突然巫女とセブの間につむじ風が巻き上がった。ヴァニアだ。石柱に叩きつけられて伸びてたはずだけど、いつ気がついたんだろう。
つむじ風が移動していった先を目で追うと、巫女を横抱きにしたヴァニアがセブを睨みつけながら立っていた。
「姫は死なせない」
さらに大きなつむじ風が二人を包む。それが止む頃には、二人は姿を消していた。
「逃がしたか……」
セブは左の手のひらをじっと見ながら呟いた。
「兄さん……」
スカルは思いつめたような顔で二人の去った跡を見つめている。
脅威は去った。私たちの勝ちだ。私はすぐにモルの方を見た。
スカルの傍で倒れていたモルの、体を押さえていた死霊の手が消えていく。スカルもすぐそのことに気がついた。
「モルさん!」
スカルの声に反応したモルがゆっくり起き上がろうとしてる。
「モル!!」
いてもたってもいられなくなって、私は無我夢中で駆け寄った。肩の傷を押さえながら座り込んでいるモルのところへ。
……あの、まず先に言い訳させてください。本来の想定では傷ついた推しにそっと寄り添う感じでいくつもりだったんです。本当なんです。
ただ、前世での運動不足がたたったのか圧倒的に走りなれてなかった私は、加減を間違えたんですね。止まるべきところで止まれなかった。
しかも最悪なことに足が石ころか何かに引っかかってつまずき、そのままの勢いで――推しを、押し倒しました。
「ごごごごめんなさい……」
申し訳なさすぎて秒で飛び退いちゃった。推しを押し倒すなんて。主従オタクにあるまじき大失態すぎる。
今こそ伝家の宝刀・全力詫び土下座を披露すべき時じゃない? もうセブの体じゃないからモルも文句ないだろうし。言ってる間にセブもこっち来てるし。
あっ、モルが私から顔を背けてる。これは……やらかしてしまいましたね……。いざ尋常に、詫び土下座を……。
「すまなかった」
待って? 私じゃなくて、モルが謝ってる? なんで?
「約束。守れなかった」
約束? 私のことを守るって言ってくれたこと、かな。
「いやいやいやいや全然全然守ってもらってましたけど??」
モルたん、そんなこと気にしてたの? 嘘でしょ? 私もセブもモルたんにバッチリ守ってもらってましたけど!?
でもモルは納得いってないみたい。モルの理想が高いのは知ってるけど、私的には十分大満足だったって伝えなきゃ。
「モルたんこっち向いて」
モルは素直にこっちを見てくれた。銀色の双眸が私を捉えて、気まずそうに揺れる。仰向けに倒れたまま地面に広がった髪は、内側の薄紫色を惜しげもなく晒してる。うん、まず一つ伝えてもいいかな。
「あ、そこは『たんを付けるな』でお願いします」
オタクとして譲ってはならないこだわりポイントかなと思いまして。
「……は?」
あ~眉間にしわが寄ってる~! そうそうこれこれ! 推しの塩対応からしか得られない栄養素、ありますからね。さて、気を取り直して本題いきますか。
「謝るのは私の方。私を守るためにいっぱい無茶させてごめんなさい」
誰も満足に戦えない状況で、モルが独りでがんばってくれたから私は今生きてる。モルは十分約束を果たしてくれた。
でも、だからこそ、不安になる。モルは目的のためならいくらでも無茶しちゃう人だから。
主のためなら命すら惜しまない。モルのそういうところ、私は大好きだけど、でも本当はそんなことしてほしくない。私はモルに生きていてほしい。
気づいたら私はモルの手をとって、両手で握ってた。
「お願いだから無茶しないで。何かあったらどうしようって……怖かった……」
「……」
な、何か言ってほしいな……? しれっと手握っちゃったけど、モルたぶんこういうの嫌だよね。かといっていきなり離すのも違う気もするし。どうしよ。気まずい。
「由紀」
モルの手が、握り返してきた。
「我が君の望まれる幸福のため、おれは果たすべき使命を果たす。たとえ、この命と引き換えにでも」
そう、だよね。それがモルの生き方だ。ただのオタクに止める権利なんてない。
「だが、我が君はおれが命を捧げることを今は望んでおられない。だから、」
モルの銀色の瞳が、私の目を射る。
「おれが無茶をしそうになったら、お前が止めてくれ」
――語彙力が、爆散しました。
「はいよろこんで」
居酒屋チェーンの店員みたいな返事しちゃった。絶対これじゃなかったと思う。完全にミスった。
「モル」
ちょっと離れたところで聞いていたセブがこっちに来た。モルは急いで起き上がると、跪いて主を迎える。
「申し訳ございません、陛下。陛下のしもべでありながら、このような失態……」
「モル」
従者の言葉を、主が遮る。鋭く咎めるような視線が、表情が……崩れた。
「しゃあねぇ、城に戻ったら鍛え直しだ。帰るぞ」
「っ……はい……!」
これ、こんな至近距離で浴びていいやり取りです……? 尊すぎて生命の危機を感じるのですが……?
「おーい置いてくぞー」
ちょっ、私が生命の危機に瀕してる間にセブモルがさっさと帰ろうとしてる!?
「待って~!」
急いで追いつかなきゃ。って、そういえばスカルはどうするんだろう。とりあえず私たちと一緒にマテリア城に帰るのかな。
私はセブモルの方に駆け寄りつつ、スカルに声をかけようと思って振り返った。
その視界の端っこで、セブの金色の髪と魔王特有のマントが大きく揺れた。
……えっ?
もう一度視線を戻す。自分の動きも周りの動きも変にスローモーションみたいでイライラする。
セブの体がぐらりと大きく揺れて、地面に倒れようとしていた。
「我が君!!」
モルが叫んだ。主の体をしっかりと抱き留めて、そっと横たわらせてる。
何が起きてるのか、現実感がなくて足がすくむ。セブが、倒れた? どうして?
「由紀さん! 大丈夫ですか? 一緒に魔王さまのところに行きましょう!」
スカルが動けずにいる私のところに来てくれた。そのままスカルに手を引かれ、私はセブのそばに駆け寄った。
最強の魔王セブリオン・マテリアは、完全に意識を失っていた。
これにて 第2章:推しと対話 完です!
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
第3章:推しと世界 は8/1(土)開始予定です!
引き続きよろしくお願いします~!




