2-27:信じて。
弓と片手剣を同時に装備している第三王子ヴァニア。このことが原作で示す事実はただひとつ。
「……密猟者」
そう、隠しジョブのポーチャー……ってあれ? 私まだ言ってないけど。
「へぇ、よく知ってるね~」
ヴァニアがわざと大げさに感心した様子でモルに言った。
「貴様には関係のないことだ」
さっきのポーチャーってモルが言ったんだ。どうして知ってたんだろう?
あと、気のせいかもしれないけど、モルの雰囲気がさっきまでと違う気がする。
「ポーチャー……密猟者か」
セブがぼそりと呟いた。密猟者。それって。
モルが私に話してくれたセブモルの出会いエピソード。モルたち銀色の蝶を追い詰めた存在。
そうか、ポーチャーって密猟者って意味だったんだ。だからモルはヴァニアの衣装を見て気づいたんだ。自分たちを欲望のままに乱獲したやつらと同じだって。
ヴァニアはもちろんそんなこと知る由もない。
「姫、ここは俺にまかせて。姫は少し休んで回復してね」
「……わかりました」
暁光の巫女、素直に従った。ジョブをネクロマンサーから巫女に戻して、しばらく治癒に専念するみたい。
「じゃ、姫のために死んでもらうよ」
「断る」
二人がまた戦い始めた。
ヴァニアがポーチャーになるにはレベルを最大近くまで上げないといけない。つまりこのヴァニアは相当育成が進んでる。
風の聖域をソロ突破できるぐらいだし、一人でひたすら強くなったんだ。巫女に振り向いてもらうために。
いくらモルが強くても、執念で隠しジョブまで取ったヴァニアが相手だと正直どうなるかわからない。
それにさっきの肩の怪我だって心配。ちょっと掠めただけっぽいしモル自身はこういうの慣れてるんだろうけど、見てるこっちは痛そうで気が気じゃない。
「心配すんな。あいつならあのぐらい平気だ」
私がよっぽど困った顔してたのか、セブが軽く笑いながら言ってくれた。
「セブはモルのことすごく信頼してるんだね」
「当たり前だろ。あいつは、俺のしもべだからな」
アッ!? 今の、今のちょっと録音したい!! 心のボイスレコーダーに●RECさせていただいても!?
「すみませんもう一度言っていただいてもよろしいでしょうか」
「……お前な」
ごめんなさい調子に乗りすぎました。あと今のできっとセブの魔力がちょっとだけ回復したと思う。
セブの言った通り、モルは強かった。肩の傷のことなんて全然気にならないぐらい、無駄のない洗練された動きでヴァニアを追い込んでいく。
むしろ、さっきまでよりも攻撃の勢いが増してるような……? もしかして、相手が密猟者だから恨みがこもってる?
「くそっ……こんな奴に……!」
ヴァニアが焦ったような声を上げた。モルは相手の剣をいなし、矢をはじき、淡々と斬撃を繰り出している。
モルがヴァニアを抑えてくれてて、巫女は回復に専念してて、しばらく私に直接攻撃が飛んでくることはなさそう。
……この状況なら私、セブモル妄想に励めるのでは?
少しでもセブの魔力が回復した方がいいに決まってるし、隙あらば妄想! ぐらいの勢いでいかなきゃだよね。
「終わりだ」
待って早い。モルがヴァニアを倒しちゃいそう。モルの剣がヴァニアに迫る。
そのとき、私は見落としていた。回復した巫女がネクロマンサーにジョブを戻したこと。巫女が何か術を発動したこと。
「モル、巫女だ!」
気づいたセブがモルに伝えた。だけどその時にはもう、地面から生えた死霊の手がモルの足を掴んでいた。
ヴァニアにとどめを刺すべく踏み込もうとしていたモルは、バランスを失い前に倒れ込んだ。
ネクロマンサーの術で召喚され、実体をもったどす黒い死霊の手が何本も何本も群がり、モルの体を地面に押さえつける。
「大人しくしててください。あなたに用はないです。あたしがユキさんを始末してセブ様が幸せになれる世界を創りますから」
「姫、ありがと~。さて、しもべにはしばらく地面を這いつくばってもらうとして。あとは俺に全部……」
余裕綽々な感じで言い放つヴァニアの言葉を、巫女の声がさえぎる。
「あなたは下がってください。はんぺんさんを仕留めるのはあたしです」
わざとだよね? 絶対今のはんぺんはわざとだよね?
いやそんなことよりモルに何てことしてくれてんだこの巫女。
「モルを放して」
「モルを放せ」
かぶっちゃった。ごめんセブ。
巫女は私の方には見向きもせずに左手で鎌を持ち、右手をセブに向かって差し出した。
「あたしと生きてください。約束してくれるなら、モルは解放します」
とんでもないこと言ってくるなこの人。私は横目でチラリとセブの方を見た。
セブは差し出された右手を見ることなく、もう一度口を開く。
「モルを放せ」
静かな、それでいて有無を言わさない重い口調。
これ、命令だ。巫女は取引のつもりだったかもしれないけど、セブはきっと一切応じるつもりがない。
巫女もそのことに気がついた。差し出した右手をそっと引っ込める。
「やっぱりリセットしかなさそうですね。はんぺんさん、死んでください」
「いやです!!」
断固拒否です。これ聞いたセブがなぜか笑いそうになってるんだけど、オタクの魂の叫びを笑わないでいただきたいですね?
笑いを飲み込んだセブが私の前に立ち、巫女に対して魔剣を構える。
「嫌だそうだ。残念だったな」
巫女の表情が歪む。推しが他のオタクを庇って自分と敵対するなんて、巫女にとってこれ以上の屈辱はないと思う。
「――ヴァニア!」
怒りと悲しみがごちゃ混ぜになったみたいな声で、巫女が叫んだ。
「任せて、姫」
まずい、ヴァニアのやつモルに攻撃する気だ。止めなきゃ。
「待って、だめ!」
あわてて駆け出そうとした私を、セブの手が引き留めた。
同時に、魔剣から一筋の衝撃波がヴァニア目掛けて放たれる。さっき少し回復した分の魔力を使ったみたい。
ヴァニアは辛うじて攻撃をかわした。
「俺のしもべから離れろ」
「無理だね。姫の望みだから」
ヴァニアは弓を構え、魔力で何本も矢をつがえ始めた。
どうしよう。きっともうセブに魔力は残ってない。けどもし今セブがヴァニアを直接攻撃しにいけば、その隙に巫女が私を殺そうとする。
……そうか、私が殺されなければ、セブはモルを助けに行けるんだ。なら、あの手を使えば……!
「セブ、モルを助けに行って」
「駄目だ、お前が……」
私と目があって、セブの言葉が途切れる。
「大丈夫。ちょっと危ない橋だけど、渡りきってみせるから。信じて」
「……わかった」
セブが魔剣を手に、駆けた。それに気づいたヴァニアが矢の狙いを変え、放つ。
相当な威力のはずだけど、こっちは魔力がなくたって最強の魔王。事も無げに払い除けると、そのままヴァニアに斬りかかった。
「……殊勝な心がけですね、はんぺんさん」
いけない、よそ見してる場合じゃない。私は今から巫女相手に時間を稼ぐ。
「悪いけど、あんたは私を殺せないから」
「無駄なおしゃべりは結構です。死んでください」
巫女が大鎌を構え、踏み込んだ。――今だ。思いっきり息を吸って、私は巫女を真正面から指差した。
「『君に暁光の花束を』の花木桃さんですよね!?」
巫女の動きが、止まった。この世のものとは思えないような顔でこっち見てる。うまくいった。
よくも何回もはんぺんって呼んでくれたな。こっちだってその気になれば特定できるんだから。
推しの前でHN晒される恥ずかしさ、思い知れ!
「姫の名前……!」
セブと斬り結んでるヴァニアが、感極まってる声を上げた。当然セブにも聞こえたって巫女は気づいたはず。巫女の顔が羞恥で赤く染まる。ヴァニア、ナイスアシスト。
「よくも……よくも!」
巫女が大鎌を振り回しながら突っ込んでくる。怖すぎ。けど、真っ直ぐ来るだけなら気合いで避けきれる。
私だって原作を何周もしてるんだ。ネクロマンサーの攻撃モーションなら頭に染みついてる。
急に巫女の足が止まった。苦しそうに呻きながら、ひざを折りしゃがみ込んでる。
「……何のつもりですか。スカル!」
相手の魂に直接攻撃する術……! ありがたいけど、どうして?
「ぼくはナチュリアの王子で、暁光の巫女の婚約者候補の一人です。だけど、だからこそ、この世界に迷い込んできた由紀さんの魂を見捨てたりなんかできません……!」
スカル、いい子~! 存在がまぶしい。どっかの魔王にも見習ってほしい、この倫理観。
「スカルゥウッ!」
うわぁヴァニアがブチギレてる。セブを突き飛ばしてそのままスカルに突撃し、片手剣を振り下ろす。
「――そこまでだ」
モルの声だ。スカルのおかげで死霊の力が弱まったのか、押さえつけられてた顔を上げて、右腕をまっすぐ伸ばしてる。
その手のひらに込められた魔力が、放たれる。スカルに剣が振り下ろされる寸前、ヴァニアの体に直撃した魔力の塊が小爆発を起こす。
吹っ飛ばされたヴァニアの体は、溶けた石柱の残骸に激しく叩きつけられた。
「陛下!」
モルの声とほぼ同時にセブがこっちに向かってきた。魔王の紫水晶の瞳が獲物を捉える。
巫女はほんの少し遅れて気がついたけど、もう避けられない。咄嗟に構えた大鎌も、魔剣がいとも容易く弾き飛ばしてしまった。
そのまま地面に仰向けに倒された巫女の首元に、魔剣の切っ先が添えられる。勝敗は、決した。
次で2章完予定です!
木曜夜に更新したい!
引き続きよろしくお願いします~!




