2-19:※推しからの怒られ回避のため、奇声は当社比控えめで静かにお届けしております
土の聖域の最奥、精霊の座。
セブとモルの前に聳える小さな岩山が、身じろぎをするみたいに揺れる。するとその山裾から、ずんぐりとした手足が四本生えてきた。
「来ます。陛下、ご注意を」
モルがセブに守護の術をかけた。セブの体の周りにバリアが展開される。いよいよ精霊戦だ。見ている私も何だか緊張してきた。
「奴の弱点は?」
「四本の手足と、この後露出する頭部と尾。より正確には、あの山の内側に格納されている本体全てが弱点です」
「要するにあれはでけぇ甲羅ってことか」
「ご認識の通りかと」
これです。こういうやり取りが聞きたかったんです。
私がいると原作知識をセブに伝えるのがどうしても私になりがちなんだけど、本来この世界に私はいないわけで。
だからこういうときセブはいつもモルに敵の情報を尋ねてたはずなんですよ。
これこそが在るべき主従の姿。尊い。噛み締めよう。
「甲羅なら、ひっくり返せば済む話だ」
セブが術の詠唱に入った。珍しい。
最強の魔王として超つよつよステータスが付与されているセブは、原作ラスボス戦だとほとんどの術を無詠唱で撃ってくる。
そのセブでも詠唱を必要とする術は、原作だとたったの三つ。どれも最上級の威力を誇る一撃必殺級のものばかり。
そのうち一つはさっき地中のゾンビ軍団相手に使った広範囲高火力の術だ。残り二つのうち、今の状況とセブの詠唱から私はどちらが使われるかを察した。これ、私が好きなやつだ。
モルが前に出て精霊の注目を引き付けているうちに、最強の魔王の詠唱が完了する。
「顕現せよ――頂の座へと至る階」
来ました! まずこの術名が魔王感極まってて最高。
次いで地面から巨大な棘が突き出す。その周りにも無数の棘が次から次へと突き出てくる。
原作だとセブはこの棘で前衛のルビーやヴァニアを容赦なく串刺しにして戦闘不能に叩き落としてきた。ものすごく厄介だった。
ちなみにこの棘はヴァニアの風の浮遊術で上空へ飛んでかわせる。ただしかわすとその先にセブが待ち構えていて、魔剣ダモクレスの連続斬撃で戦闘不能にされる。
この連続斬撃が最高にかっこいいんだけどここでしか見れない。だから私は、ヴァニアには悪いけど毎回わざと受けにいってもらってた。
巨大な棘による攻撃を食らった土の精霊は真下から勢いよく突き上げられ、見上げるほど高く飛び上がった。気のせいかな、いつもより勢いが増してるような?
「おー上がったなー」
セブの口から戦闘時にそぐわない呑気な声が出た。セブもモルも高く上がった精霊を見上げてる……けど……さすがに上がりすぎじゃない?
私がそう思ったのとちょうど同時に、土の精霊は聖域の天井に激突した。轟音が響き、頭上から細かい石や岩の破片がバラバラと落下してくる。
「やべぇ上げすぎた」
次々と降り注ぐ破片に、セブもモルも一切動じてない。この程度ならモルの守護の術で完璧に防ぎきれるから。私もマテリア侵攻のときに体験済みだ。
でも次に降ってくるものはさすがに防げない。天井に激突した土の精霊本体。手足を引っ込めて巨大な岩の塊になったそれが、天井から剥がれ、勢いを増しながら落ちてくる。
二人の頭上に迫る精霊の腹部には、突き上げられたときに負った傷がよく見える。
「モル」
主からの短い呼び掛けにすぐモルが反応する。二人の視線が交錯し、頷きあう。
先に出たのはモルだった。短い詠唱とともに跳び上がり、精霊の傷めがけて魔力の塊を叩き込んだ。
こぶし大のそれは精霊に触れた途端、小規模な爆発を起こした。マテリア侵攻で天井を壊して助けに来てくれたときもこれ使ったんだと思う。
爆発の勢いが落下の勢いを殺して、精霊の体は一瞬空中に止まったみたいになってる。そこに、セブの魔剣が迫る。
モルの攻撃でほんの少し開いた傷口に魔剣の切っ先が刺さり、さらに奥へと捩じ込まれていく。
「貫け」
凝縮された闇の魔力が魔剣ダモクレスの中で何倍にも溜め込まれ、放たれる。
その力は、土の精霊の頑強な甲羅を内側から砕き、抉じ開け、天辺に風穴を通した。
セブが地面に降りると、直後に土の精霊も落ちてきた。手足と頭、尻尾が力なく甲羅の外に出されてる。
戦闘終了。セブモルの勝利だ。
「お見事でした、陛下」
「ちっとやり過ぎたな」
軽く苦笑い気味に言うセブに、モルは少しだけ困ったみたいに微笑んだ。
「全く、仕方ありませんね。我が君」
見ましたか、皆さん? ご覧いただけました?
これがセブモル。これが最強の魔王セブリオン・マテリアと完璧な従者モル。
もしここが宗教が有効な世界観だったら、私、今この瞬間完全に成仏してた。
ありがとうセブモル。寿命五億年延びた。今ならもう何だってできる。
「今、何だってできるって言ったな?」
はいもちろ……ん? あの待ってごめんなさい非常に嫌な予感がするんですけど。
「由紀の言質を取った。第四王子に会うぞ、モル」
待って。どうしよう私の意思確認なく何かとんでもないことが進んでる気がしてならない。今からスカルに会いに行くの?
「ご案内いたします。ですがその前に」
このまま即案内される流れかと思ったら、モルがセブを止めてくれた。助かった。
けどなんで止めてくれたんだろう?
「土の精霊から祝福を手に入れなくては」
そうだった。祝福貰わないと何のためにここまで来たのかわかんないよね。さすがモルたん。
でも、さっきからこの精霊ひと言も発しないしピクリとも動かないんだけど……。
「おーい、生きてるかー?」
セブが雑に声をかけながら、あろうことか足で軽く甲羅を蹴り始めた。
(ちょっ、いくらなんでも無礼でしょ!)
(ここまですりゃ起きるだろうと思ったんだが)
土の精霊、起きない。
「もしかして、やっちまったか」
「……」
さすがのモルたんも表情が固まってる。私もちょっと不安になってきた。
精霊は、特にこの土の精霊は死ぬような存在じゃないから思いっきり戦っても大丈夫なはず、なんだけど。
すると突然、精霊の体が風化しだした。手足も甲羅もサラサラとした砂になって、あっという間に崩れていく。
残ったのは、骨だけ。
「……」
「……」
セブもモルも骨を見つめたまま固まってる。その骨の頭のところ、頭蓋骨のあご部分が不意に動き出した。
「見事なり」
すかさずモルが剣を抜き、セブを庇うように立つ。その様子を見たのか、骨になった土の精霊は鷹揚に笑った。
「ホッホッ……試練は終わりぞ。剣を収めよ」
モルはしばらく警戒してたけど、やがてそっと剣を収めた。
(由紀お前知ってたな?)
(まあ、ね)
わざと黙ってたわけじゃないんだけど、土の精霊があまりにも動かないから私も自信なくなってきて言えなかった。
土の精霊の本当の本体は、この骨だ。そのことは戦闘とは直接関係ないから、モルにも聞かれなかったし伝えてなかった。
「祝福を授けん」
セブとモルに祝福が与えられる。
(セブお願いモルの方見て今すぐ!)
(わ、わかった)
原作には無い、モルが祝福をゲットする歴史的瞬間。オタクとして見逃すわけにはいかないので。
「……さて、他の用件は何ぞ」
無事歴史的瞬間を心のアルバムに保存した私はもう結構満足していた。いけない、慈雨の巫女について、ちゃんと聞いとくべきだよね。
「慈雨の巫女について、貴様の知る情報はあるか?」
精霊は少しの間黙った後、さっきまでとは違ってちょっとだけ重々しい口ぶりで話し始めた。
「其方らは慈雨の巫女の顕現を望むか」
(察しのいい精霊だな)
(確かに)
「如何にも。精霊よ、知る情報があればここで吐け」
「ならぬ」
うそ、拒否? その展開は考えてなかったんですけど。
「この魔王を前に随分と舐めた口を利けたものだ」
「慈雨の巫女はナチュリアに仇なす存在。儂から話せるはその一点のみ」
ナチュリアに仇なす……? いったいどういうことなんだろう。
ってか、水龍たんは普通に情報教えてくれたけどよかったのかな。
「祝福は授けた。疾く去れ」
言うだけ言って土の精霊は黙り込んじゃった。
(セブ、もうちょっと突っ込んで聞いてみてくれる?)
「慈雨の巫女は酸の雨を浄化する。この世界に有益なものだ。それが何故ナチュリアの脅威となり得る?」
「……其方らは何も知らんのだ。特に魔王セブリオン・マテリア、其方はな」
あごの骨を震わせながら、精霊は何かを語り出そうとしてる。
「そもそも其方が間違いだった。其方の存在がこの世界の理を歪めた」
「俺が……?」
いや何言ってるのこの精霊。人のこと間違いって。言っていいことと悪いことがあるよね?
こんなの黙って聞いてられない。推しの名誉のためにも、オタク、行きます。
(セブ、気にしなくていいから。ちょっと代わって、私この骨にガツンと言っ……)
「――そこまでだ」
深い銀色の瞳が土の精霊を鋭く睨んでる。
「陛下の御前でこれ以上知ったような口を叩くな」
モル。セブの代わりに怒ってくれてるんだ。セブが好きで最強に生まれたわけじゃないことも、散々苦しんできたことも、モルは全部知ってるから。
「行きましょう、陛下。これ以上この場に留まる理由はありません」
そうだよ。モルの言う通りだ。こうなったら私も腹を括ろう。
(セブ、スカルのところに行こう)
(いいのか?)
(この骨ジジイ見てたら何かムカついてきちゃったんだよね。いいよ、私に出来ることなら何だってやってやろうじゃん)
(……ありがとな)
「よし、行くぞ」
セブが何を企んでるのかは気になるけど、こうなりゃ当たって砕けろだ。あっ、やっぱ砕けるのは無しで。推しの体内で砕けてご迷惑をおかけするわけにはいかないので……!
こうして、暁光の巫女不在の中で精霊巡りを終わらせた私たちは、スカルのいる研究室へと向かった。
本日2話更新予定が1話になってすみません……!
次回は火曜です!
引き続き何卒よろしくお願いします~!




