2-8:推しに倫理が無さすぎる
「お呼びでしょうか、陛下」
主の命令で部屋まで来てくれたモルたんをとりあえず椅子に座らせた。この部屋には椅子がひとつしかないから、私は適当にベッドに腰かける。
「えーっと……ごめんややこしいから私の口調で話すね。セブが今後についてモルたんも交えて話したいって言ってて……」
「『たん』を付けるな」
「ごめんなさい」
(面倒だな。アイツの口を借りるか)
待って? 今セブから何やら不穏な発言が飛び出しましたけど?
「ハァ!? ざっけんなこのクソ魔王……」
ピッピが何か言ってる、と思ったら黙った。嫌な予感しかしない。
「……あー、モル、聞こえるか?」
声はピッピ。だけど出てくる言葉は完全にセブ。ちょっと待ってピッピはどこ行ったの? いくらなんでも自由すぎませんか、この魔王?
「聞こえています、我が君」
モルたんがピッピの声に恭しくお返事してる。ピッピには本当に申し訳ないんだけど、シュールすぎてちょっと笑いそうになっちゃった。
「じゃあ早速本題に入るぞ」
気を取り直して会議に参加する。本日の議題は二つ。酸の雨を止める方法と、私がセブの体から出る方法。
「由紀、原作ではどうやってあの黒雲を払うんだ?」
「原作だと、三つの条件を揃えてた」
黒雲を払って世界を救う、すなわちゲームクリアのためには、どちらのルートでも三つの条件が必要とされてた。
「暁光の巫女による祈り、四精霊の祝福、あと……魔王の強大な魔力全て」
この三つのうちどれが欠けても黒雲は払えない。だから通常ルートではセブを倒してその魔力を奪い、追加ルートでは王子たちの代わりにセブと四精霊の試練を受ける。
「全てってことは、モルに分けた力も含むってことだな」
「……うん」
そう。原作が提示する条件だと、この世界をモルの犠牲なしに救うことはできない。
「だから私たちは、原作と違う新しいやり方で酸の雨を止ませなきゃ」
モルが顔を上げてこっちを見た。大丈夫、私もセブも、絶対モルたんを死なせたりしないからね。
「要は俺らが魂の契りを保ったまま黒雲を払えりゃいいんだな?」
「そういうこと。でも、黒雲を払うにはとにかく莫大な魔力が必要なんだよね」
「払えなくとも、せめて雨だけでも止ませる方法はないのか?」
そんな方法があるなら私が知りたいよ。原作に何かヒントなかったかなぁ。
うーんと唸りながら私が記憶を辿っていると、モルの呟き声が耳に入った。
「……慈雨の巫女」
「モルた……モル、それ詳しく聞かせて!」
それって、原作ゲームのタイトル「暁光の巫女と慈雨の巫女」に出てくる言葉だよね? どうしてモルたんがそれを?
モルたんは少し躊躇いがちにピッピの方を見た。セブがピッピの声で「構わねぇよ」って言うのを聞いて、ようやく口を開く。
「マテリアに古くから伝わる伝承だ。以前蔵書室で調べたことがある」
モルの口から語られた伝承はこうだ。
――雨多き地マテリア。かつてその地には慈雨の巫女が顕現し、世界を覆う黒雲を浄化し恵みの雨をもたらしていた。その巫女が、ある時を境に現れなくなった。マテリアは黒雲に覆われ、滅びの道を辿り始める。代わりに、ナチュリアの地には暁光の巫女が顕現した。
「ちょっと待って」
私は思わず声を上げた。
「原作にも、よく似た伝承が出てくるの」
――太陽の光が燦々と降り注ぐ自然豊かな国ナチュリアと、雨が多く、豊富な水資源と治水のために培われた高い技術力によって発展を続ける国マテリア。災厄訪れしとき、ナチュリアには暁光の巫女が、マテリアには慈雨の巫女が出現し、黒雲を払う。これがゲームのオープニングで語られるこの世界の伝承。
だけど黒雲が空を覆った時、ナチュリアには現れた巫女がマテリアには現れなかった。その原因はゲーム内では語られない。
でもそうじゃなかったんだ。今モルが言ってくれたことが正しいなら、そもそもマテリアに慈雨の巫女が現れなくなったせいで、世界がおかしくなっちゃったんだ。
「原作といえば、お前の記憶で見た原作のタイトルに『慈雨の巫女』って付いてたな」
「そう! あと自由に私の記憶を覗くな」
モルたんが教えてくれた伝承の通り、もし慈雨の巫女がもう一度現れてくれたら、黒雲を払わず少ない魔力で雨を浄化できるかもしれない。
だけどここで一つ大きな問題がある。
「慈雨の巫女ってのは何なんだよ、由紀」
「実は……原作に慈雨の巫女は出てこないんだよね……」
そんなことある? って思うよね。私も思う。
タイトルにもなってる慈雨の巫女、原作のゲームでは一度も登場しない。声の出演もなし。回想シーンもゼロ。本当に、オープニングで語られる伝承ムービーと、あとは研究ステータス上げのおまけで読めるようになる、この世界についてのフレーバーテキストにちらほら出てくるぐらい。
つまり、私からこの場に出せる手がかりはゼロに等しい。唯一わかるのは、きっと巫女が現れない原因はセブモルにあるだろうってこと。この世界の原作ゲームの制作陣は、二人を地獄に追い込むのが大好きだから。
「なんで現れなくなったんだろうな、慈雨の巫女は」
セブがぼやくみたいに言った。無理もないよね。セブがこれまでつらい思いをしてきたのも、酸の雨が降るせいだもん。
マテリア王国は魔王一人を犠牲にすることで成立してる。マテリアだけじゃない。黒雲の制御をマテリアに丸投げしてるナチュリアだって同罪だ。
そのことは、研究ステータスを上げて黒雲の仕組みを解き明かすまで原作プレイヤーには明かされない。
雨が止まないのなら防げばいい。強大な魔力を有していた魔王の一族を傀儡とし、その魔力の全てを魔天蓋の維持に注ぎこませることで、マテリア王国は辛うじて国としての形を保ち続けた。歴代魔王は力の全てを国に捧げ、若くして亡くなっていった。セブのお父さん――先代魔王も例外じゃなかった。
だけど、魔王セブリオン・マテリアは、規格外だった。本来なら支配され意思を失うはずだったセブは、桁外れの魔力で周囲を圧倒し、強すぎたゆえに自我を失うこともできなかった。
周囲の側近に利用され貪られていく自身を冷徹に観測しながら、自ら何かを欲することもなく、意思を持つことも許されず、魔天蓋に力を吸われ続ける日々。
そんなセブが生まれて初めて自分から欲しいって思ったのが、一匹の美しい銀色の蝶だったってわけなんですけどね! ここは絶対テストに出るからみんな覚えて帰ってね!
ちょっと考え事しすぎちゃった。会議に集中しよう。
モルたんがピッピの方を心配そうに見つめてる。これは私の妄想だけど、慈雨の巫女が現れないことをぼやいた主を見て、モルたんは主が昔の辛いことを思い出してるんじゃないかって心配してるんだと思う。そんな顔してる。妄想だけど。
「慈雨の巫女がもう一度現れてくれたらいいのにね……」
あれっ、ちょっと待って。いいこと思いついちゃったかも。現れないなら、作ったらいいんじゃない?
私が作るのは禁忌に触れる感じできっとNGだけど、セブなら出来そうじゃない? 現にモルたんを作ったわけだし。
「あのー、セブリオン・マテリアさーん」
というわけで、早速セブに提案してみた。慈雨の巫女、作っちゃいなよ☆
「無理だな」
即答! もうちょっと考えてみてくれてもよくない?
「モルの時は蝶とはいえちゃんと元の体と魂があったからな。何もなしに作るのはさすがの俺でも厳しいわ」
へー、そういうもんなんだ。それじゃあ残念だけど難しいかな。慈雨の巫女の体も魂もどこにあるんですかって感じだし。
「待てよ、市井の女を適当に贄に捧げたりすりゃいけるか」
「はいそれはダメです!」
何を考えてるんだこの魔王。モルたんも「その手があったか」みたいな顔するんじゃありません。
もしかするとこの人たち、倫理観というものがないのかもしれない。さすが悪役主従。褒めてないけど。
推しの倫理のなさに溜息を吐いていると、セブがいきなり「閃いた」みたいな声を出した。何だろう。またしても嫌な予感しかしませんが。
「由紀を慈雨の巫女にすれば万事解決だろ」
…………はい??
うっかり日付変わっててすみません!
次回更新は火曜です!
引き続きよろしくお願いします~!




