2-7:怪しい気配
ナチュリア王国の厄介事を無事解決した私たちは自国マテリアに帰ろうとしていた……んだけど、さてどうやって帰ろう?
(第三王子の転移魔法陣とやらを使えばいいんだろ?)
やっぱそうなるよね。あの、当たり前のように私の記憶から情報得るのやめてもらっていいですか?
っていうか地味に気になってたんだけど、兄王子たち、魔王の存在すっかり忘れてない? 今あなたたちの国に最強の魔王、参上してますけど?
(というわけだから、下手に魔王の姿でうろつくと、せっかく忘れてくれてる王子たちを刺激してよくない気がするんだよね)
(それは一理あるな)
モルたんの術でもセブリオン・マテリア本人の気配はさすがに隠しきれない。
(それなら、この部屋から飛ぶか)
……はい? 今なんて?
「我がしもべよ、第三王子の転移魔法陣がどのようなものだったか、答えよ」
「それならあたしが」
「かしこまりました、陛下」
モルたんは巫女を完全にスルーして部屋にあった手頃な紙とペンを取り、さらさらと魔法陣を描いて主に差し出した。
「なるほどな」
セブはモルたんから受け取った紙を見ながら、見よう見まねで詠唱を始めた。目の前の床に幾重にも円が描かれ、パッと見では全然わからない複雑な術式が書き込まれていく。
「こんなものか」
体感五分も経ってないぐらいの早さで、セブは転移魔法陣を構築しちゃった。チートすぎるってこの人。そりゃ追加ルートで一人で四精霊全部回るわ。
「一度しか使えん即席の術だが、十分だろう。では、さらばだ。ナチュリアの者たちよ」
呆気にとられてる巫女とスカルに見送られ、私たちは無事マテリアに帰還しました。セブがうまいことやったのか、城下町じゃなくてお城のエントランスに転移できたみたい。
ホッと一安心したところで、突然視界がぐらついた。
「我が君っ!」
モルたんがすぐにセブの体を支えてくれた。ありがとうモルたん。けど今何が起きたの? セブ大丈夫?
「悪ぃ、モル……力を、使いすぎた」
「お部屋までお連れします。あとの事は私に任せ、気兼ねなくお休みください」
いきなり現れて倒れ込んだ王に驚いたのか、周りの兵士や使用人たちが集まってくるのが見えた。モルたんが彼らに指示を出してる。その声が少しずつ遠くなり、視界もだんだん暗くなっていく。
程なくして、何も見えず、聞こえなくなった。セブが意識を手放したんだ。体が疲れて限界なのか、私の意識が浮上することもなく、そのまま私も眠ってしまった。
***
次の日。目を覚ますと、体の主導権は私に戻っていた。勝手知ったるセブの部屋。この世界に来てから何度も見上げた天井。
ゆっくりと体を起こし、左手首を見る。丁寧に編みこまれた紫と水色の糸に、暗く深く静かな輝きを宿す夜空色の石。角度によってときどきセブの瞳と同じ紫色に見えるとこが結構気に入ってる。
スカルはこれをつけてればセブと話せるって言ってたけど、本当に大丈夫かな。試しに話しかけてみよっと。
(おはようございまーす)
……返事がない。
(セブリオン・マテリアさーん?)
病院の待合室で患者さんの名前呼んでるみたいな感じになっちゃった。もしかして、まだ寝てるのかな。昨日倒れたばっかりだし、ちょっと心配になってきた。
(起きてますかー? 起きてたら返事し……!?)
突然、背筋がぞくりと震えて、驚いた私は急いでベッドから飛び出した。
……何かいる。何かわかんないけど、城の中に何かの気配を感じる。
もしかして、セブの魂と繋がったことで私にも魔力が目覚めたとか? とにかくこのままじゃまずい。正体はわかんないけど、セブモルを狙う悪いやつかもしれないし、確認しにいかなきゃ。
「ユキ? どうかしたのか?」
部屋の隅からぬいぐるみのピッピが声をかけてきた。私とセブを見分けるとは、こいつなかなかやるな。
「城の中に何かいる」
「何かって……何だよ」
「わかんないけど、気配がする」
私のただならぬ様子を見てヤバそうだと思ったのか、ピッピはすぐに千里眼で城じゅうをチェックしてくれた。
「怪しいやつは見当たらねーな」
どうしよう、姿が見えない敵なのかも。セブはさっきから全然起きてこないし、見に行くにしても一人じゃ危ないからモルたんに来てもらった方がいいよね。
「モルたんの居場所教えて」
「二階の流しのとこだ」
二階の流しって確か執務室の近くだよね。調理場までいかなくてもお湯沸かしたり簡単な料理ぐらいならできる便利スペース。
ちょっと待って。怪しい気配、そっちの方からするんですけど。
「モルたんが危ない!」
急がなきゃ。私はピッピが呼び止める声を振り切り、夢中で部屋から飛び出した。廊下を駆け抜ける間も、セブに必死で呼びかけた。けどやっぱり返事がない。この紐本当に効果あるの?
気配はどんどん強まっていく。モルたんのいる場所まであと少し。お願いだから間に合って。
着いた! 主の訪れに気づいたモルたんが跪いてる。
「おはようござ……」
「モルたん大丈夫!?」
セブっぽく話す余裕もなく食いぎみに声をかけた私に、モルたんは即跪くのをやめた。
「お前か。『たん』を付けるな。何の用だ」
忠実なしもべモードから塩対応モードに切り替わりましたね。原作では味わえない塩対応のモルたん、朝からごちそうさまです。
違うそんなこと味わってる場合じゃない。今すぐここから逃げなきゃ怪しい気配が……あれ? この気配、モルたんからしてない?
「いや、その、今まで感じたことない怪しい気配が……」
しどろもどろに説明しながらも、私は何となくこの気配が何なのか気づき始めていた。モルたんも私の言わんとすることを察したみたい。
「その紐の効果か」
やっぱり!? そういうことですよね!? これ、私、セブモルGPSに組み込まれちゃってますよね!?!?
大変なことになっちゃった。モルたんの位置がわかる。いつでもどこでもわかる。すごすぎる。こんなことが許されていいんですか?
大興奮の私に、モルたんはなんでこいつがって心底不本意そうな顔してる。冷静に考えたらそうだよね。主従でも何でもないただのオタクがこんな特権を得てしまうなんておこがましすぎる。界隈のみんなにも申し訳ない。
「本当すみません……可及的速やかにこの体から脱出できるよう努めますので……今だけ許していただいて……」
「陛下のお体で床に膝をつくな」
ジャパニーズ土下座スタイルを取ろうとしていた私をモルたんが全力で止めた。
情緒が乱高下して朝から大変だったけど、とにかくモルたんが無事でよかった。ところで、モルたんここで何してたんだろ?
調理台の上に目をやると、何かをすりつぶしたみたいな痕跡と緑色の粉、それを溶かしたであろう液体が並んでいた。
「目覚めのハーブを加工していた。陛下のお体に過剰な苦みをお与えし続けるのは忍びないからな」
モルたん……! いついかなるときも主のQOL向上に心を配る、まさに従者の鑑!
モルたんはハーブを日持ちがするよう乾燥させ、すりつぶして粉末にし、飲みやすいように苦みを抑えたドリンクに加工してくれていた。しごできすぎる。
試しに飲んでみてほしいって言われたから、言われるがままに飲んでみた。……苦い。けど、飲めなくはない苦さ。ハーブそのままかじってたときより全然マシ。
モルたんに味の感想とお礼を言って、ついでに軽めの朝食を用意してもらい、私は自室に戻った。
ピッピにことの顛末を伝えた後、モルたんが持ってきてくれたお手製のスコーンを頬張りながら、私はもう一度セブに呼びかけてみることにした。
(起きてる?)
(今起きたとこだ)
返事来た! 今起きたってことは、モルたんが作ってくれた目覚めのハーブドリンクのおかげじゃない? ありがとうモルたん。
(それ、モルが作ったやつか?)
(うん。焼きたてでおいしい)
そういえば、味とか匂いって共有できてるのかな。
(いや、そこまではわからねぇな)
なんということでしょう。私のせいでセブがモルたんお手製スコーンを味わう機会を逃してしまってるだなんて。そんなの絶対だめ。
(交代しようセブ、今すぐ)
(いいって。お前が食えよ)
(申し訳なさすぎて無理)
スコーンを口に運ぶ手が完全に止まってしまった私にセブは苦笑いしてる。
(実はまだ眠ぃんだ。一度交代するだけでもまあまあ負荷がかかるらしい)
(そんな……でも……)
(俺のことは気にすんな。いざというとき交代して戦えねぇ方が困る)
セブはそう言ってくれてるけど、申し訳ないって思う気持ちは消えない。
(ま、俺はこれまで散々モルの手料理食ってきてるからな。ちょっとお前に分けてやるぐらいどうってことねぇよ。それに、あの草の味を共有されるぐらいなら今のままでいいわ)
確かに、目覚めのハーブの苦味は知らないままの方がいいと思う。モルたんが飲みやすくしてくれはしたけど。
(それより由紀、今後どうするかについて一度モルも交えて話し合っておく必要がある。食べ終わったら、ここにモルを呼べ)
(! わ、わかった)
推しにいきなり名前呼ばれるとびっくりしちゃうんですよね。まだしばらくは慣れそうにないかも。
朝食を終えた私はモルたんを部屋に呼びつけた。セブと私とモルたん、そしてピッピの四人で、私のことや黒雲のこと、ナチュリア王国や暁光の巫女のことについて、いよいよ本格的な作戦会議が始まる。
たぶん魔法陣の表記揺れがあるのですが、キリのいいとこでまとめて修正します!
本日もう一話更新予定です!
引き続きよろしくお願いします~!




