1-19:待たせたな
巫女の手からネクロマンサー初期装備の黒い大鎌が消えた。代わりに赤黒い血で染まったような、不気味な色の大鎌が握られる。
「……ソウルイーター」
モルが呟いた。
「そうです。はんぺんさんも知ってますよね」
推しの前でHNで呼ぶの禁止にしませんか? 泣きそう。
ソウルイーターって、この城の武器庫でしか取れない、ネクロマンサーの専用武器だよね? レアな割には使えないネタ武器って感じだったはずだけど。なんでこれのために侵攻を?
「もしかして、忘れちゃいました? この武器の説明テキスト」
巫女の言葉で、私は記憶の糸を手繰り寄せる。
「標的の魂を根こそぎ喰らう……!」
そういうことか。ヤバいこれ。ソウルイーターは攻撃力が極端に低い代わりに、あらゆる防御を貫通する。貫通したところでほとんどダメージが通らないから、本来はネタ武器でしかないんだけど……。
武器の説明テキストを読む限り、スカルの上級術と同じで、相手の魂に直接攻撃するっぽい。
つまり、セブの体を貫通して直接私に攻撃できるってこと。モルの守護の術だって無意味。
それに、いくら攻撃力が低いって言っても、現代日本産よわよわ生物の私が食らえば無事じゃ済まないと思う。
「これで、セブ様の中に巣食う悪しき魂だけを刈り取ります。あなたにとっても、悪い話ではないでしょう? モル」
「……」
しまった。巫女の言う通りだ。セブの体から私だけ排除できるなら、モルが巫女を止める理由は何もない。むしろ手助けしてもおかしくないぐらい。
「オイオイ、雲行きが怪しくなってきたぞ……」
ピッピが不安そうな声を出してる。
私だって、死にたくはない。せっかく推しのいる世界に来れたんだから。でも、私が死ぬことでセブに体を返せるなら……その方が、いいに決まってる。
巫女が私に近づいてくる。一歩ずつ、踏みしめるように。その歩みが、モルの隣を通過する。モルは、止めなかった。
「ユキ、ヤベーって! 逃げろって!」
ピッピが私を心配してくれてる。魔王のガワさえ無事なら中身は誰でもいいって言ってたのは誰だよ。本来の主が戻ってくるかもしれないのに、本当、使い魔の風上にも置けないやつ。
私は、逃げなかった。単純に逃げきれないってのもあるけど。モルたんが巫女を止めなかったなら、それが答えだと思うから。
……あっ、だめだ。
「ごめんやっぱちょっと待って!」
思いっきり素の感じで喋っちゃった。ごめんモルたん。けど、大事なこと思い出したんだ。
「これ、使ってからにしてくれない?」
そう、あれを使うのをすっかり忘れてた。モルたんが遠路はるばるナチュリアまで行って取ってきてくれた、目覚めのハーブ!
私が死んだ後、セブの魂が目覚めなかったら大変なことになっちゃうからね。使い方わかんないんだけど、とりあえず食べたらいいのかな。草だし。
「苦っ!!」
危うく吐き出すとこだった。推しのためだから食べるけど、お金貰っても食べたくない苦さです。水が欲しい。切実に。
「食べました……もう大丈夫です……よろしくお願いします」
口の中に痺れるみたいな苦みがずっと残ってる。この世界で最後に食べる味がこれなの、嫌だな。最後にもう一杯、モルたんの淹れてくれる紅茶が飲みたかった。さすがにちょっと泣きそう。でも、ここでセブが泣くのは解釈違いだから、我慢する。
「では、さようなら」
足元にピッピを置き、玉座に座り直して目を閉じた私に、巫女の大鎌が迫る。
……目を閉じていた私には、何が起きたのかすぐに理解できなかった。モルの、やめろって叫び声が聞こえて、驚いて目を開けた時にはもう、私の目の前で巫女の大鎌がモルを斬っていたから。
助けてくれた? なんで? モルが床に倒れた。持っていた剣が落ち、音を立てる。
「モル!!」
巫女を押し退け、無我夢中でモルに駆け寄った。ソウルイーターの刃は肉体を貫通し、魂を攻撃する。見た目にはどこも怪我してないけど、モルは苦しそうにぐったりしていた。
「なんで、どうして、」
声が震える。セブっぽく喋る余裕がない。
「……我が君はきっと、お前を喪うことを、お望みにならない」
そんなことで、と言いたい気持ちを押し殺す。バカだ。バカだよこの人。やっと主に会えるかもしれなかったのに。主がそれを望まないからって、こんな、ただのオタクを捨て身で庇うなんて。
というかだよ。ソウルイーターって、強い武器じゃないはずでしょ。なんでモルがこんなに苦しそうなの。
「あーあ。斬られたらこうなるって、あなたならわかってたでしょうに」
巫女が私たちを見下ろしながら言う。ついカッとなって、私はモルを庇うように巫女の前に立って睨み付けた。
「何言ってんの……? なんでそんな、平気そうなの……!?」
「ソウルイーター特効って、聞いたことないですか?」
ある。何故かモルにだけソウルイーターのダメージが異様に高く出る、謎のバグ。けど、
「今そんな話してないんだけど」
あんたのせいでモルがこんなに苦しんでるのに。
それに、ソウルイーター特効だって、一桁だったダメージが二桁になる程度のしょうもないやつでしょ。
「172個」
一瞬、巫女が発した数字の意味がわからなかった。
「あたしがリセットで手に入れた賢者の魔晶石の数です」
背筋に冷たいものが走った。いくらなんでも、そこまでの回数だとは思ってなかった。
「……それが何だって言うの」
「わかりませんか? 賢者の魔晶石って、武器の強化にも使えるんですよ」
巫女は私の前でソウルイーターを見せびらかすように一薙ぎした。
「この子には140個の魔晶石をつぎ込んであります」
「うそ……でしょ……」
通常プレイで10個手に入ればいい方とされる魔晶石を、140個。それだけつぎ込めば、ソウルイーターでもとんでもない凶器になってしまう。
勝ち目がない。私がこれで斬られたら、確実に死ぬ。っていうか、このままじゃモルが危ない。
巫女の話を聞いて状況を理解したのか、モルが息も絶え絶えに私に呼びかけてくる。
「由紀……逃げろ……!」
「嫌だ!!」
どう見積もっても勝てないけど、それでも、推しを見捨てて逃げるわけない。
だって私は、推し主従セブモルに絶対に黒雲の晴れた世界を見てもらいたいから。
「モルの言う通り、逃げた方がいいですよ。あなた一人じゃ何もできませんよね」
まあ逃がしませんけど、って付け加えた巫女の言う通り。私の力じゃモルを守れない。
でも今の私は、セブリオン・マテリアだ。セブは、たった一人の大切な従者を、絶対に見捨てない。
私は思いっきり息を吸い込んで、お腹の底から叫んだ。
「モルたんのピンチだ起きろセブリオン・マテリア!!!!」
その瞬間、城じゅうを取り巻く気配が変貌した。濃密な闇の気配が、城を、謁見の間を、この場を、支配する。紫水晶の瞳が妖しく揺らめき、私の意思と関係なく、言葉が紡がれる。
「悪ぃ、待たせたな」
この城の主、この国を統べる者、世界最強の魔王。セブリオン・マテリアは、彼のただ一人の従者に、魔王らしからぬ少しばつの悪そうな笑顔を見せた。
「我が……君……」
安堵の溜息を零し、意識を手放した従者の体を魔王はそっと支え、静かに横たえた。
「よく、こいつを守ってくれたな、モル」
いたわるように従者へと声をかけると、魔王は立ち上がり暁光の巫女と対面した。
「セブ様……」
恍惚とした目を向ける巫女を、魔王の紫水晶の瞳が捉える。闇の気配が充満し、魔王の御前に集まると、地から一本の大剣が召喚される。魔剣ダモクレス。手に収めたそれを、魔王は事も無げに振るった。その圧だけで、華奢な巫女の体は軽々と吹き飛ばされた。
「……っああ!」
柱の一本に酷く叩きつけられ、巫女は苦悶のうめき声をあげている。
哀れな小娘に、魔王は容赦なく沙汰を下す。
「今すぐ退け」
巫女は震える足で立ち上がると、ふるふると首を横に振っている。
「嫌です、あたしは」
「俺は気が短い。退け」
有無を言わさぬ魔王の圧に、巫女は唇を噛み、撤退を承諾した。
「絶対、またあなたのところに戻ってくるからね、セブ様……!」
目に涙を溜めながら、巫女は名残惜しさを一切隠すことなく、王子たちとともに姿を消した。
ナチュリアからの侵入者が去り、元通りの静寂に包まれた王城で、魔王は傷つき倒れた従者を抱きかかえ、謁見の間を後にした。
……これが、そのとき謁見の間に置き去りにされたピッピから私が聞いたセブモル感動の再会シーンの全て。
そう、あのときセブと入れ替わりに意識を失った私は、貴重なセブモルの特大供給を、丸ごと全部見逃してしまったのだ……!!
誰かムービーを、ムービーをください! スクショでもいいです! 誰か! 人助けだと思ってぇ……!!
これにて 第1章:推しに転生 完です!
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
第2章:推しと対話 は5/26(火)開始予定です!
引き続きよろしくお願いします~!




