1-14:伝家の宝刀、全力詫び土下座ッ!
次の日。
私はモルに全力詫び土下座を……しそびれていた。というか、したくてもできなかった。モルが、あまりにも、いつも通りだったから。
この人どういうつもりで普段通りに接してるの!? さすがに恐怖! まさかまさか無いとは思うけど、セブ本人があれを書いたと、思ってる、とか?
それはそれでセブに申し訳なさすぎる。名誉棄損も甚だしいよね。
どこかでちゃんと腹を割って話さなきゃ。どうして知らないはずの転移魔法陣を知ってたのかと、あのとき私に何をしたのかも。
「モル」
午後の執務室。今日も主のためにおいしい紅茶を淹れてくれたモルが、こちらを振り向き、完璧な微笑みを浮かべ、完璧な一礼をし、完璧に美しいその声を発する。
「いかがなさいましたか、陛下」
モルを形づくる何もかもが美しくて、苦しい。美しさの裏で、すべてが私に牙をむいているみたいで。
「謝らなきゃなんねぇことがある」
私はセブとして今の状況を説明することにした。前みたいに私として話すよりは、きっとこっちの方がモルも受け入れやすいんじゃないかと思ったから。
卑怯なことしてるって、わかってる。けど、もし今私として推しと真正面から向き合って、拒絶されてしまったら。たぶん耐えられないぐらい、私はこの世界で長く、推しと過ごしすぎた。
モルは、そっと跪いて主の言葉を待っている。どう切り出そうか。
「お前に隠してることがある」
「……我が君の体に宿る、もう一つの魂のことでしょうか」
ああやっぱり、バレてたんだ。いつからだろう。いや、そんなことは今どうでもいい。
「悪かった。ずっと黙ってて、心配かけたな」
こんな言葉で許されるなんて思ってないけど、それでも。
完璧な従者の銀色の瞳が、微かに揺らぐ。伏せるようにそっと閉じられたその瞳が、再び開いたとき――そこに、いつも主に向けられていたはずの微笑みは無かった。
「今も、我が君の魂は眠っているのか?」
背筋に冷たいものが走った。セブとして話すことはもう許されない。
「眠って……ます。たぶん」
「……」
重苦しい沈黙。耐えきれなくなった私はもう一度、今度はちゃんと私の言葉で謝ることにした。
「あの、私……本当に、ごめんなさいっ……!」
椅子から立ち上がり深々と頭を下げている私の前で、モルは跪いたまま俯き、黙っていた。やがて静かに立ち上がると、私を見下ろしながら口を開く。
「殺してやろうと思っていた」
反射的に私の肩が跳ねた。
「陛下を騙る愚者の魂など塵一つ残さず消滅させてやるつもりだった」
何も、言えない。早く正体バラした方が、なんて考えていた自分が恥ずかしい。こんなの、モルの気持ちを考えたら当たり前のことだ。
「なのに何故……」
モルの言葉が途切れた。どうしたんだろう、と恐る恐る顔を上げると、私を冷たく見下ろしていたはずの目は逸らされ、そこには当惑の色が浮かんでいた。
「お前は何故、そんなにも陛下のことを知り尽くしている」
それは私にとって、予想外の言葉だった。
「ひとつひとつの所作が、言葉が、陛下に似すぎている。
おれでさえ、お前が話しているのか、陛下が話しているのか、わからなくなる」
モルが、苦しげに表情を歪めたまま、真っ直ぐ私を見つめる。
「何者なんだ、お前は」
ど、どうしよう。たぶん、これ、すっごく褒めてもらえてると思うんだけど……何者、なんて困ること聞かないでほしいな!? オタクで~す! って言うわけにもいかないし。
「何か手掛かりはないかと、お前が書いた物語も読もうとした」
ちょちょちょ今その話する!? あんなものを目に触れさせてしまって申し訳ない気持ちしかないですけど!?
「読み取れたのはごく一部だが、あれだけたくさん、全ておれと陛下のことが書かれているとは思わなかった」
「その節はお目汚し大変失礼いたしました」
すかさず詫び土下座の体勢を取ろうとした私を、モルが秒で押し戻す。
「陛下の体で勝手な真似をするな」
「ごめんなさい……」
モルは一つ溜息を吐くと、躊躇いながらも剣の柄に手を伸ばした。私の全身が強張る。
手をかけた剣を抜き放つことなく、モルは鋭い視線を私に向けて、問う。
「何のために陛下の体を奪った。何が目的だ。答えろ」
ピンチだ。答え次第で、モルは私を斬ると思う。モルの手で、セブの体を斬らせることになっちゃう。そんなの絶対に嫌だ。
答えなきゃ。でも、どうやって? 理由なんてあるわけない。わざと体を奪ったわけじゃないんだから。
……違う。理由はないけど、目的なら、ある。
「好きだから」
うわあモルがすっごい顔してる。しまった。これ、完全に勘違いされてる。
「待って違うそういう意味じゃなくて。セブといるときのモルが好き。モルといるときのセブが好き。二人が、二人のまま、幸せでいてほしい」
私がこの世界で叶えたい目的。それを今、モルに伝える。
「ずっと見てたから。こんなこと信じてもらえないと思うけど、二人がこの世界でどう生きてきたか、その果てに迎える最期も、何回も、何回も、見てきたから。その度に歯がゆくて、悔しくて、二人に幸せになってほしいって、ずっと思ってたから」
最初は、そんなつもりじゃなかった。ゲームを始めたばかりの頃は、普通に四人の王子と一緒に旅をするのが楽しかった。レベルを上げて、精霊と契約して、王子たちと仲良くなって……だけど、初めてマテリアに足を踏み入れて、私は、二人に出会ってしまった。
滅びの道から逃れられないその国で、王は最期の時まで従者とともに生きることを選び、従者は最期の時にすべてを王に還すことを選んだ。独り遺されてしまった最強の王と戦いながら、私は泣いていた。
そこから、何周も、何周も、数えきれないぐらい周回を繰り返し、分岐を洗い出し、どうにか二人を救うルートが無いのか模索した。ルートは見つからなかった。二人は主従として互いを強く想ったまま、悲しい最期を迎える。黒雲が晴れ、平和を取り戻した世界に、二人の姿は無い。それが公式の出した結末だった。あのルートが追加されるまでは。
「だから私は、二人に、魂の契りを保ったまま、黒雲の晴れた平和な世界を見てほしい。それが私の目的」
嘘偽りない、私の心からの願い。これで納得してもらえなかったら、その時はもう仕方ない。
諦めとも違う穏やかに凪いだ心で、私はモルが下す結論を待つ。
次回更新は土曜です!
引き続きよろしくお願いします!




