『空虚』
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第八十五章:神のいない朝 —— 『空白の玉座』
その朝、帝都は死のように静まり返っていた。
いつもの時間に鳴るはずの「皇帝からの定時連絡」がない。
《影》の気配も、あの絶対的な圧力も、綺麗さっぱり消滅している。
皇居の最奥、玉座の間。
レオ、ソフィ、ジン、カナタの4人が駆け込んだ時、そこに湊の姿はなかった。
傍に控えていたはずの玲奈もいない。
残されていたのは、玉座の上に置かれた、一枚の手書きのメモだけ。
『飽きたから引退する。後は任せた』
『二代目皇帝: ユキ』
「……は?」
ジンが素っ頓狂な声を出す。
「ユキ? 誰だそれは。聞いたこともないぞ」
その時、玉座の裏から、一人の少女が恐る恐る姿を現した。
年齢は10代半ば。どこにでもいるような、黒髪の平凡な少女。
特別なオーラもなければ、魔力も、サイボーグ化された形跡もない。ただの「人間」だ。
「あ、あの……。今日から、ここを任された、ユキです……」
彼女は震えながら、湊が座っていた玉座に、ちょこんと座った。
その瞬間、4人の子供たちの表情から「感情」が消えた。
第八十六章:決裂 —— 『認めない』
「冗談きついぜ、親父」
カナタが乾いた笑いを浮かべ、剣を抜いた。切っ先をユキに向ける。
「おい、小娘。そこは俺たちの親父が座る場所だ。どけ。今なら命だけは助けてやる」
「で、でも……湊様が、ここにいろって……」
「黙れ!」
レオの怒号が響き、部屋全体の重力が軋む。
「僕たちは、親父(陛下)だから従っていたんだ。
血筋も、能力も、実績もない、こんな『ポット出』の小娘に膝を屈するつもりはない!」
ソフィが冷徹に分析する。
「生体スキャン完了。彼女は『レベル1』の一般市民。能力値、全て平均以下。
……父様は狂ったの? それとも、これは私たちへの侮辱?」
ジンが溜息をつく。
「解散だ。こんな茶番には付き合えない。
……言っておくが、僕は独立させてもらうよ。アステロイド・ベルトの全資産は僕のものだ」
4人はユキに背を向けた。
彼らの間にあった「兄弟の絆」は、共通の目標(湊)が消えた瞬間に霧散した。
「火星は僕が治める」
「木星のエネルギーは渡さない」
「地球の経済は僕が握る」
「外宇宙の武力は俺のもんだ」
彼らは互いに敵意のこもった視線をぶつけ合い、そして宣言した。
「「「「邪魔をするなら、兄弟だろうと殺す」」」」
少女ユキだけを残し、4人の王たちはそれぞれの領土へ飛び去った。
太陽系を5つに引き裂く、最大の内戦が始まったのだ。
第八十七章:五王戦争 —— 『仁義なき兄弟喧嘩』
数日後、太陽系は火の海と化した。
かつて湊が守らせていた「不戦協定」など、もはや紙屑だ。
* レオ(火星) vs ソフィ(木星):
重力兵器とレーザー艦隊が正面衝突。小惑星帯を挟んでの砲撃戦で、いくつもの衛星が消し飛んだ。
* ジン(経済圏) vs カナタ(外宇宙軍):
ジンが物流を止めれば、カナタがワープ航法で倉庫を襲撃して略奪する。泥沼のゲリラ戦。
* ユキ(地球):
彼女には戦力がない。残されたのは、湊が置いていった「帝都の防衛システム」のみ。
彼女は、4方向から迫る兄姉たちの猛攻を、防衛シールドだけで必死に耐え凌いでいた。
『ユキ! 開城しろ! さもなくば帝都ごと沈めるぞ!』
兄たちの降伏勧告が響く。
「い、嫌です……! 湊様は言いました。『守り抜け』って……!
だから私は、死んでもこの椅子を降りません!」
泣きながら、それでも歯を食いしばってコンソールを操作する少女。
その「異常なまでの頑固さ」だけが、唯一、彼女が湊に選ばれた理由を物語っていた。
第八十八章:観測者たち —— 『干渉せず』
一方その頃。
戦火に包まれる太陽系を、遥か遠く、次元の狭間に作られた隠れ家から見つめる二つの影があった。
「……始まりましたわね、陛下」
エプロン姿の玲奈が、紅茶を淹れる。
そこは、こじんまりとした和室だった。窓の外には、燃え上がる火星や木星の光が、まるで夜景のように広がっている。
「ああ。派手にやっているな」
湊は、ジャージ姿で寝転がりながら、モニターを眺めていた。
そこには、殺し合いを始めた子供たちと、泣きながら耐えるユキの姿が映っている。
「よろしいのですか? あのままでは、地球が持ちません。
ユキ様は素質がありますが、まだ覚醒していません。レオ様たちの猛攻を支えるには……」
玲奈の手が震える。
彼女にとって、子供たちは手塩にかけて育てた存在であり、ユキもまた最後の弟子だ。
助け舟を出したい。その衝動に駆られている。
だが、湊は冷たく言い放った。
「玲奈。座れ」
「……はい」
湊は、一口だけ紅茶を啜り、モニターの中の惨劇を指差した。
「手出しは無用だ。
ユキが死んでレオが勝つなら、それまでのこと。
全員が共倒れして太陽系が滅ぶなら、私の帝国はその程度のものだったということだ」
その瞳には、慈悲も、情愛もない。
あるのは、実験結果を待つ科学者のような、冷徹な好奇心だけ。
「私は種を撒いた。育てた。そして手放した。
ここから先は、彼ら自身の物語だ。
……『親』という安全装置が外れた世界で、彼らがどう生き、どう死ぬか。
特等席で見せてもらおうじゃないか」
湊は、ポテトチップスの袋を開けた。
眼下では、実の子供たちが、血と硝煙に塗れて殺し合っている。
それを肴に、元・独裁者は静かな隠居生活を決め込んだ。
【現在の状況】
* 湊&玲奈: 完全な部外者として隠居。一切の手出し無用。
* レオ・ソフィ・ジン・カナタ: 4つ巴の戦争状態。全員が敵。
* ユキ(2代目): 地球にて孤立無援。兄姉たちからフルボッコにされているが、謎の粘り強さで耐久中。
先代の圧倒的な「蓋」がなくなったことで、欲望とエゴが爆発した太陽系。
2代目の少女は、この地獄を生き残れるのでしょうか?
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次回は明日20:10に更新予定です。
次の話:『埋伏』




