『進化』
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第三十三章:呼吸からの解放 —— 『真空適応』
帝都、国立生命科学研究所の最深部。
湊は、巨大なカプセルの中に浮かぶ「被験体」を見上げていた。
「酸素。……なんと非効率な燃料だろうか」
湊は嘆息する。
人間は、酸素がないと数分で死ぬ。気圧がなければ沸騰し、凍りつく。
どれだけ高性能な宇宙船を作っても、船体に穴が一つ空けば全滅する「風船の中の生物」に過ぎない。
「かつてのアニメでは、宇宙へ出た人間と地球に残った人間が争ったそうだな。
だが、その原因は『環境の違い』だ。
ならば、環境など関係ない身体にしてしまえば、争う理由もなくなる」
1. 影による「生命維持代行」
湊が開発させたのは、深海用の『被膜』をさらに進化させた技術だ。
『影の循環系』
* 酸素不要: 肺呼吸を廃止。体内に埋め込んだ微細な《影》が、空間から直接「黒点エネルギー」を取り込み、細胞のミトコンドリアへ直接エネルギーを供給する。
* 真空耐性: 皮膚の表面をエネルギーシールドでコーティングし、体内圧力を維持。絶対零度の宇宙空間でも体温を保ち、放射線を完全に遮断する。
* 思考通信: 空気がなければ声は届かない。代わりに、《影》のネットワークを通じた「思念波」で会話を行う。
「これで、人間は『酸素を燃やすエンジン』から、『宇宙エネルギーで動くモーター』へと進化する」
2. 最初の「宇宙遊泳」
実験の日。
被験体となった強化兵士が、宇宙船のエアロックの前に立った。
彼は宇宙服を着ていない。普段の軍服だけだ。
「ハッチ開放」
プシューッという音と共に空気が抜け、真空の闇が広がる。
通常なら、即座に意識を失い、死に至る状況。
だが、兵士は平然と一歩を踏み出し、真空の宇宙空間へと躍り出た。
彼は苦しむこともなく、むしろ水を得た魚のように優雅に空間を蹴った。
重力制御によって自在に飛び回り、船外の修理作業を素手で行う。
『陛下、聞こえますか? ……体が軽いです。呼吸をする必要がないのが、こんなに楽だとは』
脳内に直接響くクリアな声。
湊は満足げに頷いた。
「ああ。お前は今、地球という揺り籠から本当の意味で抜け出したのだ」
第三十四章:星を泳ぐ新人類 —— 『天人』
この技術『真空適応措置』は、またたく間に宇宙生活者たちへ普及した。
それは、宇宙開発の常識を根底から覆した。
1. 宇宙船の「オープンカー」化
これまでの宇宙船は、分厚い隔壁と生命維持装置で守られた「密室」だった。
だが、乗員が真空でも生きられるなら、もはや壁はいらない。
最新鋭の宇宙船のデザインは一変した。
甲板が剥き出しになり、乗員たちは宇宙空間に直接座って星空を眺め、風を感じるように太陽風を浴びる。
船が損傷しても、誰も慌てない。壊れたら、生身で外に出て直せばいいからだ。
「宇宙服? ああ、あんな重い棺桶、昔は着てたらしいね」
火星や小惑星帯の子供たちは、学校へ行くのも、友達と遊ぶのも、真空の宇宙空間だ。
彼らにとって、宇宙は「死の世界」ではなく、ただの「広い庭」になった。
2. 地球人との決別
一方で、地球に残った人々(重力と空気に縛られた人々)は、空を見上げて戦慄した。
月やコロニーに住む人々が、生身で宇宙を飛び回る映像を見たからだ。
「彼らは……もう同じ人間じゃない」
「化け物だ」
恐怖と、それ以上の「劣等感」。
かつてのSFでは、宇宙移民者が地球人に虐げられていた。
だが、この世界では逆だ。
「空気がないと生きられない旧人類」の方が、圧倒的に不便で、弱く、惨めな存在になってしまったのだ。
3. 湊の演説 —— 進化への招待状
世界中に広がる動揺を察知し、湊は全人類に向けてメッセージを発した。
彼は、宇宙空間に生身で玉座を浮かべ、地球を背景に語りかけた。
『地球の人々よ。なぜ空気を欲しがる?
なぜ、重力という鎖に繋がれたままでいる?
そこは安全だが、退屈な箱庭だ』
湊は手を広げる。
『私は強制しない。
空気に守られて一生を終えるのもいいだろう。
だが、もしこの無限の星の海を、己の体一つで自由に駆け巡りたいと願うなら……。
私の元へ来い。「翼」を授けよう』
その日を境に、地球から宇宙への移民希望者が爆発的に増加した。
戦争など起きなかった。
圧倒的な「進化の差」を見せつけられた旧人類は、争う気力さえ失い、こぞって「天人」への改造手術を望んだからだ。
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