『交渉』
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第三十五章:深宇宙からのSOS —— 『沈黙の歌姫』
帝都・皇帝指令室。
数年間の沈黙を破り、外宇宙に旅立った『イザナギ』から超光速通信(タキオン通信)が入った。
『よう、陛下。……生きてるぜ。とんでもない星を見つけた』
ホログラムに映るカナタは、ひどく疲弊していた。だが、それは肉体的な疲労ではなく、精神的な徒労感によるものだった。
『座標X-99。通称「水晶惑星」。
ここに先住民族がいる。文明レベルは不明だが、とにかく強大だ。俺の船の主砲でも、奴らのバリアには傷一つつけられない』
「ほう。お前が手を焼くとはな。それで、交渉は?」
『無理だ。言葉がないんだよ、奴らには。
テレパシーも、数学的信号も、絵を見せても反応しない。ただ、俺たちを見て「振動」しているだけだ。
……敵意はないようだが、このままじゃジリ貧だ。「翻訳機」を送ってくれ。それも、とびきりイカれたやつをな』
1. 選ばれた「欠陥品」
湊は通信を切ると、即座に人選を行った。
「ジン(商売人)では無理だな。損得勘定が通じる相手ではない。ソフィ(科学者)でもダメだ。分析しようとして解剖してしまうだろう」
湊が呼び出したのは、地下の特別居住区で、たった一人で暮らしている少女だった。
名は、ミオン(美音)。
彼女は、帝国のエリート教育において「落ちこぼれ」だった。
なぜなら、彼女は生まれてから一度も「言葉」を発したことがないからだ。文字も書かず、計算もしない。
ただ、一日中、虚空を見つめて微かに震えているだけ。
だが、湊だけは知っていた。
彼女が「喋れない」のではなく、「言葉という低帯域の通信手段では、彼女の膨大な感情を伝えきれない」だけであることを。
「ミオン。出番だ。お前の『歌』が必要な客が現れた」
湊が告げると、少女はゆっくりと頷いた。
その瞬間、部屋の空気がビリビリと震え、玲奈の脳内に直接、美しい旋律のような「肯定」の感情が流れ込んできた。
「行きましょう。……私の、音で」
2. 水晶の星へ
ミオンを乗せた高速連絡艇『アマテラス』は、ワープゲートを通過し、瞬時に数千光年を跳躍した。
到着した星系は、異様な光景だった。
惑星全体が巨大な宝石のように透き通り、内部から虹色の光を放っている。
その周囲を、カナタの『イザナギ』が所在なさげに漂っていた。
『来たか。……おいおい、冗談だろ? 送られてきたのは、あのアホみたいに大人しいミオンかよ!?』
カナタの通信を無視し、ミオンはハッチを開けた。
彼女もまた『真空適応措置』を受けた「天人」である。
ドレスのような薄い被膜を纏い、彼女は真空の宇宙空間へと静かに舞い出た。
3. 共鳴する対話
ミオンの目の前に、その星の住人たちが現れた。
それは、実体を持つ生物ではなかった。
光と結晶の粉塵が渦を巻き、常に形を変え続ける「流体結晶生命体」。
彼らはミオンを取り囲み、激しい明滅と振動(衝撃波)を浴びせかけた。
言葉ではない。それは、彼らの「言語」である「純粋な感情の波動」だった。
普通の人間なら、その情報量の奔流に脳を焼き切られて発狂するところだ。
だが、ミオンは微笑んだ。
(……聴こえる。あなたの、寂しさが。好奇心が)
ミオンは、声帯を使わずに「歌った」。
体内の《影》を共鳴させ、自分自身の生体エネルギーを光と重力波に変換して放出したのだ。
* 色彩のハーモニー: 彼女の周囲にオーロラのような光の帯が発生する。
* 重力の旋律: 空間を優しく歪ませ、相手の振動を受け止め、そして倍音を乗せて送り返す。
それは、「光と重力の交響曲」だった。
4. 文明の握手
結晶生命体たちの動きが止まった。
次の瞬間、彼らは一斉に輝きを増し、ミオンの歌に呼応して、惑星全体が美しい和音を奏で始めた。
『な……なんだ!? 星が、歌ってやがる……』
カナタが呆然と呟く。
ミオンの「共感能力」が、彼らの心を解き明かしたのだ。
彼らは敵ではなかった。
彼らは、自分たちの体が発する高周波のせいで、他の生命体を傷つけてしまうことを恐れ、孤独に生きてきた種族だったのだ。
ミオンは彼らの「孤独」を理解し、抱きしめた。
言葉などいらない。ただ「私はあなたを知っている」という共鳴だけで、二つの種族は繋がった。
第三十六章:輝ける同盟
地球のモニター越しに、湊はその光景を見ていた。
水晶惑星の代表らしき巨大な光の渦が、ミオンに対し、自らの一部である「虹色の結晶」を差し出している。
「友好の証、か」
その結晶は、ただの鉱物ではなかった。
解析の結果、それは「超高性能な生体記憶媒体」であり、同時に「エネルギー増幅器」でもあった。
『陛下。彼らは我々を「友」として受け入れました』
ミオンからの思念波が届く。言葉ではないが、明確な意味として伝わってくる。
『彼らは、この宇宙の「記録係」です。数億年にわたり、銀河の歴史を、星の誕生と死を、すべて記録してきました。その膨大な知識を、共有したいと』
それは、どんな資源よりも価値のある、「全宇宙のアカシックレコード」へのアクセス権だった。
「よくやった、ミオン。カナタには荷が重かったな」
湊は称賛した。
武力では開かなかった扉を、共感が開いた。
これにより、人類は外宇宙における強力な同盟者と、未知のテクノロジーを手に入れた。
「さて、カナタ。言葉の通じる相手(通訳)ができたぞ。
ミオンと協力して、その星を拠点にさらに奥へ進め」
『へいへい。……ったく、女の涙と歌には勝てねえな』
宇宙の最前線に、最強のペアが誕生した。
「荒事担当のカナタ」と「外交担当のミオン」。
彼らは、水晶惑星の技術で強化された新型船に乗り、さらなる深淵へと旅立っていく。
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次回は明日20:10に更新予定です。
次の話:『商談』




