『毒』
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第三十章:虚空の仲買人 —— ジンの「賭場」
モニターに映し出されたのは、星空の中に浮かぶ、不夜城のごとき煌めきだった。
準惑星ケレス。かつては岩と氷の塊だったその場所は、今や無数のネオンサインとホログラム広告に彩られた、『宇宙最大の歓楽街』へと変貌していた。
1. 星屑のカジノ・ロワイヤル
『いらっしゃいませ、陛下。……あ、失礼。今は「オーナー」とお呼びすべきかな?』
映像の中のジンは、仕立ての良いスーツに身を包み、アンティークのコインを指で弾いていた。
彼の背後には、巨大なルーレット台が見える。そこで賭けられているのはチップではない。
「火星の土地の権利書」や「木星のガス採掘権」、そして「地球の未公開株」だ。
「随分と派手な店構えだな。ここは小惑星帯だぞ? 客など来るのか」
湊が問うと、ジンは優雅にワインを掲げた。
『来ますよ。地球からは「退屈」を持て余した富裕層が。火星からは「芸術」に疲れた職人たちが。木星からは「規律」にうんざりした技術者たちが。
ここは太陽系で唯一、「非合法」が許される場所ですから』
ジンは、小惑星帯を単なる鉱山ではなく、「タックス・ヘイブン(租税回避地)」兼「カジノ特区」にしたのだ。
地球の厳しい管理社会で息詰まる人々にとって、ここは酒とギャンブル、そしてあらゆる欲望が金で買える、唯一の「解放区」だった。
2. 物流の支配者
『それに、僕はただ遊ばせているわけじゃありません』
ジンが指を鳴らすと、アステロイドベルト全域の地図が表示された。
そこには、無数の「線」が引かれている。
『火星のレオは、建材となるレアメタルが欲しい。
木星のソフィは、作ったエネルギーを売りさばく市場が欲しい。
地球の陛下は、それら全ての上納金を求めている。
……でも、誰がそれを運ぶんです?』
火星と木星の間にある小惑星帯は、宇宙交通の要衝だ。
ジンはここに巨大な『宇宙港』を建設し、輸送ルートを独占していた。
『通行料、保管料、仲介手数料。
彼らが呼吸をするたびに、僕の懐にチャリンと小銭が入る仕組みです。
僕は何も作りませんが、僕がいないと太陽系の物流は止まる』
彼は笑顔で恐ろしいことを言った。
生産者よりも、流通を握る仲介者の方が、実質的な主導権を握っているのだ。
3. 情報のブラックマーケット
そして、ジンにはもう一つの顔があった。
「情報屋」である。
カジノの個室で、ジンは声を潜める。
『ここには、あらゆる星の人間が集まり、酒を飲み、口を滑らせる。
レオが新しい重力兵器を隠し持っていることや、ソフィが木星の核融合実験で一度ミスをしたこと……全部、筒抜けですよ』
ジンは、それらの弱み(情報)を高値で売買し、各勢力のバランスを裏で操っていた。
彼は武器を持たない。だが、「秘密」というナイフで、いつでも相手の喉元を掻き切れる状態にあった。
『陛下。僕はこの宇宙の「潤滑油」です。
汚くて、ドロドロしていますが、僕がいないとこの帝国は摩擦熱で焼き切れる。
……これからも、可愛がってくださいね?』
湊の評価
通信が切れた後、湊は珍しく声を上げて笑った。
「ハハハ! 見ろ、玲奈。あいつが一番の食わせ者だったな」
「……ええ。笑顔の下で、いつでも裏切れる準備をしているように見えました」
玲奈は警戒心を露わにする。
「それでいい。商人は強欲でなければ務まらん」
湊は、三人の子供たちの「完成」を確信した。
* レオ(火星): 圧倒的な「技術力」と、人を惹きつける「文化」。
* ソフィ(木星): 無尽蔵の「エネルギー」と、冷徹な「生産力」。
* ジン(小惑星): 全てを繋ぐ「経済力」と、裏社会の「情報網」。
これらは三すくみの関係にあり、誰か一人が暴走しても、他の二人が(あるいは湊が)止めることができる。
太陽系は、完璧なバランスで回り始めたのだ。
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次回は明日20:10に更新予定です。
次の話:『分離』




