『不満』
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第二十九章:木星の憂鬱 —— ソフィの「未完成」
モニターが切り替わり、木星圏の映像が映し出された。
そこにあるのは、レオのような華やかな芸術ではない。
徹底的に機能美を追求した、冷たく、そして恐ろしいほどの「超・工業地帯」だった。
1. 大赤斑の発電所
映像を見た玲奈が、恐怖に顔を引きつらせた。
「な、何ですかあれは……。木星に、管が刺さっていますわ」
木星の象徴である巨大な嵐『大赤斑』。
その中心に、宇宙空間から伸びた漆黒の『軌道エレベーター(ストロー)』が突き刺さっていた。
ソフィは、嵐のエネルギーと、木星内部の圧縮ガスを直接吸い上げているのだ。
『……お久しぶりです、陛下。報告を始めます』
画面に現れたソフィは、数年前より少し大人びていたが、その表情は相変わらず能面のように無機質だった。
背景には、目まぐるしく流れる数値と、警告音が鳴り響く制御室が見える。
『現在、木星圏のエネルギー収集率は、目標の0.04%。……失敗です。申し訳ありません』
「失敗? どういうことだ」
湊が手元のデータを見る。
そこには、「地球が今後100万年で消費するエネルギーを、わずか3日で生産可能」という、天文学的な数値が表示されている。
「これのどこが失敗だ? 全人類が遊んで暮らせる出力だぞ」
しかし、ソフィは不満げに眉をひそめた。
『それは「人間が使う分には」足りるというだけの話です。
このプラントの理論限界値には程遠い。大赤斑の運動エネルギーの取りこぼしが多すぎますし、超臨界流体水素の変換効率も悪い。……見ていてイライラします』
彼女にとって、人類の需要などどうでもいい。
「木星という素材を、100%使い切れていないこと」自体が、科学者としてのプライドを許さないのだ。
2. 衛星基地の実験場
『エネルギーが余っているので、衛星のエウロパとガニメデを解凍しました』
ソフィは、さも「冷蔵庫の氷を溶かした」程度のことのように言った。
『余剰熱をレーザーで照射し、氷の地殻を融解。内部の海を露出させ、そこを巨大な「海洋牧場」兼「冷却水タンク」にしています』
映像には、かつて氷の星だったエウロパが、青く輝く水の惑星に変わりつつある様子が映っていた。
そこには、遺伝子操作された巨大な海洋生物(食料用)が泳いでいる。
『ですが、これも効率が悪い。いちいちレーザーを送るなんて、送電ロスが馬鹿になりません』
地球の常識からすれば「神の御業」を行っているのに、彼女はずっと「効率が悪い」とボヤき続けている。
3. プロジェクト『ルシファー』への野望
「それで? お前はまだ満足していないようだが、次は何をするつもりだ?」
湊が尋ねると、ソフィの瞳に初めて、冷たい炎のような光が宿った。
『木星を、恒星化させます』
玲奈が息を呑む。「恒星化……つまり、太陽にするということですの!?」
『はい。木星の質量は足りませんが、陛下から頂いた重力制御技術で中心核を超圧縮し、核融合を強制点火させれば、第2の太陽になります。
そうすれば、エウロパやガニメデは「温暖な惑星」になり、わざわざエネルギーを送る手間も省ける。
……木星自身が燃え尽きるまで、約5億年は持つ計算です』
彼女は、木星という巨大惑星を、単なる「燃料ペレット」として使い潰そうとしているのだ。
『現在のプラントは、そのための「着火剤」を作っているに過ぎません。
……陛下。許可をいただけますか? 木星を燃やす許可を』
湊の決断
湊は、くつくつと喉を鳴らして笑った。
レオは星を「彫刻」したが、ソフィは星を「焚き火」にしようとしている。
「いいだろう。好きに燃やせ」
「へ、陛下!? 太陽系に太陽が2つもできたら、重力バランスが……!」
玲奈が慌てるが、湊は手を振る。
「バランスなど、彼女が計算済みだ。それに、太陽系が明るくなれば、私の影もより濃くなる」
湊は画面の向こうのソフィに告げる。
「期待しているぞ。夜のない世界を作ってみせろ」
『……感謝します。やっと、この非効率なパイプ掃除から解放されます』
ソフィは深く一礼し、通信を切った。
彼女が去った後のモニターには、不気味に渦巻く大赤斑が映っている。
あれが近いうちに、「第2の太陽」として輝きだすのだ。
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次回は明日20:10に更新予定です。
次の話:『毒』




