『効率』
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第二十二章:楽園のネズミたち —— 『自由の灯』
帝都の地下深く。
かつて地下鉄網として使われていたが、空中都市とチューブ列車の普及により廃棄された「旧・東京メトロ」の廃駅。
監視カメラの死角であり、《影》の巡回ルートからも(意図的に)外されたこの場所に、レジスタンスのアジトはあった。
そこには、地上の清潔な世界には存在しない「ノイズ」と「熱」があった。
1. アナログな聖域
「くそっ、また純正のコーヒー豆が値上がりしたぞ。闇ルートも締め付けが厳しいな」
薄暗いコンクリートの部屋で、男が悪態をついた。
彼の名はサイガ。元・大学教授であり、レジスタンス『自由の灯』のリーダーだ。
彼が淹れているのは、合成飲料ではない、本物の泥のように黒いコーヒー。カフェインの覚醒作用が「精神の安定を乱す」として、地上では規制対象となっている嗜好品だ。
この部屋には、地上で「無駄」と断じられたものが溢れていた。
紙の本、調整の狂ったギター、手描きの油絵、そして煙草の紫煙。
「リーダー、新入りが来ました。……『不適合者』です」
部下が連れてきたのは、まだ十代の少女だった。
彼女の瞳は怯えているが、同時にこの世界への激しい憎悪を宿していた。
「名前は?」
「……エリス。ランクはD。適性検査で『社会的不適合』の判定を受けました。……私はただ、歌うのが好きなだけなのに。『歌は録音データがあれば十分だ。お前の声帯は騒音だ』って……」
サイガは苦笑し、彼女に温かいコーヒーを差し出した。
「ようこそ、人間の世界へ。ここでは下手くそな歌も、意味のない落書きも、誰にも咎められない」
2. 彼らの戦い方 —— 「非効率」という名のテロル
レジスタンスと言っても、彼らは銃を持って戦うわけではない。
物理的な戦闘力において、湊の《影》に勝てる見込みは万に一つもないからだ。
彼らの武器は、「ハッキング」と「感情のウイルス」だ。
「作戦を開始する。ターゲットは、第3空中居住区のメインストリートだ」
サイガの号令で、数人のハッカーが旧式のキーボードを叩き始めた。
彼らが狙うのは、市民全員が装着している『スマートグラス(拡張現実端末)』だ。
「セキュリティ突破。……《影》のファイアウォール、相変わらず硬いな。だが、一瞬の隙間なら作れる」
「よし、データを流し込め! 『ノイズ』を撒き散らせ!」
【作戦実行】
その瞬間、第3居住区の完璧に整備された街並みが、市民の視界の中で「バグ」を起こした。
* 色彩の反乱: 統一された白と銀のビル群が、極彩色のスプレーアートで埋め尽くされる(AR映像)。
* 聴覚ジャック: 静寂な通りに、エリスが歌った「悲しく、不安定で、感情的なバラード」が大音量で流れる。
* 効率低下ウイルス: 市民のAIアシスタントが、「あえて遠回りするルート」や「栄養バランスは悪いが美味しいケーキ屋」を推奨し始める。
街は一時的なパニック——いや、「混乱という名の祭り」に包まれた。
歩みを止め、空を見上げ、流れる音楽に涙を流す市民の姿があった。
効率化された脳が、忘れていた「情緒」に激しく揺さぶられたのだ。
3. 皇帝の掌の上で
地下のアジトでは、作戦の成功に歓声が上がっていた。
「見たか! 市民たちのあの顔! 感情を思い出させたぞ!」
「ざまあみろ、神楽坂湊! 人間の心までは管理できない!」
エリスも、自分の歌が誰かに届いたことに、初めて心からの笑顔を見せていた。
彼らは知っていた。これがほんの数分の抵抗であり、すぐにシステムが復旧することなど。
それでも、「自分たちは生きている」という証を刻むことに、命を燃やしていたのだ。
……だが、彼らは知らない。
その様子を、アジトの天井の隅に張り付いた小さな《影》が、すべて中継していることを。
(一方、天空の執務室)
湊は、ワイングラスを片手に、混乱する第3居住区と、歓喜するレジスタンスの映像をモニターで眺めていた。
「今月の『ガス抜き』は、なかなか質が高いな」
傍らの玲奈が、呆れたようにため息をつく。
「よろしいのですか? 経済効率が0.03%低下しましたけれど」
「構わん。完璧すぎるシステムは、人間の精神を摩耗させる。時折、ああいう『予期せぬノイズ』があった方が、結果的に市民のメンタルヘルスは向上し、生産性が上がる」
湊は、画面の中のサイガやエリスを、慈悲深い——あるいは残酷な——目で見つめた。
「彼らは優秀なエンターテイナーだ。報酬(コーヒー豆の闇ルート)を見逃してやれ」
「……悪趣味ですね、陛下」
レジスタンスたちは、自由のために命懸けで戦っている。
しかし、その戦いすらも、神楽坂湊という巨大なシステムの一部として組み込まれ、利用されているのだった。
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次回は明日20:10に更新予定です。
次の話:『任命』




