『新天地』
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第二十章:ロケットの葬列と、月面通勤圏
かつて、人類が1kgの物体を宇宙へ運ぶには、数百万円のコストと、数トンの燃料が必要だった。
だが、神楽坂湊はその常識を「ゼロ」にした。
1. さらば、火の鳥たちよ
種子島宇宙センター跡地。
そこは今、巨大な『重力港』へと変貌していた。
かつての射点は撤去され、代わりに並んでいるのは、円盤状や箱型の巨大な『反重力輸送船』たちだ。
「点火」の号令はない。
轟音も、噴煙もない。
「フライト・ナンバー001、月面都市『ツクヨミ』行き。離陸します」
全長500メートルを超える巨船が、まるで風船のようにふわりと浮き上がった。
船内では、乗客たちがコーヒーを飲んでいる。G(加速度)による負荷は、重力制御装置によって完全に相殺されているため、赤ん坊でも宇宙へ行けるのだ。
船は大気圏を音もなく突き抜け、漆黒の宇宙へと滑り出した。
「ロケットエンジンなど、焚き火で湯を沸かすようなものだ」
湊の言葉通り、宇宙への輸送コストは、航空便と変わらないレベルまで暴落した。
これにより、宇宙旅行は富裕層の道楽ではなく、一般市民の「移動手段」となった。
2. 月面開発の「超」加速
月面でも、革命が起きていた。
重力制御技術の恩恵は、移動だけではない。「建設」の概念を変えたのだ。
月面の建設現場。
そこでは、数百トンの建材や、巨大な掘削ドリルが、作業員の指先一つで軽々と運ばれていた。
対象物の重力を「ゼロ」あるいは「マイナス」に設定すれば、どんな重量物も発泡スチロールのように扱える。
クレーン車も、重機もいらない。
《影》の作業員たちが、地球から運ばれてきた「完成済みの高層ビル」を、積み木のように並べていく。
* 工期短縮: 従来10年かかると言われた基地建設が、わずか1週間で完了。
* 居住環境: 居住区内は、重力制御によって完全な「地球環境(1G)」が再現された。骨密度が低下する心配もない。
殺風景だった灰色の月面には、またたく間に光り輝くドーム都市群が広がった。
そこはもはや、過酷なフロンティアではない。
地球と変わらない、快適で優雅な「日本帝国の第48都道府県(月面特別区)」である。
3. 地球・月間の「定期便」
「今週末、月でランチでもどう?」
「いいね、向こうの低重力レジャープールに行きたいな」
帝都のカフェでは、そんな会話が日常となっていた。
地球と月を結ぶ定期便は、1日数十往復。所要時間は数時間。
ビジネスマンは、朝に東京で会議をし、午後は月の工場を視察して、夜には地球の自宅に帰ることができる。
月の資源(ヘリウム3など)は、反重力輸送船のピストン輸送によって、湯水のように地球へ降り注ぐ。
地球の資源不足問題は、物理的に消滅した。
湊は、月面総督府の窓から、青く輝く地球を見上げていた。
かつて人類が見上げていた月から、今度は母なる星を見下ろす。
「狭くなったな、この太陽系も」
重力の鎖を解き放たれた人類にとって、月はもはや「空の彼方」ではなく、「庭の飛び石」に過ぎなくなっていた。
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次回は明日20:10に更新予定です。
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