洞窟の主(5)
オークは唸り声を上げていた。
それは苦痛ではなかった。――怒りだ。
動こうとするたびに、身体が軋む音がした。
地面と融合したかのような足元が、彼の自由を奪っている。
その足の肉は、自らの力で引きちぎろうとするたびに、裂けていった。
――この化け物、本気で動こうとしてるのか……!
もう限界だと理解していない。
自分の肉を犠牲にしてでも、動こうとしている。
その狂気の中、オークは俺を見据えた。
その目は……怒りと、憎しみに満ちていた。
「グラァァァァァッ! ニンゲン……クサレモノ!」
その叫びは、洞窟を震わせるような咆哮だった。
だが、俺はただ左手を掲げる。
指先が、再び縫い針を指し示すように。
――コスチュラ(縫合)。
もう、画面にはエラーはなかった。
世界が、俺の行動を“現実”として受け入れていた。
視界に浮かぶ線。
それは、オークの腕と、胴体を繋ぐラインだった。
シュシュッ……!
見えない糸が、オークの両腕を胸元へと縫い付けていく。
「ガァァァァァァッ!!」
暴れようとするも、無駄だった。
筋肉がうねり、骨が軋み、体全体が怒りに震えている。
しかし、抗うことはできない。
もはやその巨体は、布のように制御されていた。
――今だ。
残された力を振り絞り、俺は走った。
足は重く、身体は限界に近い。
だが、この一撃で終わらせる。
針を構える。
両手で強く握り、狙いは――胸部、心臓。
「グラァッ――!」
ズブッ!
だが、硬い。
針が押し返されるような感覚に、俺は歯を食いしばった。
(通れ……通ってくれ……!)
両手に力を込める。
息を吐きながら、全身で押し込む。
――死ね……っ!!
ザクッ!!
針が貫いた。
筋肉、骨――すべてを貫き、心臓に達した。
オークの顔が、一瞬止まる。
驚きに満ちたその表情は、まるでこう言っているようだった。
「なぜ……こんな虫ケラに……?」
そのまま、オークは前のめりに倒れ、洞窟全体が静寂に包まれた。
俺は壁に背を預けるように座り込んだ。
息が荒い。腕は痛み、全身が疲労で重い。
でも――
生きている。
その時だった。
カラン。
石の落ちる音が聞こえた。
「エステルッ!!」
イレーネの声。
彼女が駆け寄ってきて、俺に飛びついた。
小さな腕で、必死に俺を抱きしめている。
彼女の体が震えているのが分かる。
「……よかった、よかった……っ」
俺は何も言えなかった。
ただ、彼女の温もりを感じながら、目を閉じた。
すると、脳内に機械的な音声が響いた。
《経験値獲得:+120》
《レベルアップ:Lv3 → Lv4》
《パッシブスキル《針の扱い》がレベル2に上昇》
《新しい称号を獲得:《概念に抗う者》》
(概念に……抗う者……?)
意味はまだ分からない。
でも――確信はあった。
俺の針は、ただの道具じゃない。
“世界そのもの”に、糸を通すための武器だ。




