地の底の静かな夜
どれくらいの時間が経ったのか、分からなかった。
数分…?
数時間…?
もしかして一日…?
全身が山に押し潰されたように痛んだ。
けれど、まだ呼吸はできる。
――それだけで、十分だ。
最後の記憶は……倒れ込んだ瞬間。
灰色のオークの死体が目の前に横たわっていた。
その周りには、自分が倒したゴブリンたちの死骸。
そして――
傍らに感じた、温もり。
首を少し傾けると、そこにいたのはイレーネだった。
小さな顔を胸に埋めて、まるでしがみつくように抱きついていた。
寝息は穏やかで、無垢そのものだった。
この異世界に来てから、初めて心が安らいだ気がした。
(……生き延びたんだな)
そっと手を伸ばし、彼女の髪を撫でた。
「イレーネ……そろそろ、行こうか」
彼女はゆっくり目を開け、眠そうな表情でこちらを見た。
でも、すぐに微笑んで、うなずいた。
言葉はなかった。
けれど、それだけで十分だった。
俺も立ち上がる。
筋肉が少し強ばっていたが――
(……体が、軽い)
間違いなく、前よりも力がみなぎっていた。
確認のため、右手をかざして呟いた。
「ステータス、開け」
目の前に、半透明のウィンドウが表示される。
【ステータス – エステル】
名前:エステル
レベル:4
クラス:冒険者
称号:追放された者 / 転生者(隠)/ 概念に抗う者
ユニークスキル:裁縫EX
パッシブスキル:針の扱い Lv2
魔法適性:?
HP:145 / 145
MP:115 / 115
筋力(STR):18
体力(VIT):16
敏捷性(AGI):20
器用さ(DEX):24
知力(INT):17
運(LUK):?
(……針の技術も上がってる。
あの戦いが、確かに俺を鍛えたんだな)
ウィンドウを閉じる。
そして目の前に広がる死体の山を、再び見つめた。
(……これ、どうしよう?
置いていくか、燃やすか…)
いや――
ふと、試してみたいことを思い出した。
「編み込みインベントリ」
囁くと同時に、またあの裁縫ツールのようなウィンドウが浮かび上がる。
これが、俺だけの“空間”。
オークの死体に手をかざして、試してみる。
その瞬間――
シュゥウウ……
音もなく吸い込まれた。
インベントリ内に項目が追加される。
「オーク・グレー x1(重)」
(……使えるな)
そのまま、倒れていたゴブリンたちも次々に収容する。
俺が倒したもの、そしてオークが食いかけたものも含めて。
中には部位が欠けているものもあったが、問題なく収納できた。
最終的に、こうなった:
【編み込みインベントリ】
オーク・グレー x1
ゴブリン x6
(役に立つ……本当に)
イレーネがそっと俺の手を握ってきた。
俺は背中に針を差し、静かになった洞窟を最後に見渡す。
「……行こう、イレーネ。街に戻るぞ」
少女はこくりとうなずき、小さな足でしっかりと前を向く。
俺たちがこのあと何を得るのか、どれだけの金になるのか――
それは分からない。
けれど、一つだけはっきりしていた。
俺たちは、生き残った。
そしてこれからも、生きるために進み続ける。
ギルドが、俺たちを待っている。




