小さな幽霊屋敷 4
2階への階段を見上げると、上から
綿埃みたいなものが
チラチラと降ってくるのが見えた。
雪みたいに見えなくもないが、これは『霊感』を
持っている者にしか見えない。
そして、これが『他人の魂の破片』だと考えると、
ロマンのかけらも感じられなかった。
今、まさに、クリストフの魂が
崩れている途中なのだ。
ここでサイコな幸太郎は、
余計なものに興味をひかれた。
(触ってみたい・・・)
他人の魂の破片に触れてみたいと思ったのだ。
幸太郎は好奇心が強い。
(どんな感触なんだろう?
見た目通り綿みたいなのかな?
重い? 軽い? 常温? 冷たい?
集めてみたら何かおきるかな?)
こんなことを考えるのは幸太郎くらいのものだ。
物質で例えるなら、相手の死体の内臓や脳を
触ってみたいと言ってるようなものである。
幸太郎は、好奇心に逆らえなくなってきた。
幸太郎は手袋を外した。
そして、2階から降ってくる綿埃みたいな
『魂の残滓』の1つに触れてみたのだ。
ふわり・・・。
それは見た目どおりの感触だった。
面白いことに触っているのに、温度を感じない。
降ってきたのに、一切の重量が感じられない。
そして『霊感』をオフにすると、何も見えなくなり、
感触も消えた。
(うーん、なんとも不思議な体験だ。
興味深い・・・。実に興味深い・・・)
そして、今、手にとったものを捨てて、
別の『綿埃みたいな魂の残滓』に触れたとき、
予想外のことが起こった。
ゾクッ
物理的なものではない、奇妙な寒気を感じた。
幸太郎が『ステータスウインドウ』を展開すると、
HPが『1』減っているのが確認できた。
(HPが減った!? 今の寒気で!?
何が・・・? まさか、
エネルギーを吸い取られたのか!?
さっきのやつは何ともなかったのに!?)
そして、幸太郎が手で触った『魂の残滓』は
幸太郎の手に染みこんで消えた。
(なんだと!? 今、クリストフの魂の残滓が、
俺に吸収されたってのか? いや、入り込んだのか!?
ちっ、我ながら好奇心が強すぎだな。
1つくらいでは大したことないようだが、
たくさん触れた場合は
命の危険があるようだ。
モコとエンリイを外に置いてきて正解だった。
これからも『霊感』で確認して、
同じケースの時は
俺がきれいに成仏させてからじゃないと
危ないな。
もし言うことを聞かないときは、2人の顔を
ぶん殴ってでも、外へおいておかなくては。
まあ、貴重なデータを得たんだ、
この知識は・・・)
ここで幸太郎は『ぎょっ』として硬直した。
(なんだ!? 今、俺はなんて考えた!?)
そう、『自分で考えた』ことの中に、
明らかに異常な部分があったのだ。
幸太郎は記憶をたぐり、その部分をリプレイした。
『2人の顔をぶん殴ってでも』
ここだ。これがおかしい。
あまりにも自分の考え方と乖離している。
普通に考えるなら
『隷属の首輪に命令してでも』だろう。
女に弱い幸太郎は、
通常、相手の女性の顔を殴ろうなどと
思いつかない。
無論、相手が自分を殺そうとするなら容赦はしない。
幸太郎は『女は絶対に殴らない』といった、
美しい信念は持ち合わせていないのだ。
そして、そもそもモコとエンリイの
顔を殴るのは
幸太郎には『不可能』と言っていい。
仮に、幸太郎がモコとエンリイの顔を殴ろうとしたら
どうなるか?
モコとエンリイは、幸太郎のパンチを軽々と
片手で受け止め、『ど、どうしたんですか?』と
驚くだけだろう。
身体能力に差がありすぎる。
ケンカをしたところで
押し倒されるのは幸太郎の方だ。
つまり『2人の顔をぶん殴ってでも』という部分は
2つの点で幸太郎に思いつかないと言える。
1、幸太郎は女に弱い。相手に殺意がなければ
攻撃する気が起きない。
2、モコとエンリイを殴るのは
物理的に成功する可能性がゼロ。
100%無意味な行為。
(・・・だが、実際、確かに『俺』はそう考えた!
いったい原因はなんだ!?
まさか・・・まさか・・・原因は、
さっきの『クリストフの魂の残滓』のせいか!!
クリストフが俺の魂に混ざり、
俺は『狂った』のか!!)
幸太郎は自分をできるだけ
客観的にみようと心掛けている。
それが幸太郎を救った。
もちろん、人間は自分を客観的に見るのは難しい。
いや、不可能といって
いいのかもしれない。
しかし、幸太郎が、
それを心掛けているかどうかが、
明暗を分けた。
自分が『狂った』ことを認識できたのだ。
幸太郎は、2階への階段から離れ、呼吸を整えた。
そして1分ほど、
高速思考しながら自分をチェックした。
(・・・よし・・・。どうやら・・・狂ったのは、
あの時だけ・・・みたいだな。もう大丈夫)
幸太郎は自覚が無いが、幸太郎に混じった
『クリストフの魂の残滓』は
幸太郎の高速思考に
ついてゆけず、飲み込まれ、
魂の残滓が『三ツ矢幸太郎』に
上書きされてしまった。
魂そのものは『不滅』だが、
もうクリストフでは
なくなったのだ。
二度と元には戻らない。
未来永劫、幸太郎の一部となってしまった。
(よく怪談話とかで起きる現象の
理由がわかった・・・。
廃病院とか、幽霊屋敷なんかに
『肝試し』で入り込んだ人の中で、
急に言動がおかしくなってしまう人がいるのは、
これが原因なんだ・・・。
他人の魂の残滓・・・しかも、崩壊しかけている、
『人間でなくなりかけている魂』が
自分に混ざると、
自分の魂に『感染』してしまうんだろう。
しかも、思考が著しく劣化していた。
モコとエンリイを殴るなんて絶対に成功しないし、
命令を聞かせるなら
『隷属の首輪』を使えばいいだけ。
『2人の顔をぶん殴ってでも』なんて馬鹿としか
言いようがない・・・。
明らかに狂っている。
最初の『魂の残滓』は、なんともなかった。
2つ目の『魂の残滓』は俺に吸収された。
一貫性が無い。ルールが無いのか?
・・・いや、人間自体、一貫性に欠ける生物だ。
『決まった法則がない』のがルールか。
『肝試し』でおかしくなる奴と、
無事に帰ってくる奴の差は、
こういうことだったんだな。
侮っていた。なめてた。
幽霊屋敷がこれほど危険な場所だったとは、
初めて知った。
『霊感』が無ければ、『魂の残滓』は見えないし、
『成仏』が使えなければ、対抗策がない。
大量に『憑りつかれた』場合は
肉体の負傷ではないから、治す方法もない・・・。
普通の人は入らないに越したことはないな)
自分に染みこんだ『魂の残滓』、
染みこまない『魂の残滓』、
差があるのは当然だ。例えば職場の同僚でも、
仲のいい人、苦手な人、様々である。
その仲のいい人だって
『こういう部分はついてゆけないなぁ』と
感じることは珍しくない。
合う、合わない、は誰にでもあることだから。
魂は人間の根幹。
その差がむき出しに現れるだけなのだ。
幸太郎は、ため息をついた。
幸太郎は『クリストフのアトリエ』の
真の危険性を
ようやく認識できたのだ。
中に入った商人ギルドの人で
体調を崩した人がいると
聞いていたが、その理由がわかった。
ただし、その人が助かるかどうかはわからない。
助ける方法がないのだから・・・。
この時、幸太郎は他に2つのことを理解した。
1つは、心霊写真などで、幽霊が物陰から
少しだけ顔を出している理由だ。
正気は失っているが、わずかに自我が残って
いるのだろう。
肉体という『物理的な器』を失った魂は、
『生きている人間』と接触すると魂が
混ざって奪われてしまう可能性を
恐れているのだ。
そして、混ざった部分は、生きている人間の魂に
『上書き』され、もう二度と戻らない。
だから、幽霊は物陰や、何かの隙間、
部屋の隅などに隠れるように存在し、
それが写真に写るのだろう。
ただし、相手が『生き返りたい』『体が欲しい』と
生きている人間に全身で憑りつき、
『相手を乗っ取ろう』としたときは、
ひどいことになる。
『狐憑き』などと呼ぶパターンだ。
自我の、肉体の主導権をどちらが得るかで、
戦争になる。
負けた方の意識が消滅するし、
たいていの場合、共倒れだ。
なぜなら『生きてる人間を乗っ取ろう』などと
考えること自体、正気ではないから。
乗っ取りが成功しても『正気ではない人間』が
できあがるだけ・・・。
幸太郎の場合は、混ざった量が少なかった上に、
幸太郎が本が好きで、知識量、思考スピードが
クリストフより圧倒的に
優勢だったことが幸いした。
わずか3秒ほどで、
クリストフは上書きされて消えている。
2つ目は、ダンジョン下層で
『名無しのナイトメア』が
幸太郎たちの魂を喰おうとしたことについてだ。
クリストフの魂の残滓が混ざった幸太郎は、
わずかな時間だが、思考が退化した。
クリストフ自身が自己顕示欲、承認欲求の肥大した
愚か者だったせいだ。
だから、幸太郎も一瞬、
それに引きずられた。とはいえ、幸太郎の
知識量と思考スピードには抗えず消滅している。
だが、もし仮に『取り込んだ魂が優れていたら?』
ナイトメアが幸太郎たちを欲しがったのは、
これが理由だったのだ。
優れた者の魂を取り込み、
自我の主導権を奪われなければ、
通常では起こり得ないようなパワーアップを
果たすことができるだろう。
それができる者、やり方を知っている者が
悪魔になれるのだ。
(だとすれば・・・オーガスは、
回収したロイコークの魂を
喰ったりはしないんだな。
あんな頭の悪いやつを取り込んだら、
自分までアホになってしまうかもしれない・・・)
結局、愚か者は悪魔からも不必要な存在なのだろう。
ただし、ルキエスフェルは愚か者が好きだ。
与えられた能力で踊り狂って死んでいくから。
知性を育てるのは、会話と読書しかない。
銀河英雄伝説にある
『知識はあっても教養はない』というやつだ。
知能と知性は別物。




