小さな幽霊屋敷 3
「えーと、俺は裏口へまわるとしよう。
実はさ、この倉庫全体に、
クリストフの崩れかかった魂が
蜘蛛の糸みたいにへばりついているんだよ。
『成仏』を使った時の光が町から見えると困る。
裏口の方から『成仏』で少しずつ糸を消し去って
中へ入るよ。
モコとエンリイは、誰も中へ入らせないように
見張っていてくれ。
危険な状態なのは間違いないからね」
倉庫の中は、相変わらずドアがバタンバタンと
激しい音を立てていた。
幸太郎は、念のため、ジャングルホッパーの鎧に
着替えた。頑丈かつ、弾力性のある鎧は、
衝撃を分散、吸収する。
さらに革のヘルメットも装着。
左手にラウンドシールドも装備。
これで、そう簡単には倒れない。
幸太郎は『皿くらい飛んでくるかもな』と
考えているのだ。
「お気をつけて・・・」
「危なかったら、すぐに逃げてよ」
「了解。モコとエンリイも、中へ入らないようにね。
見張りを頼む」
モコとエンリイは、ものすごく心配そう。
物理的に見える相手なら
『デーモン』すら怖くないが、
『幸太郎以外見えない』というのが、不気味なのだ。
ただ、幸太郎はさして心配してない。
『太陽神の加護』により、『状態異常無効』がある。
ジャングルホッパーの鎧があれば、防御力も問題なし。
粘液のような糸も『鑑定』が
『魂の残滓』だと言ってる以上、
『成仏』が効くはずだ。
そして、ガイコツの森で経験した
『血の雨』に比べれば、
クリストフごときが1人で怒っていたって
怖くも何ともない。
幸太郎は裏口にまわった。
こっちなら『成仏』を使っても、
表通りからは見えない。
もちろん裏口も鍵がかかっているが、倉庫のカギは
全て商人ギルドから借りてきてある。
「さて、まずはドアを覆うネバネバを除去するか」
幸太郎は『成仏』を唱えた。光の輪が広がり、
粘液のような糸は光の粉となって消えた。
(やっぱり効果あるな。これで問題ない)
中へ入った幸太郎は、すぐに立ち止まった。
倉庫の中なので、民家と違って構造が簡素だ。
トイレなのか小さな部屋のドアが
激しく開閉している。
もちろん、誰もいない。
幸太郎が立ち止まったのは、中の光景に
興味をひかれたせいだ。
(へえ~・・・)
カーテンが閉まって薄暗い室内は、
外の何倍もの粘液の糸が絡みついていた。
そして、綿埃みたいな薄く光るものが漂っている。
夜なら人魂みたいに見えるかもしれない。
『鑑定』すると、どちらも
『崩れかかった魂の残滓』と表示される。
『粘液』と『綿埃』では、見た目が
ずいぶん違うが、どっちも元々はクリストフの
一部ということか。
激しく開閉しているドアは
粘液のような糸が動かしていた。
ネバネバの糸がドアを引っ張ったり、
押したりしているのが見える。
「これが全てのポルターガイスト現象の仕組みって
わけでもないのだろうが・・・。
興味深いな・・・げっ!!」
幸太郎は思わず声をあげた。
空中に火傷の跡のある顔が
逆さまに浮かび上がったのだ。
いや、正確には粘液のような糸から、
クリストフの顔『だけ』が泡のように膨らんで
出現した。
クリストフは醜く歪んだ顔で、怒りの表情を作ると、
幸太郎に向かって、叫んだ。
「オ・・・マエ・・・ノ、セ、イ、デェェェェェ・・・」
その途端、戸棚の中にあった食器や、フォーク、
服やアクセサリーが幸太郎めがけて飛んできた。
ポルターガイスト現象だ。
幸太郎はラウンドシールドで防ぐ。
別に大した威力はないからだ。
これでは子供だって殺せはしないだろう。
幸太郎の反撃。
「『成仏』!」
幸太郎から光の輪が広がり、
周囲の粘液のような糸も、
綿埃みたいなものも、
全て光の粉に変えて消し去る。
空中を飛んでいた皿は、
『成仏』の光の中へ入ると、
いきなり失速して、床へ落ちた。
木の皿だったので、
床でカラン、カランと音を立てている。
念のため、幸太郎は外のモコへ報告を入れておく。
「モコー、聞こえるー? 心配いらないよー。
クリストフのバカが駄々をこねてるだけー」
『わかりましたー』という声が聞こえた。さすがモコ。
幸太郎は『非常に興味深い』と思った。
クリストフの顔だけが粘液のような糸から出現した。
つまり、この糸は全て、
一応『クリストフ自身』なわけだ。
そして、『成仏』を使った時も、クリストフは
糸の中に引っ込んで消えた。別の場所に
瞬間的に移動したのだろう。
また、ポルターガイスト現象で飛んできたフォークなども、
飛んでくる直前に『綿埃みたいなもの』が
中へ染みこんでいくのが少し見えた。
つまり、自分の魂を植え付けることで、
物体に『意志』を持たせたわけだ。悪意だけど。
人間の肉体も『物質』であることに変わりない。
その肉体という物質を動かしているのは
つまるところ魂の力である。
魂は物質を動かす『何かの力』があるのだ。
「面白い・・・面白いな!
無論、これが初めて見る一例だから、
他にもポルターガイスト現象を引き起こす
原因はあるんだろうけど・・・。
こういう仕組みだったのか・・・。興味深い。
でも、魂が崩れかかっているってことは、
ほっとくとクリストフは人間ではなくなるのか」
他人の幸せを願わない者ほど、早く崩壊してゆく。
人間の構造は、肉体を除くと、
『一霊四魂』である。
人間の姿をしている『一霊』と魂を構成する『四魂』だ。
この『四魂』は人間、天使、神が持つ構造。
『四魂』は『にぎみたま』『さちみたま』『くしみたま』
『あらみたま』で構成されるが、
人間以下の存在に落ちると
4つのうち、何かを失う。ほとんどの場合、
『和魂』から失う。
これを持っているかどうかが
人間と動物の差と言っていい。
四魂が三魂になり、三魂が二魂に・・・。
減れば減るほど、下等生物になっていく。
そして、『思考』が単純になっていくのだ。
例えば、動物は服を着ていなくても
『恥ずかしい』とは一切感じない。
『恥ずかしいと感じる概念』を失っているからだ。
自分が有名になって
チヤホヤされることばかり望み、
メッサリーナを踏み台にして、エメラルド嬢を
苦しめて殺そうとしたクリストフは、
肉体という『器』を失った結果、
急速に人間の資格を失いつつあった。
すでにクリストフは正気を失っている。
ドアをバタバタ動かして威嚇したところで、
それが幸太郎に通じるはずもなく。
皿を飛ばしても、鎧に盾のフル装備状態の人間が
倒せるわけもない。
おまけに幸太郎は『ネクロマンサー』である。
『成仏』が使える以上、何をやっても無駄な抵抗。
クリストフの思考力はすでに
幼児以下程度にまで退化している。
動物レベルまで落ちるのも時間の問題でしかない。
いや、いっそ、早く動物レベルまで落ちた方が
苦しみが長引かない分、
クリストフにとっては
幸せかもしれないのだ。
動物レベルまで落ちれば、人間が感じるような
苦しみの大部分は『理解できなくなる』から。
『周囲から賞賛を受けたい』、
『人々を見下してイキリちらしたい』、
『強い者、頭のいい者を妬む』、
こういった欲求・悩みは、もう永遠に感じなくなる。
もう、人間らしい悩みは永久に戻ってこないのだ。
苦しみは、もう、ない。
真の救済と言えるだろう。
『人間でなくなるのが嫌だ』というのならば、
人間らしい考えと行動をするしかない・・・。
本当は今ならまだクリストフは人間に復帰できる。
まだ、間に合う。
しかし、クリストフに
『反省して人間に戻れ』というのは、
苦痛でしかないだろう。
自己顕示欲、承認欲求は満たされることは
ないのだから。
霊界では物質と言う『器』は無い。
どこまでが自分の妄想で、
どこからが現実なのか明確な境界は無いのだ。
自分が人間らしいことを考えないのであれば、
魂はすぐに、『それに合わせた』レベルまで崩壊する。
・・・望み通りに。
幸太郎は、1階の中を
『成仏』を使って祓いまくった。
両手で滅茶苦茶に連続して『成仏』を使い、
粘液のような糸も、綿埃みたいな魂の残滓も、
全て光の粉に変えてゆく。
(部屋の隅とかに、集中して
綿埃みたいに積もってるな・・・。
なるほど、幽霊は『掃除が苦手』って、
こういう事なんだな。
清潔な環境が嫌いなのか。
風通しがよかったり、キッチンハイターが
天敵みたいなものか。
人間らしさを失いつつあるんだな)
アステラからもらった『成仏』は
スキルに改造されているので、
MP切れの心配はない。
効率など考える必要はないのだ。
1階は全てきれいになった。
クリストフの魂の残滓は、もう残っていない。
あれだけ騒がしかったドアも、もう全く動かない。
幸太郎は、2階への階段を見上げた。
隅々まで歩き回って祓った結果、急に1階は
空気が澄んできれいになったように感じる。
クリストフの邪念が消えたせいだろう。




