第92話 そして、冒険都市の英雄へ。
「道を開けろォォッ! 我らが英雄、クロエ嬢の凱旋だァァッ!」
「偉大なる妖精様のお通りだぞォ!!」
ドーン、ドーン! と魔術師たちが上空に祝砲の魔法を打ち上げる。
冒険都市『リグ』の正門は、まるで建国記念日のような異様な狂騒に包まれていた。いかつい高ランク冒険者たちが、討伐したオーガ・ロードの極上素材を『御神輿』のように担ぎ上げて練り歩いている。
「クロエ嬢が使った岩塩と同じ産地の塩をよこせ! 金貨一枚だ!」
「妖精様の黄金像を建てるための署名はこちらです!」
荒くれ者たちがギルドの受付で謎の署名運動を始め、市場では岩塩とスパイスが一瞬にして買い占められる異常事態になっていた。
「わぁ……! お祭りかな? みんな、急にお料理に目覚めたんだねぇ」
私は街の人から差し入れられた高級フルーツをニコニコと齧りながら、目を丸くして周囲を見渡す。
『もっきゅ……!(いや、完全に私たちが美食の神として信仰対象になってるじゃないの! 脳筋どもの胃袋を掴むって恐ろしいわね!)』
「チッ……どいつもこいつも、アタシの可愛い娘に気安く群がりやがって」
「フォッフォッフォ。落ち着けエルザ。我がギルドからこれほど愛される英雄が出たのじゃ、わしの指導の賜物よ」
「アンタ、大事なところでギックリ腰になって転がってただけでしょ!」
大剣に手をかけて周囲を威嚇するエルザママと、担架の上でドヤ顔を浮かべるギデオンさん。
そんな賑やかな声が、平和な夕暮れの街に響き渡っていた。
***
お祭り騒ぎが少し落ち着いた頃、ギルドの解体所にて。
私は愛用している『ミスリルのナイフ』を、ベテランの老解体師さんにメンテナンスしてもらっていた。
「……嬢ちゃん、ひどい手をしてるな」
老解体師さんは、私の小さな手にある無数のタコや古い傷跡を見て、そっと目を伏せた。
そして、ピカピカに磨き上げたナイフを私に手渡すと、皺くちゃの顔で優しく笑ってくれた。
「これからは、自分が旨いものを食べるためにこの刃を使いな。あんたはもう、誰の荷物持ちでもない、この街の立派な英雄なんだからよ」
「おじいさん……っ。はいっ!」
私は涙ぐみながら、温かなナイフを大切そうに胸に抱いた。
ギルドを出た夕暮れの広場で、私は報酬として前払いされた数枚の銀貨をぎゅっと握りしめる。
「アノマロちゃん、ノア。私……お買い物してもいいかな?」
屋台から漂う、甘く焼けた砂糖とバターの匂い。
私が初めて自分のお金で買ったのは、真っ白なクリームと果実がたっぷり詰まったクレープだった。
「はい、アノマロちゃんも、あーん」
『もっきゅ〜♪(んんっ、うまっ! 高純度の糖分と脂質がミトコンドリアに染み渡るゥゥ!)』
アノマロちゃんがパクッと一口齧りつき、幸せそうに前部付属肢をパタパタと揺らす。
「あまーい! えへへ、すっごく美味しいね!」
『ニャゥ〜ン』
ノアも尻尾を揺らして、私の指についたクリームをペロリと舐めた。
ただ甘いお菓子を買って、大好きな家族と半分こする。
かつて石のような黒パンをかじり、泥水をすすってきた私にとって、それはどんな魔法よりも奇跡のような、甘くて優しい味だった。
***
――その夜。
ギデオンさんの全額奢りで用意された、高級宿の最上級スイートルーム。
「失礼いたします! 夜食用のフルーツ盛り合わせをお持ちしましたぁぁっ!」
勢いよく飛び込んできた専属受付嬢のアイリスさんに、私は壁に貼られた世界地図を指差して尋ねた。
「ねえアイリスさん。次はこの青い『海』ってところに行ってみたいな。塩味の不思議な生き物がいっぱいいるんですよね!」
「王都の先にある『港塞都市パール』ですね! お魚にカニやエビ、タコなどの海産物が目白押しですよ! けれど、巨大なクラーケンや海竜など凶暴な海魔物もウヨウヨしていて……特にクラーケンのお刺身は極旨だって、おじいちゃんが言ってました!」
(オーマイ、シーフード!!)
私の頭の上で、アノマロちゃんの『古代海洋生物』としての血が激しく騒ぎ出す。
(いいじゃない、海! 海中戦なら私の本来のホームグラウンドよ! どんな深海のバケモノだろうと、片っ端から活け造りと海鮮網焼きにしてやるわ!)
「わぁっ! アノマロちゃんもお魚食べたい? えへへ、いつか絶対に行こうね!」
ノリノリな気配を感じ取った私は、アノマロちゃんをひょいっと抱き上げた。
「ふぁ……なんだか、お腹いっぱいになったら眠くなっちゃった……」
私はフカフカなノアのお腹を枕にして、そのままベッドへとダイブする。アノマロちゃんをぬいぐるみのように両腕でぎゅっと抱え込んだ。
「……えへへ。アノマロちゃんとノアと、ママがいて……甘くて美味しいお菓子も食べて。私、今、すっごく幸せだよ……。おやすみ、私の騎士様……」
瞼を閉じると、すぐに温かな眠りの波がやってきた。
アイリスさんも「おやすみなさいませ、クロエ様……」と尊そうに拝みながら、静かに部屋の明かりを落として出ていった。
***
――クロエが完全に寝静まった、深夜のこと。
『もっきゅ!(ノア、ちょっと夜食の買い出しに行くわよ!)』
『ニャゥン(また食うのか)』
小腹が空いた私は、クロエの腕からそっと抜け出し、ノアの頭に乗って夜の街へと繰り出した。
「おっ、英雄の黒豹ちゃんと妖精様じゃねえか! ほら、川魚の串焼きだ、持ってきな!」と、夜市の親父たちからタダで貢がれ、ホクホク顔で夜食タイムを満喫する。
その帰り道だった。
ギルドの2階テラスで、月明かりの下、静かに酒を酌み交わしているギデオンとエルザの姿を見かけた。
「……なぁ、エルザよ。あの子の特異な体質、そしてあの妖精の力……女神の定めた『世界の理』から完全に外れておるぞ」
ギデオンの低く重い声に、エルザはジョッキを傾ける手を止めた。
「魔素を無尽蔵に喰らい、物理法則だけで厄災を捻じ伏せる異物。あのデタラメな力は……いずれ王都の『神の代行者』どもに目をつけられるじゃろう」
「……フッ、上等じゃない」
エルザはジョッキをドンッと欄干に置き、夜空に向かって不敵に笑った。
「神だろうが代行者だろうが、誰が来ようと関係ないわ。アタシの娘は、アタシが絶対に守り抜く。……それに、あの子にはあの頼もしい『ちっちゃな騎士様』が付いてるもの」
その言葉を聞いた私は、ノアの頭の上でフッと前部付属肢を組んだ。
(ええ、任せなさいエルザママ。神様だろうが何だろうが、私の可愛いクロエの平穏を邪魔するヤツは、全員まとめて物理でミンチにしてやるわ)
宿の部屋へと戻り、再びスヤスヤと眠るクロエの腕の中へと収まる。
トクン、トクン、と伝わってくる小さくて優しい鼓動。
「んぅ……えへへ……アノマロちゃん、お魚……おいしそうだね……」
『もっきゅ!(もう!夢の中でも食いしん坊なんだから!)』
私は愛おしそうに寝言を呟くクロエの頬を、パステルカラーの前部付属肢でそっと撫でた。
最後までお読みいただきありがとうございました!
これにて『ダンジョン捜索編』は無事に大団円となりました!
泥水をすすってきたクロエちゃんが街の英雄として温かく迎えられ、みんなで甘いクレープを分け合う姿に胸が熱くなります……。
そして夜のテラスでは、エルザママとアノマロちゃんの「何があってもクロエを守る」という固い誓いも描かれました。
次回からは、いよいよアノマロちゃんのホームグラウンドである海へ!【港塞都市パール編】が開幕するのか!?
「クレープを食べるクロエちゃんが尊い!」「次話も楽しみ!」と思っていただけましたら、ぜひページ下部の【ブックマーク】や評価の星【☆☆☆☆☆】で応援(ATP補給)していただけると執筆の大きな励みになります!
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