第91話(第24話) 暴かれた(?)新ダンジョンの秘密。
ジュワァァァァッ!
「うまい! なんだこの肉、噛むほどに力が湧いてくるぞ!」
「塩加減が絶妙だ! さすがクロエ嬢!」
つい先ほどまで絶望の死闘が繰り広げられていたはずの最深部は、今や香ばしい脂の匂いと冒険者たちの歓声に包まれていた。
私がミスリルのナイフでオーガ・ロードの極上肉を切り分け、岩塩とスパイスで味付けした特製ステーキを大盤振る舞いしているのだ。
「おい、魔術師! 鉄板の端のほう、もうちょっと温めろ!」
「バカ言え、ミディアムレアの火加減を崩したらクロエ嬢と妖精様に失礼だろ!」
爆裂魔法を準備していたはずの高位魔術師たちが自前の火炎魔法を保温用に使い始め、剣士たちは大剣を研いで肉の切り分けに没頭している。完全に食の欲望に屈した大宴会だった。
「……おかしい」
そんな喧騒の片隅。
ギックリ腰で担架に乗せられたギデオンさんだけが、ただ一人、険しい顔で空間を睨みつけていた。
「これほどの主が倒れたというのに、空間に充満する高濃度の魔素が、一向に晴れん……」
その重々しい呟きに、近くにいた魔術師たちがハッとして手を止めた。
「ま、まさか……まだ奥に真のボスが隠れているとでも!?」
「バカな、これ以上の化け物がいるってのか!?」
再び緊張が走りかけた、その時。
(……ギクゥッ!!)
私の隣でお肉を頬張っていたアノマロちゃんの複眼が、滝のような嫌な汗で曇った。
見上げる視線の先――エルザママが愛と狂気でブチ抜いた天井の大穴。
そのすぐ横の岩壁に、数日前の深夜、魔剤キメキメのハイテンションで『蓋をするのを丸ごとやり忘れた』カンブリア・ゲートの横穴が、ポッカリと口を開けていたのだ!
(ヤバい! ヤバいよヤバいよ! ママの落下衝撃波でカモフラージュの岩が崩れて、むき出しのゲートから私の実家(カンブリア深淵)の超高濃度魔素がダダ漏れになってるじゃん!)
(このままじゃ、魔力探査班の連中に『異常の発生源はこの穴です!』ってバレるのは時間の問題! 王都の騎士団がドドドッと私の実家に乗り込んでくる最悪の未来……ッ! 今度こそ秒で蓋しなきゃ!)
アノマロちゃんは咥えていたステーキを皿に置くと、私の背中の死角へとスササッと隠れた。
胃袋の奥底から、道中で食べてストックしておいた『スライムの残骸(炭酸カルシウム)』を引っ張り出し、体内の生体セメント(キチン・キトサン架橋樹脂)と超高速混練を開始する!
(弾道計算よし! ここに空気中の水分を反応させれば、着弾した瞬間に固まる『超速乾・湿気硬化型バイオ・シーリング材』の完成……って、待って!?)
アノマロちゃんの野生の勘がピカッと光った。
(お肉の保温で魔術師どもが『火炎魔法』を使いまくってるせいで、洞窟内の空気がカラッカラに乾燥してる! これじゃ加水分解の硬化スピードが間に合わない、シーリング材がダレて垂れちゃうわ! なにか……強力な潮解性(吸湿性)とミネラルを持つ『硬化促進触媒』は……ッ!)
ギリリと複眼を回したアノマロちゃんの視界に、キラリと光る小瓶が飛び込んできた。
私がステーキの味付けに使っていた、職人向け資材店で買ったばかりの『最高級・岩塩&ガーリックハーブミックス』だ。
(クロエ、ごめん! ひとつまみ借りるわよ!)
アノマロちゃんは死角からスッと前部付属肢を伸ばし、岩塩ハーブをひとつまみ吸引!
体内で、架橋樹脂、カルシウム、そして最高級の岩塩とスパイスが奇跡の化学反応を起こす。
(質量比7:3のバイオシリコーンに、吸湿性抜群の塩化ナトリウム&マグネシウムを触媒としてドーン! 名付けて『特製ガーリック&ハーブ風味バイオ・コーキング弾』! いっけぇぇぇ!!)
プシュッ! プシュッ! シュババババッ!
誰にも見えない音速スレスレの弾速で放たれた特製コーキング弾が、天井近くの横穴にスパーン! と正確に命中した。
岩塩のミネラルが周囲のわずかな水分を強引に引き寄せ、瞬時にガチガチに重合硬化。魔素の漏れ口をピタァッと完全封鎖した。
「……おおっ?」
担架の上のギデオンさんが、空気を嗅ぐように鼻をヒクつかせた。
「晴れたぞ……! 異常な魔素の気配が完全に消え去った! ……じゃがなんじゃ、このスパイシーな香りは!?」
「ほ、本当だ! 空間の淀みが消えて、天井からガーリックとハーブのいい香りが降り注いでくるぞ……!」
ざわめく冒険者たち。
その中で、ギデオンさんの鋭い隻眼だけが、香りの降り注ぐ天井と、私の足元で息を潜めるアノマロちゃんを交互に捉えた。
「……待てよ。この香り、先ほどクロエが肉に振りかけておった香辛料と全く同じではないか? そして、あの規格外の妖精……。まさか、意図的にこの空間の魔素源を……」
(ヒィッ!? おじいちゃん、Sランクの直感エグすぎない!? 完全にロジック繋がっちゃってるじゃん! バレる!!)
アノマロちゃんが冷や汗を滝のように流して硬直した、その時だった。
「あれっ、アノマロちゃん? どうしたの、口の周りにお塩がいっぱいついてるよ? もしかして、お塩そのまま舐めちゃったの?」
私はハンカチを取り出して、アノマロちゃんの口元に残っていた岩塩の粒を優しく拭ってあげた。
そして、ニコニコと極上のミディアムレアを差し出す。
「えへへ、そのまま舐めたらしょっぱかったでしょ。はい、お水! あと新しいお肉だよ!」
(ナイスパスよクロエ! ここはひたすら愛玩動物ムーブで乗り切るわ!)
『も、もっきゅぅぅ〜ん♡(しょっぱかったですぅ〜! お肉おいちい〜♡)』
アノマロちゃんは私の腕にすりすりと顔を擦り付け、あざと可愛い声を上げてお肉にパクついた。
それを見たギデオンさんは、ふっ、と毒気を抜かれたように息を吐き、自嘲気味に首を振った。
「……いや、まさかな。あんな食いしん坊の愛らしい妖精が、そんな隠蔽工作などするはずがないか。……となれば、消去法で答えは一つじゃな」
ギデオンさんは深く頷き、大剣を傍らに置いて豪快に肉を頬張っていたエルザママを真っ直ぐに見つめた。
「エルザよ、お主が天井を突き破った衝撃波で、ダンジョンの『魔力核』までまとめて粉砕したようじゃな! ……さすがは我が弟子、恐ろしい女よ!」
「……んぐっ? あ、あぁ……ええ、そうよ! 当然じゃない! ママの愛の炎は、とっても……スパイシーなのよ!」
(絶対なにも分かってないドヤ顔である)
「おおおぉぉっ! さすが『剛剣』のエルザ様だ!」
「俺たちの命の恩人だ! エルザ様とクロエ嬢に乾杯!!」
冒険者たちがワッと歓声を上げ、再び大宴会が爆発的に盛り上がった。
「よかったね、アノマロちゃん! ママのおかげでダンジョンも安全になったし、お肉も美味しいし、最高だね!」
『ニャゥ〜ン(まったくだ)』
『もっきゅ……!(ふぅぅぅ、寿命が縮むかと思ったわ……! でもま、ガーリック風味の完全密閉シーリングも決まったし、これでもう二度と実家の連中が漏れることはないわね!)』




