第90話(第23話) ママのダンジョン・スピードラン。
「ど、どういうことですか!? 新ダンジョンに向かったレイド部隊の魔力反応が、完全に消失したって!?」
「高濃度の魔素で外部からの探知が完全にシャットアウトされています! まるでダンジョンそのものが世界から切り取られたみたいに……ッ!」
時間を少しだけ遡る。
冒険都市『リグ』の冒険者ギルドは、阿鼻叫喚のパニック状態に陥っていた。
飛び交う怒号と悲鳴。そこへ、バンッッ!! と分厚いオーク材の扉が外側から木っ端微塵に砕け散った。
「――ウソでしょ!?」
王都から文字通り山を幾つも跳び越え、不眠不休で駆けつけてきたAランク冒険者、エルザである。
「ひぃっ!? えっ……エルザ姉様!?」
悲鳴を上げたのは、ギルドマスター・ギデオンの孫娘であり、エルザを姉のように慕う受付嬢のアイリスだった。
「アイリス! 今の報告、どういうこと!? アタシの可愛いクロエはどうなったのォォッ!?」
エルザは受付カウンターを両手でガシィィッ! と掴み、アイリスに詰め寄った。メキメキ……と、大理石のカウンターに恐ろしいヒビが入っていく。
「あわわわわ! 姉様、落ち着いてください! 空間遮断か、強烈な魔素干渉の可能性が……とにかく、新ダンジョンに入った直後、おじいちゃん……ギデオン様を含めた部隊全員の魔力反応がプツンと消えて……っ!」
「消えたァ!? あのジジイ、アタシの娘を連れ出しておいて何やってんのよォォォッ!!」
「ひぃぃっ! 『剛剣』のママがブチギレたぞー!」
「全員退避ー! 巻き込まれる前に酒場から逃げろォォ!」
魔物よりもエルザを恐れたベテラン冒険者たちが、蜘蛛の子を散らすように窓や裏口から逃げ出していく。
アイリスを涙目でガクガクと揺さぶった後、エルザは血走った目でバッと振り返った。
「待ってなさいクロエ、ママが今すぐ助けに行くからね!!」
ドゴォォォンッ!!
エルザが床を蹴った瞬間、ギルド内に局地的な暴風が吹き荒れる。
「あぁぁぁ……! しゅ、修理代はおじいちゃんのツケにしておきますからぁぁっ!!」というアイリスの悲鳴を置き去りに、赤い弾丸は『迷いの森』へと射出された。
***
数分後。指定座標に到着したエルザは、息を呑んで立ち尽くした。
「……どういうこと? ダンジョンの入り口なんて、どこにもないじゃないッ!」
目の前にあるのは、鬱蒼と茂る原生林と断崖絶壁。
それもそのはず。入り口は分厚い苔でカモフラージュされている上、内部から漏れる高濃度魔素が探知魔法をすべて弾いているのだ。
「ふざけるな……空間隔離結界!? どっちでもいいわ、入り口が見つからないなら……ッ!!」
ギリッ……! とエルザの奥歯が鳴る。彼女は背中の大剣を引き抜くと、真っ赤な闘気を爆発させた。
「見つかるまで、森ごと削り飛ばすまでよォォォォッ!!」
ズバァァァァァァァンッッ!!!!
エルザが大剣を一閃した瞬間、真空の刃が暴風となって森を襲う。樹齢数百年の大樹が雑草のようにへし折られ、空高く吹き飛んでいく。もはや自然災害。親バカゆえの暴走である。
「クロエ! どこなのクロエェェェッ!」
半泣きで森を更地に変えていた、その時だった。
――ドズゥゥゥゥンッッ!!!
「……っ!? 今の揺れ、地面の中から!?」
エルザの野生の直感が、はるか地下から伝わってくる『異常な熱波』と『尋常ではない質量プレス』を感知した。
さらに、かすかに探知できたギデオンの魔力が、急速にゼロに向かって消えかけているではないか(※ギックリ腰で悶絶したためである)。
「……あのジジイの魔力が消えた? まさか……クロエの身に最悪の事態が……ッ!!」
ブチッ。
エルザの中で、理性のタガが千切れる音がした。全身から極彩色の闘気が噴き出し、周囲の空気が重圧で悲鳴を上げる。
「……入り口がないなら、上からブチ抜けばいいだけの話ね」
エルザは大剣を逆手に持ち、切っ先を大地へと向けた。莫大な闘気がドリル状に渦を巻き、岩盤を激しく抉り始める。
「待ってなさいクロエ!! ママが今ッ、助けてあげるからねェェェッ!!!!」
ドゴォォォォォォォォンッッ!!!!
エルザ自身が人間ドリルと化し、分厚い岩盤を物理的に粉砕しながら地底の最深部に向かって垂直落下していく。
『ギ、ギャアァァッ!?』
通過ルート上にいた中層の変異モンスター群が、何が起きたか分からぬまま、頭上からの物理ドリルによって一瞬で粉砕されていく。何十メートルもの岩の層を、愛と狂気だけでぶち抜く赤い流星。
そして――。
ズズンッ!! ズズズズズズンッ!!
「クロエェェェェェェッ!!! ママが助けに来たわよォォォォォォッ!!!!」
最深部の天井の岩盤を吹き飛ばし、瓦礫の雨と共に、真っ赤な髪を振り乱した鬼神が着地した。
目の前には無惨に倒れる仲間たちと、絶望する娘の姿……。
ではなく、土煙が晴れた後、鬼の形相のエルザさんの目に飛び込んできたのは――。
「あ、いっ、いぃぃぃ……っ、腰がァァァ……」
なぜか激痛に耐えながら地面を転げ回っている、師匠にして『剣鬼』ことギデオンさんと。
「マ、ママ……!? どうして天井から降ってきたんですか!?」
無傷でキョトンとしている私。
そしてその目の前には、食欲をそそる香ばしい匂いを放つ、巨大な『オーガ・ロード(ミディアムレア・ステーキ)』が鎮座していた。
「…………あら、ヤダ?」
エルザさんの極上の殺気が、シュンッ……と情けない音を立てて消え去った。
「……師匠? 一体何があったのよ、その無惨な格好は!?」
「お、落ち着いて話を聞けエルザ……。わしの連撃でオーガの下ごしらえは完璧に済ませたのじゃ……だが腰が……腰が逝ったのじゃ……」
「紛らわしい魔力の消し方しないでよこのジジイィィッ!!」
エルザさんがギデオンさんに怒鳴り散らしている横で、私の腕の中には、力を使い果たしてスルメみたいにシワシワになったアノマロちゃんが抱き抱えられていた。
「アノマロちゃん、お腹空いて干からびちゃったの……っ! 待ってて、すぐにご飯にするからね!」
私はミスリルのナイフでオーガステーキから極上の肉汁が滴る部分を切り出し、シワシワのアノマロちゃんの口元へと押し当てた。
(もきゅ! 熱力学的平衡を無視したこの極上メイラード肉汁! グルタミン酸とイノシン酸の相乗効果で、私のミトコンドリアが一瞬で過給されるぅぅ!)
じゅるるるるるっ!! カッ!
肉汁を吸い込んだ瞬間、アノマロちゃんはパステルカラーの光を放ち、『もっきゅぅぅぅっ!』という歓喜の声と共に一瞬でプリプリのボディを取り戻した。
「ちょっとクロエ!? その妖精ちゃん、肉汁で生き返るの!?」
「はい! 美味しいお肉を食べればすぐ元気になりますよ!」
「そ、そうなのね……」
そこへ、最深部の轟音を聞きつけ、後方で待機していたレイド部隊の面々も決死の覚悟で飛び込んできた。
彼らが覚悟していたのは、厄災級ボスとの絶望的な死闘。しかし目の前にあるのは、五メートルの鉄板に乗った巨大な焼肉だった。
「……なんだこれは。爆裂魔法で消し炭にするんじゃなかったのか……?」
「いや、火加減が絶妙だぞ……!? なんだか、暴力的にうまそうな匂いまでする……!」
「あ、みなさんお疲れ様です! アノマロちゃんがお肉を焼いてくれたので、冷めないうちに一緒に食べましょう!」
私が職人向け資材店で買い込んでいた岩塩と各種スパイスを取り出し、ステーキにパラパラと振りかける。凶悪なほど良い匂いが洞窟内に充満した。
「……よし、俺の火炎魔法で鉄板の保温を手伝おう」
「ああ、食おう。誰かエールかワインは持ってないのか?」
「お前ら、ちょっと待て……変異オーガって食って大丈夫なのか……?(ゴクリ)」
極度の緊張から解放された高ランク冒険者たちは、武器をナイフとフォークに持ち替え、次々と特大ステーキの周りに群がり始めた。
「あーっ! ちょっとアンタたち、その一番美味しい『シャトーブリアン(ヒレの中心部)』はうちのクロエの分よ! 勝手に手を出したらぶっ飛ばすわよ!」
『もっきゅー!!(そうよ! 勝手に食べるな脳筋ども! 私が命懸けの三分間クッキングで焼いた極上部位なんだから、まずはクロエと私によこしなさい!!)』




