第89話(第22話) アノマロちゃんの、三分クッキング♪
『モッキュゥゥゥゥゥゥッッ!!!』
地盤を揺るがすような重低音の咆哮と共に、最深部を白く染め上げていたパステルカラーの閃光が晴れた。
突如として膨れ上がった未知の威圧感に、私へ振り下ろされようとしていたオーガ・ロードの溶岩の拳がピタリと止まる。
ギックリ腰で倒れるギデオンさんと、私を庇うように立ち塞がっていたのは――体長五メートルはあろうかという、巨大なアノマロちゃんの姿だった。
パステルカラーの愛らしい色合いはそのままに、流線型のフォルムと幾重にも重なる強靭な甲殻を纏っている。鳴き声こそいつもの「もっきゅ」だが、その迫力は完全に神話の怪獣のそれだった。
(ふぅ……高濃度魔素のおかげで、なんとか『本来のサイズ』に近いところまで戻れたわね。でも、地上での巨大化は燃費が最悪……活動限界(ATP)は、もって【三分間】ってところね!)
「な、なんじゃあれは……!? あれが、あの小さな妖精の真の姿だというのか……!?」
激痛で身動きが取れないギデオンさんが、冷や汗を流して戦慄する。
『ゴルルルルルァァァッ!!』
オーガ・ロードが咆哮を返した。怯むどころか、その口内に周囲の岩盤すら蒸発させるほどの『超高熱のマグマ』を圧縮し始める。
(ただの殴り合いじゃ済まないってわけね。いいわ、受けて立つ!)
ゴォォォォォォォォッ!!
オーガの口から、極太のマグマの熱線が放たれた。
(カロリー無制限! 多重進化・耐熱装甲モード!)
ガシィィッ!
アノマロちゃんは巨大化した前部付属肢を交差させ、オーガの熱線を分厚い甲殻で真っ向から受け止めた。
『クロエ! 今よ! 買ってきたアレを出して!!』
「うん、わかった!! ノア、手伝って!」
『ニャァァッ!』
私はノアの背中に積んでいた荷物を解き、職人向けの超大型資材を放り投げた。
「まずは『超耐熱布』!」
バサァッ! と広げられた巨大な特殊布をアノマロちゃんが空中でキャッチし、オーガと私たちの間にシールドのように展開する。これで熱線も火の粉も完全に防げる。
「次は、純度100%の『ミスリルコーティング特大鉄板』!!」
私がノアの背中から下ろした巨大な円筒形の束を、ノアが前足で力強く蹴り飛ばす。
ガシャシャシャシャッ!! ガゴォォォォンッ!!
空中でロール状の金属板が展開し、一瞬にして五メートル四方の巨大な一枚の鉄板へと組み上がって、ズシンッと地面に設置された。
――ピコンッ、ピコンッ、ピコンッ……!!
その時。アノマロちゃんのパステルカラーの甲殻が、カラータイマーのように赤く明滅し始めた。
(くっ、ATPの消費がエグい! 活動限界まであと一分!!)
焦るアノマロちゃん。
だが、その隙を突くように、耐熱布の裏側に隠れていた『招かれざる客』が動き出した。
「ゲヒヒッ! 今だ!」
岩陰から飛び出してきたのは、ザックたち悪徳パーティと元受付のリックスだった。彼らは魔力を持たない無防備な私へ向けて、凶刃を振り上げる。
「死ねやぁッ、欠陥品!!」
だが――アノマロちゃんの複眼は、そのコバエどもの姿を冷酷に捉えていた。
(……チッ。ちょうどいい『誘導標識』にさせてもらうわ)
シュッ!!
アノマロちゃんの口から、ザックたちの全身へ向けて無色透明の液体がピンポイントで噴射される。
「あ? なんだこの肉が腐ったような汁……臭ぇっ!?」
(超濃縮ヘイトフェロモン。暴走したオーガが『世界で一番食欲をそそられる匂い』よ)
ピタッ。
オーガ・ロードの動きが止まった。マグマのように赤く血走った眼球が、アノマロちゃんではなく、鉄板の直線上の奥にいるザックたちへとギョロリと向けられる。
『ゴルルルルルルァァァァァァァッッ!!!!』
「「「……え?」」」
ターゲットを完全に変更したオーガが、よだれを撒き散らしながら猛然と襲いかかってきた。
「ひ、ひぃぃぃぃぃッ!? なんで俺たちに来るんだァァァッ!!」
無様に泣き叫んで逃げ惑う悪党たち。だが、アノマロちゃんはそのオーガの突進の動線を、完璧に計算し尽くしていた。
(よし! 鉄板の真上を通過する……今よ!!)
『モッキュゥゥゥッ!!(お肉が反り返らないように、上からミートプレス!)』
ドズゥゥゥゥンッッ!!!
オーガが五メートルの鉄板のど真ん中を踏み抜いた瞬間、上空から五メートルのアノマロちゃんの全体重プレスが炸裂した。
『ゴアァァァァッ!?』
(ボス自身が発するマグマの熱量を、熱伝導率最強のミスリル鉄板に反射させて……中身を焦がさず、表面だけを一気に焼き上げる!)
ジュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!
熱力学の法則に従い、オーガ自身の高熱によって分厚い肉塊が凄まじい勢いで焼き上がり、極上のロースト臭が洞窟内に充満していく。
(ギデオンのおじいちゃん、刀が溶けないように莫大な魔力で刃を断熱コーティングしながら神速でスジ切りしてくれたのね。そりゃあ腰椎も限界突破するわ……最高の下ごしらえに感謝よ!)
そして、その質量プレスと急激な熱移動によって生じた超高圧の『爆風』と『熱波』は、鉄板の先で逃げ惑っていたザックたちを真正面から飲み込んだ。
「あ、あぢちちちちッ!?」
「いやだぁぁぁ! ギャァァァァァッ!!」
圧倒的な食物連鎖の頂点を見せつけられ、彼らは絶望と後悔の悲鳴を上げながら、洞窟の入り口の彼方へと錐揉み回転して吹き飛んでいった。無慈悲な『調理の巻き添え(ゴミ掃除)』である。
――ピコンッ、ピコンッ、ピィィィィィィ……!!
(残り十秒! 仕上げのフランベよ!)
ゴォォォォォォッ!!
――そして、タイムリミットの三分が経過した。
(調理、完了ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!)
アノマロちゃんが鉄板から飛び退く。
そこには、外はカリッと香ばしく、中は極上のミディアムレアに仕上がった『超特大オーガ・ステーキ』が完成していた。
(燃え尽き……た……わ……)
プシュゥゥゥ……。
エネルギーを使い果たしたアノマロちゃんは、風船が萎むように急激に縮み、干からびたスルメのようにシワシワになって、私の腕の中へポスッと落ちてきた。
「ア、アノマロちゃん!? 大丈夫!?」
『もきゅ……(お肉、冷めないうちに……切り分けてね……)』
「な、なんじゃったんじゃ……今の三分間は……?」
腰を押さえて事の顛末を見ていたギデオンさんは、完全に思考が停止し、口から魂が抜けかけていた。
――その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!!
突然、最深部の分厚い岩盤の天井が、地震のように激しく揺れ始めたのだった。




