第9話 マイホームが時限爆弾!? 激怒のサマーソルト店長降臨!
ん、んんぅ? なんか、息苦しい……?
快適すぎる温泉床暖房のぬくもりに包まれて、すやすやとQOL爆上げのニート睡眠を貪っていた私は、全身の化学受容器がガンガンに鳴らすアラートで目を覚ました。
おかしい。私のマイホームは、バイオセメントで隙間を埋めた快適空間のはず。
なのに、シェルターの床下から、何やら生温かくて不穏な『気泡』がボコボコと湧き出してきている。
獲得したばかりの複眼を凝らし、さらに体表の化学受容器で水中の溶存ガス成分をスキャンした瞬間、私の中の生物オタクニューロンが一瞬にして叩き起こされた。
げ、げほっ……!? なにこれ、まじで臭い!!
温泉の心地いい硫黄臭とかいうレベルじゃないんですけど!
これ、ガチで高濃度の硫化水素(H2S)とメタンガス(CH4)じゃん!!
ちょ、ちょっと待って!
なんで私の快適なマイホームが、一瞬にして「昭和の肥溜め」みたいな有毒ガス充満室になってるの!?
焦る脳細胞をフル稼働させて、この大惨事の因果関係を高速でシミュレートする。
……あーーー。
う、うどんを……監禁して食いすぎた……!?
線虫は本来、泥の中の有機物や腐敗したゴミ(デトリタス)を食べて掃除してくれる、生態系において極めて重要な『分解者』だ。
それを、私が「全自動・流しうどんシステム」で一網打尽にして生け簀に拉致監禁し、片っ端から貪り食いまくった。つまり、このエリアの泥地から「分解者」が一時的にほぼ絶滅してしまったのだ。
そこに、私が設置した「天才的な温泉床暖房」。
これが、分解者を失って腐植質が堆積しまくった泥地を、下からかつてないほど「保温・加熱」してしまった。
好気性の分解者が不在のまま、温度だけが急上昇した無酸素の堆積有機物――そこに起きる現象は、ただ一つ。
硫酸還元菌やメタン生成菌による、嫌気性の『異常発酵(腐敗)』が始まっちゃったんだよォォォ!!
床暖房の熱のせいで泥の中のヘドロが爆発的に発酵し、メタンと硫化水素がボコボコと大量発生している。
しかも、泥と粘液で作っただけのDIY物件だ。床下から突き上げてくるガスの圧力までは防ぎきれない。発生した有毒ガスは、床の隙間からブクブクとダイレクトにシェルター内へ漏れ出してきている!
メタンは水中で引火しないからまだいい! 問題は一緒に溶け出している『硫化水素』の方だ!!
私の高速化した頭脳が、即座に最悪の死因を弾き出す。
こいつは、ミトコンドリアの電子伝達系(シトクロムcオキシダーゼ)を阻害して、細胞呼吸を強制シャットダウンさせる青酸カリ並みの猛毒じゃん!!
家が壊れるとかそういう次元じゃない。このままじゃ数分で、私が普通に『化学的窒息死(毒死)』する!
生存確率0%の宣告、ここで「自宅の床暖房による自爆テロ」みたいな形で回収されるとか、絶対に嫌ァァァーーー!!
自分で作った快適なニートハウスが、まさか自家製の「猛毒ガス室」に変貌するなんて、生態学的に自業自得すぎて笑えない!
換気! 換気ィ!! 猛毒ガスと汚染水を逃がすバイパスを掘るんだよっ!
私は大付属肢をピッケル代わりにし、マイホームの奥の壁――玄武岩のクラックを塞いでいる泥の層を、ガシガシ、ガシガシと狂ったように掘り進め始めた。
ヨホイアのキチン質の爪は、泥を掘削するには十分すぎる強度を持っている。
いそげ! いっそげ! 私の細胞が窒息する前に、ガスを外の地底湖へ逃がすんだ!
ふんぬぅぅぅ! 節足動物の意地を見せてあげるーーー!!
必死に泥を掘り返し、目の前の泥の壁を突き崩した、その瞬間。
ズシャァァァッ! と、泥の壁がさらに奥の空洞へと崩落した。
同時に、私の化学受容器に、脳髄がとろけるほどの「甘くて特濃なアミノ酸」の匂いが、津波のように押し寄せてきた。
は、はにゃあぁぁ……♡ なにこれ、ものすごいアミノ酸スープの匂い……!
泥を掘り抜いた先。そこには、泥地のさらに奥深く、地熱によって絶妙に温められた魔力溜まりの裂け目――『地熱スリット』が広がっていた。
そして、私の乱獲から必死に逃れ、この奥地に避難していたマナ線虫たちが、高密度にひしめき合って極上の「特濃うどんの煮込み鍋」のような、とんでもないアミノ酸オアシスを形成していたのだ。
ひゃっほう! 特濃うどんスープの発見だ! 災い転じてなんとやらじゃん!
あまりに美味しそうなアミノ酸の匂いに、さっきまでの毒死の恐怖を一瞬で忘れ、私は大付属肢をそのスリットに突っ込んで啜ろうとした。
――直後。
進化したばかりの私の「複眼」と「感覚剛毛」が、その特濃スープの奥底から迫る、この世の終わりのような「激しい水圧のうねり」を捉えた。
泥の奥から、ボウッと不気味な青い魔力の光を放ちながら、ヌルリ、と姿を現す巨大な影。
それは、円筒形の胴体の先端から複数の太い毒触手をヒラヒラとうねらせ、その表面に獲物を一撃で麻痺・壊死させる致死性の『刺胞(毒針)』をびっしりと並べた、ミクロの多頭竜。
魔力強化型刺胞動物――『ギガ・ヒドラ』……っ!!
体長は優に5センチ。
体長1.5センチの今の私からすれば、3倍以上の体長と数十倍の質量を持つ超巨大な大怪物が、そこに鎮座していた。
あ、ヤバ。
食べ放題のテーブルマナー違反(乱獲)で、ガチギレした地獄の店長が出てきた……っ!
そうなのだ。この地熱スリットこそが、この泥地エリアの本来の支配者である「ヒドラ」のメインの狩場。
私が入り口側で「うどん」を乱獲しまくったことで、主食を横取りされた店長はすでに飢えて怒り狂っていた。そこに加えて、私が掘り抜いた「ガス抜きの穴」から、犯人の『体液(アミノ酸)』と『硫化水素』がダイレクトに店長の顔面へと吹き込んだのだ!
「シャアァァァァッ!!!」
無音の地底湖に、ヒドラの怒りの魔力波長がビリビリと響き渡る。
激怒したヒドラは、自ら岩盤にくっついていた「足盤」をベリッと剥がした。そして、信じられない方法で私に向かって大移動を開始した。
ちょ、えっ!? なにその動き!? 嘘でしょォォォ!!
ヒドラは、複数の毒触手を泥の地面にガシッと突き立てると、自分の「お尻(足盤)」を水中へと高く跳ね上げ、ぐるんと前転(宙返り)をするように前進してきたのだ。
触手をついて、お尻を上げて、宙返り。お尻をついて、触手を上げて、また宙返り。
ヒドラ特有の移動生態――驚異の『サマーソルト(でんぐり返し)大移動』である!
ボッコン! ボッコン! と、体長5センチの巨体が宙返りをするたびに、地底湖の泥が激しく巻き上がり、凄まじい地響きのような圧縮波が私の全身の剛毛を震わせる。
野生の凶暴性と、生物学的にシュール極まりない宙返り移動が合わさった、悪夢のようなビジュアルの超巨大多頭竜が、猛スピードで私に向かって迫ってくる!
いや、まじで怖い怖い怖いいい!!
私換算で十数メートル級の多頭竜が、でんぐり返しで突っ込んでくるとか、どんなB級ホラー映画だよォォォ!!
私は慌てて遊泳脚を逆噴射させ、掘ったばかりの泥の穴からバックステップで飛び退いた。
しかし、激怒した店長の追跡は、私の想像を遥かに超えていた。
ボッコン!!!
サマーソルトで飛んできた凄まじい質量が、私の「温泉マイホーム」の真上に直撃した。
その巨体と触手の破壊力は圧倒的だった。私がギガ・シリアータの殻とバイオセメントで、一生懸命、丹精込めて建てたばかりのマイホームが――。
バキバキバキバキッ!!!
あ、あああ……っ! 私の……私の、温泉床暖房付きニートハウスがぁぁぁ!!
ペリクルの柱はへし折られ、バイオセメントの壁は引き裂かれ、床下の熱水整流石はバラバラに吹き飛ばされた。流しうどんスリットも、生け簀も、すべてが一瞬にしてガラクタの廃墟と化していく。
泥煙が晴れた、我が家の廃墟のど真ん中。
体長5センチの巨大ヒドラが、無数の毒触手を我が物顔で蠢かせながら、恐るべき絶対的支配者の威容でそこに降臨していた。
ひらり、と。
玄関に飾っていた、私の思い出の「ノープリウス時代の小さな抜け殻(表札)」が、無惨に真っ二つに千切れて目の前に舞い落ちてくる。
それを見つめた瞬間。
私の中の何かが、ぷつりと切れた。
よくも……よくも……よくも、よくも、よくも、よくもぉぉぉ!!
一括返済(DIY)で建てた私の夢のマイホームをォォォ!!
ブチギレたヨホイア(1.5センチ) vs ブチギレた地獄の店長・ヒドラ(5センチ)。
地底湖の廃墟の上で、仁義なき「マイホーム破壊・賠償請求バトル」のゴングが、今、高らかに鳴り響く!




