第10話 ボス狩り?ううん、無限ビュッフェで進化♡
「キ、キェェェェエエエエッ!!!」
マイホームの残骸の上で、体長五センチの多頭竜——魔力強化型ヒドラが、おぞましい魔力の咆哮を上げながら、無数の太い毒触手を蠢かせていた。
複眼の解像度を最大に上げてズームすると、触手の表面にびっしりと並んだ超微小毒針——『刺胞』が、今か今かと射出の圧力を高めているのがハッキリと見える。
プランクトンから見れば、まさに一撃必殺の死神。
対面しただけで本能が恐怖に震え、泡を吹いて気絶するレベルのエリアボスだ。
だが、せっかく建てたばかりの「温泉付き床暖房マイホーム」を一瞬でバキバキのスクラップにされた私の怒りは、すでにそんな生物学的本を完全にオーバーフローしていた。
よくも……よくも私の思い出の殻を粉砕してくれたね……っ!
ニートの睡眠を邪魔する奴は、親だろうがポンコツ女神だろうが、自然淘汰してやるよォォ!!
「ギギギ、シャァァァァッ!」
ヒドラが怒り狂い、一斉にその触手を私に向けて突き出してきた。
次の瞬間、ポンッ、ポンッ、ポンッ! と激しい水流の破裂音と共に、数千、数万という致死性の猛毒刺胞が、雨あられと私に向かって射出される!
避ける? 逃げる? ううん、必要ない。
カツゥゥン……!
無数の毒針が私の全身に激突し、乾いた硬い音を立てて弾け飛んでいく。
一本、また一本と、ヒドラ自慢の必殺の毒針は、私の体を一ミクロも傷つけることなく、むなしく水中に沈んでいった。
「きゅいっ?」
あれれ〜? もしかして、今の全力攻撃のつもりだったりする〜?
私は大腕をカチカチと鳴らし、ケラケラと笑い声を上げた。
残念だったね!
私のこの外骨格はね、キチン質なのっ!
顕微鏡レベルのペラペラな物理針じゃ、爪楊枝代わりにもならないんだよっ♡
ヒドラが信じられないといった様子で、複数の頭(触手)をワナワナと震わせる。
現実、ヒドラの刺胞は、柔らかい細胞膜を貫通するように進化している。
だが、ヨホイア形態へとアップデートし、キチン質外骨格をカチカチに硬化させた今の私にとっては、ただの微風にすぎない。
これぞ【完全物理シャットアウト】!
今度は私の番ね。……お返し、いっちゃうよっ!
私は十対の鰭状の脚を力強く蠢かせ、ハチミツのようにドロドロとした低レイノルズ数の水を鋭く切り裂いて突撃した。
逃げる間も与えず、ヒドラの眼前に肉薄。そして、シャキィィィン! とトゲ付きの大腕を高速展開し、ヒドラの毒触手の束を、正面からガシィッ!!! と力強く掴み取った。
「キ、ギギッ!?」
捕まえたっ☆ 潰れちゃえぇぇ!
大腕を、ギチギチと力を込めて締め上げる。
キチン質のトゲがヒドラの柔らかい触手に容赦なく食い込み、
――プチッ、プチ、ブチィッ!!!
「ギャアァァァァアアアッ!?」
ヒドラの悲鳴のような魔力波が地底湖に木霊する。
大腕の圧倒的なパワーによって、ヒドラの触手は根元から力づくでねじ切られ、水中にドロドロとした青い魔力の血が舞った。
しかし、さすがは『魔力強化型ヒドラ』。
ねじ切られた傷口から、未分化の全能性幹細胞(iPS細胞)がボコボコと狂ったようにうごめき始め、ものの数秒で、新しい触手が完全に「再生」していく。
あはは、すごいすごい!
切った瞬間から、テロメアのエラーも起こさずに超高速で細胞分裂して再生してやがる!
現代の再生医療の研究者がこれを見たら、ショックで泡吹いて卒倒するレベルの超常再生能力じゃん!」
狂喜する私の脳が、冷徹な計算力を伴って、この最凶ボスの特性を「ハック」する。
再生する。
切っても、切っても、未分化の細胞から全く同じクローン個体が生えてくる。……ってことは、さ。
これ……『無限おかわり自由の経験値ビュッフェ』じゃん……!!
ひらめいちゃった。
理系JKの、最高に悪魔的で、最高にQOL(生活の質)を高める「持続可能な捕食ロジック」が!
よーし! マイホームを壊された慰謝料代わりに、ここで『私専用・無限ヒドラ養殖プラント』を建設しちゃいまーすっ♡
私は破壊されたマイホームのキチン質コンクリートの残骸を大腕で回収し、玄武岩のクラック(岩の隙間)の細いスリットに、ヒドラの本体をガチガチに閉じ込めた。
物理的に身動きが取れなくなったヒドラを前に、私は大腕をカチリカチリと鳴らす。
はい、それじゃあ一日の収穫量を決めましょうね!
今日は触手三本分、いただきまーす!
ズバシュッ!
大腕でヒドラの触手を切り刻む。切り刻まれた肉片は、地底湖の魔力とヒドラの全能性幹細胞によって、その場でみるみるうちに新しい「ミニ・ヒドラ」へと再生・増殖していく。
それを、私は円座状の口で、チュールを吸うように、ジュルルルルル、チューーーーッ!!! と貪り食う。
ん〜〜〜〜っ!
特濃アミノ酸スープまじウマい!!
魔力マシマシで脳汁ドバドバなんですけどォォォ!!」
「ギ、ギィィィ、ィ、ィィ……(ガタガタガタガタ)」
切り刻んでは再生させ、美味しいDNAと魔力だけをチューチューと吸い尽くし、また再生させる。
不老不死を誇る地底湖の絶対支配者が、生まれて初めて「無限に生かされ、無限に喰われ続ける」という、地獄以上のサステナブル捕食システムの家畜へと転落した瞬間である。
見てる、ダーウィン先生!?
私、ついに「サステナブルハック」を完成させちゃったよ!
どれほどの時間、その「経験値ビュッフェ」を満喫しただろうか。
捕食を繰り返すうち、私の全身の細胞が、これまでにないほど激しく熱を帯び始めた。
シナプスが急膨張し、体内の魔力因子が限界突破してオーバーフローを起こす。
ヨホイアの漆黒のボディが、パステルカラーの眩い光に包まれていく。
キタ……!
成長限界(燃費の壁)の臨界点を、ヒドラの不老不死DNAが完全にブチ破ったんだ……!
【獲得DNA】
・『超速自己修復』:細胞分裂の全能性をコピー!
・『刺胞(毒触手)』:触手を伸ばして物理的にハッキングする神経毒デバイス!
「バキ、バキバキバキバキッ!!!」
私の全身を覆うキチン質の殻が、溢れ出す圧倒的な生命エネルギーによって、内側から一気に割れた。
光の中で、私の身体はさらに大きく、さらに「奇妙で美しく」リビルドされていく。
一・五センチ。
三センチ。
そして、一気に【五センチ】へ!
脱皮の光が収まったとき。
私の頭部には、パステルカラーに輝く「5つの複眼」が王冠のように並び、口元からは、自在に伸縮する
象の鼻のような「蛇腹状の長い吻」が美しく突き出していた。
地球の古生代カンブリア紀、バージェス頁岩の中でも「最も奇妙なスター古生物」の姿。
【オパビニア形態】へのアップデート完了!!!
「きゅいぃっ!☆」
うわぁ……! 私、ついにオパビニアちゃんになっちゃった!」
5つの複眼の3Dロックオン、まじ視野角チートなんですけど!
私は新しく手に入れた「蛇腹状のノズル」をシュルシュルと伸ばし、ヒドラプラントの残骸を突っついている。
うん、驚くほど自在に動くし、先端のハサミで何でも吸い取れそうだ。
ヒドラという極上のメシを喰らい尽くし、ミクロ世界の完全制覇を成し遂げた私。
5つの複眼で、地底湖のさらに「上層」へと続く、光の差し込むクラックを見上げる。
待っててね、アシッドスライムちゃん。
あの時はただ逃げ回ることしかできなかったプランクトンの私だけど、今の私はオパビニアちゃんだよっ♡
どっちが『自然淘汰』される側か、上層でじっくりと『お食事』してあげるからね……!
私は5つの複眼を妖しく輝かせ、蛇腹状のノズルをカチカチと鳴らしながら、宿敵スライムの待つ中層への門へと向かって、十対のヒレをパタパタと蠢かせ、優雅に泳ぎ出すのだった。




