第11話 人類の大先輩発見!? 尊すぎて細胞レベルでキュンです!
ふぅ……。
5つのおめめでの3D立体視、まじで視野角が広すぎて世界が4K画質なんですけど!
私は地底湖の底を優雅に泳ぎながら、新しく手に入れた『オパビニア形態』のスペックに一人で大はしゃぎしていた。
体長はこれまでの限界を突破して、堂々の【5センチ】。
頭部に王冠のように並んだ、全部で5つのウルウルしたキノコ状の複眼。この5つの眼が捉える光の視差情報を、線虫由来の高速脳がリアルタイムで3D空間レンダリングしているのだ。
おかげで前方も、側方も、さらには頭上まで、死角という死角が完全に消滅している。4Kどころか、最新のVRゴーグルを装着して360度パノラマ映像を脳内に直接ストリーミングしているような感覚だ。
ヒドラ店長をバラバラにして『無限おかわり養殖ビュッフェ』した甲斐があったよ、まじで。あの不老不死の多能性幹細胞DNA、めちゃくちゃ美味しかったなぁ……。
象の鼻のように伸びた蛇腹状の吻の先端でハサミをカチカチと鳴らしながら、私は体側に並ぶ遊泳ヒレ(側葉)を器用にくねらせて泥の上を進む。
現在の目的地は、このミクロの地底湖と、その上にある中層エリアを繋ぐ境界線――通称『汽水スリット』。有毒な硫化水素とメタンガスがボコボコと湧き出る、玄武岩の巨大な割れ目だ。
もちろん、ここを探索する理由はただ一つ。
この先にいるであろう宿敵『アシッドスライム』を見つけ出し、今度こそ完璧なお食事を挑むためである。
私をドロドロに溶かそうとしたあの強酸の匂いを、私の高精度化学センサーが常に警戒している。
あの時は逃げることしかできなかったけど、今の私は違うからね! 待ってなさいよ、でっかい青スムージー。内側からこの長い吻を突き刺して、極上の魔力ゲルごとジュルジュルに吸い干してあげるんだからっ♡
そんな物騒な犯行予告を脳内で垂れ流しながら、泥にまみれた玄武岩のクラックをスキャンしていた、その時。
パチパチッ……。
ん……? なに、今の微弱な感触。
私の魔力感知網が、汽水スリットの最も狭い、光すら届かない玄武岩のクラックの奥から、かすかに震える『魔力ノイズ』を捉えた。
それは、他の魔物が放つようなギスギスした殺意に満ちた魔力ではない。まるで、生まれたての赤ん坊の鼓動のように、小さくて、か細くて、今にも消えてしまいそうな魔力の揺らぎ。
おめめレンズ、屈折率の空間計算、ズームイン!
私は5つの複眼の焦点をクラックの入り口に集中させ、わずかな魔力光の反射を計算して、その最奥部をピンポイントで超高解像度ズームスキャンした。
そして、視界の端に映った『生命』の姿を見た瞬間。私の中の理系JKとしての全ニューロンが、物理的にショートした。
い、いや、ちょっと待って……う、嘘でしょ!?!?!?
クラックの奥。有毒な泥が堆積する玄武岩の冷たい隙間で、必死に身を縮めて震えている『それ』は。
体長、わずか数ミリ。
パステルブルーの、透き通るようなフニフニとした流線型の身体。その背中には一本だけ、淡く青く輝く弾力のある芯――【脊索(せきさく:背骨の起源)】を、はっきりと宿していたのだ。
頭部から生えた一対の小さな触角をパタパタと弱々しく揺らしながら、
「きゅ、きゅー……きゅー……」
と、消え入りそうなか細い思念波を漏らし、まあるくフニフニの身体を縮めて、冷たい水流にガタガタと震えている。
ピ、ピ、ピカイアじゃんッッッ!!!!
私の脳内で、ダーウィン先生の肖像画がパァァァッと後光を背負って舞い降りた。
脊索動物門!!!
すべての背骨を持つ生き物……つまり、魚も、カエルも、恐竜も、鳥も、そして私たち人間を含むすべての『脊椎動物』の、大・大・大・大祖先様じゃん!!!
5億年前の奇跡のオリジンが、なんでこんな地獄のダンジョン最下層にぽつんと迷い込んでるのぉぉぉ!?
信じられない。
目の前にいるのは、生物の教科書の一番最初のページに載っている、生命進化の歴史における最大のミステリーにして絶対的アイドル『ピカイア』。その、生まれたばかりの幼体だったのだ。
うわあああ、なにこの透き通るブルーのぷにぷに感……!
キチン質の硬い外骨格をまとっている私と違って、1ミリも硬い装甲がないの! 筋肉の節(筋節)が透けて見えてて、尊すぎて細胞レベルでキュン死するッ! 抱きしめたい!
いや、ちょっと美味しそうだから吸いたい!
……って、違う違う、保護だよ、完全保護! 乙女の倫理観、しっかりして!
私がこの子を、絶対安全な三食昼寝付きのロイヤルファミリーとして育ててあげるんだからっ!
悶絶し、長い蛇腹ノズルをぶんぶんと振り回しながら、私はクラックの奥に向かって優しく、極限まで殺気を消して這い寄っていく。
――しかし。
この5億年越しの運命の出会いを嘲笑うかのように、汽水スリットの泥底が、じわりと不気味な青い燐光で染まり始めた。
それは、私にとってあまりにも嗅ぎ慣れた、すべてを溶かし尽くす「強酸」の匂い。
泥の奥から、ネバネバとした巨大なゲル状の質量を蠢かせながら、あの宿敵『アシッドスライム』が、無防備なちびピカイアちゃんを捕食せんと這い出てきたのだ――!




