第12話 因縁のスライム戦!推しは私が守る!
「きゅ、きゅぅぅ……!」
クラックの最奥。
玄武岩の狭い隙間で、パステルブルーのぷにぷにボディを限界まで丸めて震えていたちびピカイア――私の『ピカちゃん』が、悲痛な思念を漏らした。
その透き通るような美しい皮膚の表面へ、ねっとりとした青い粘液がじわじわと迫っていく。
ジュウゥゥ……ッ!
タンパク質が焼ける嫌な凝固音と、化学受容器を突き刺す強烈な酸の刺激。
間違いない、強酸性(pH1以下)の消化液だ!
その強酸を垂らしながら泥の奥からヌルリと這い出てきたのは、かつて私をドロドロに溶かして胃袋に収めようとしたあの因縁の死神――『アシッドスライム』だった!
嘘……っ、なんでアンタがこんな汽水スリットにいるわけ!?
私の5つの複眼が一斉に収縮する。
……そうか、ここは下層と中層の境界線。あのスライムからすれば、下層から上がってくるプランクトンや、泥地をクネクネ逃げ回るマナ線虫を待ち伏せして一網打尽にするには、これ以上ない絶好の狩場だったのだ。
そして、その凶悪な捕食網のターゲットに、外骨格も殻も持たない、究極に柔らかいピカちゃんがロックオンされてしまった。
スライムは意思を持たない粘菌ゲルのくせに、どこか嘲笑うかのように青い巨体を蠢かせ、隙間に向かってさらに強酸のゲルをジワァ……と滑り込ませていく。
浸食する酸がピカちゃんの極薄の表皮をかすめ、彼女(?)の背中で淡く青く輝いていた美しい「脊索」が、痛みに耐えかねるように激しく明滅した。
「きゅぃ、きゅぅぅぅっ……!!」
激痛に身を悶えさせながら、それでも必死に小さく丸まり、耐えようとするピカちゃん。
けれど、キチン質の殻を持たない脊索動物の幼体にとって、すべてを溶かす強酸は文字通りの「即死トラップ」に他ならない。
――あ……。
自分より圧倒的に巨大な暴力の前で、なす術なく、けれど必死に身を丸めて耐えようとする健気なピカちゃんの姿を見た、その瞬間。
私の脳内で、強烈なフラッシュバックが走った。
脳裏をよぎったのは、前世の記憶にすらなかったはずの不可解な光景。
私は、自分の生存のために、冷徹に「霊長類」を品定めしていた。
その私の前に、無慈悲に放たれた『炎の矢』。
ただの耐熱性テストとして直撃を受けようとした私を――「だめっ! その子は何も悪いことしてないのに!」と叫んで、身を挺して、重傷を負いながらも私を抱きしめて守ってくれた、あのエグカワな【E0-#C(あの子)】の姿だった。
えっ……自分より弱い別種の生物を命がけで庇う?
完全に非合理的な進化のバグじゃん。私はあの時、そう分析したはずだ。生物として自分の生存確率を下げるだけの、愚かな行動だと。
だけど――。
あの子が、あんなに優しくて健気な撫子魂を見せてくれたのに……!
私が、目の前の尊すぎる『種の起源』がドロドロに溶かされるのを、黙って見過ごせるわけないじゃん!!!
私の大好きな脊索動物の奇跡に、そのクソ低いpHで触ってんじゃないわよ、このドロドロの出来損ないゲル如きがァァ!!!
キィィィィン!!!
体側に並ぶ遊泳ヒレ(側葉)を烈風のごとく波打たせ、私は泥煙を巻き上げて爆走した。
ピカちゃんへ這い寄るスライムの粘液とクラックの隙間の間に、体長5センチの私のオパビニアボディを弾丸のようにねじ込む!
ズサァァァッ!!
ピカちゃんを自分の腹側(キチン質外骨格のドーム)の下へとすっぽり隠すように覆いかぶさり、私はスライムの這い寄る青い強酸の前に立ち塞がった。
ピカちゃん、大丈夫!?
私のキチン質の高密度マルチ装甲(耐熱・耐酸アーキア遺伝子入り)は、スライムの酸なんて1億年は耐え抜く仕様だからね!
直後、バシャァッ! と私の背甲に強酸粘液がまともに降り注いだ。
ジュワァァァァァッ!! と激しい化学反応の気泡が噴き上がり、周囲の水が白く濁って強烈な酸の刺激が充満する。
ダメージアラートが脳内でピコピコと鳴り響くが、ヒドラ由来の『超速自己修復』が即座に表面の微細な腐食を打ち消していく。私は自慢の蛇腹状ノズル(吻)の先端にあるハサミを、シャキィン! と威嚇するように鳴らして不敵に笑った。
残念だったね、スライム。
私はノープリウス時代に、アンタの強酸で溶かされかけた2ミリの弱小プランクトンじゃないの!
今の私は、体長5センチの【オパビニア形態】なんだからっ!
「き、きゅ……?」
私の硬い外骨格の下。
一滴の酸も届かない絶対安全圏の中で、ピカちゃんがそっと体を伸ばし、不思議そうに上を見上げた。
かすかに光を捉える澄んだつぶらな眼が、自分を命がけで庇ってくれた、パステルカラーに美しく輝くオパビニアの腹側をじっと、じっと見つめる。
(カタイ、ツメタイ……デモ、スゴクアッタカイ、カッコイイ……っ!)
ビビビッ! と、微弱な生体電流と魔力波長が共鳴し、私たちの間に感情パス(エンパシー回線)が繋がった。異常な情報量の電気信号で、ニューロンが焼き切れそうになる。
は、ひゃいっ!? なにこれっ!?
言葉は通じないはずなのに、魔力パスを通じて、ピカちゃんからの激しい照れと憧れが100%ダイレクトに私の脳内へと逆流してきたのだ!
(ダイスキ……! オネエサマ、ズットイッショ……!)
うわあああ! 脳のシナプスが尊さでショートするぅぅ! なにこのピュアな塊!
アホみたいに真っ赤になって泥の上でのたうち回りたいのを、必死に堪える。
でも……。
こんなに可愛い脊索動物の奇跡に、こんなウルウルした目で見つめられて「大好き」なんて言われたらさ。
――よし、オパビニアお姉さまが、まじでがんばっちゃうぞ☆
私は、頭部から生えた伸縮自在の「蛇腹状ノズル」をシャキーンと前方に展開した。
5つの複眼が宝石のようにパチパチと輝き、スライムの半透明な体内で目まぐるしく移動するコア――「青い魔石」の座標を、3D立体視で完全マルチロックオンする。
そこのデカくて不味そうな青いスムージー。
私の可愛いピカちゃんに手を出した代償、内側から完璧にお食事して、ただの『無害なお水』に還してあげるからねっ♡
自分のノズルの先で、ピカちゃんの小さな触角を「待っててね」と優しくちょんと撫でる。
さぁ、極上のお食事の時間だよ!




