第13話 3Dロックオン成功!……って丸飲みされて溶けるぅ!
ピカちゃん、私の後ろに隠れてて!
私は、背中に必死にしがみつくパステルブルーのぷにぷにボディ。
――脊索動物の奇跡ことピカちゃんを十対のヒレで優しく包み込み、目の前の巨大な青い影を睨みつけた。
そこに立ちはだかるのは、かつて体長わずか数ミリのプランクトンだった私を、その強酸で跡形もなく溶かしかけた因縁の宿敵、アシッドスライム。
あの時は岩の隙間に滑り込んで、震えながらやり過ごすことしかできなかった。
けれど、今の私は違う。
体長5センチ、5つのサクランボのような複眼と、伸縮自在の蛇腹状ノズルを装備した【オパビニア様】なのだ。
あの時はよくも溶かそうとしてくれたよね!
しかも、私の世界一尊いお友達をデザートにしようとするなんて、一億年早いんだよっ!
スライムは、突如現れたパステルカラーの異形に対して、威嚇するようにドロドロとした巨体をうねらせた。
その粘体の中。
彼らの心臓部であり生命と魔力の結晶である青い『魔石』が、目まぐるしく位置を変えながら不気味に明滅している。
細胞質流動――アメーバ状の肉体を激しく循環させることで、弱点である魔石の位置を常に移動させ、外敵からの致命打を避ける生体防御システムだ。
あはは! 無駄無駄! 5つのおめめを舐めないでよねっ!
オパビニア形態の真骨頂。
頭部から突き出た5つのサクランボのような複眼が一斉に光を放ち、別々の角度からスライムをマルチスキャンする。
本能でゲルの光の屈折率、粘体の流動パターン、さらに魔石の移動ベクトルをミリ秒単位で空間把握し、完璧な3Dレンダリングを完成させていく。
そこっ! 屈折率補正完了、空間3Dマルチロックオン!!
私は頭部から、蛇腹状に折りたたまれていた伸縮自在のノズル(吻)を、前方に目にも留らぬ速さでシュバッ!と射出した。
ノズルは狂暴にうねるスライムのゲルを真っ直ぐに貫き、その最奥で逃げ惑う青い魔石を寸分の狂いもなく捉える。
ノズルの先端にある小さなハサミが、魔石をガチッとホールドした。
ラッチ完了!
よーし、このまま魔石を引っこ抜いて、ゲームセットだよっ!
勝った。 完璧なイージーゲームじゃん!
そう確信して、私が蛇腹ノズルを勢いよく引き戻そうとした、まさにその瞬間だった。
――えっ?
スライムの体液が、突如として激しく沸騰した。
魔石を拘束されたアシッドスライムは、断末魔の暴走を起こし、自らの粘性を極限まで高めて狂ったような対流を生み出したのだ。
魔石をガッチリと掴んだままの私の蛇腹ノズルが、スライムの体内の激しい対流に巻き込まれ、逆にぐいぐいと奥へ引きずり込まれていく。
ちょっ、ちょっと待って! 引っ張られてるんですけどぉぉ!? 逆流ダイブ!?
踏ん張る間もなかった。
ズズズ、ずるんっ!!!
信じられないほどの力で引きずり込まれ、私の5センチの身体は、丸ごとアシッドスライムの強酸性の巨体の中へと、頭から一気に飲み込まれてしまったのだ。
うわああああっ!? 視界が全部青い酸性ゲル!!
前後左右、上下。
すべてが溶かし尽くすpH1以下の極限強酸の海。
オパビニアの自慢のキチン質装甲に強酸が容赦なく襲いかかり、全身からジュワジュワと激しい白煙が立ち上る。
皮膚の表面に生えた化学センサーが、これまでにない狂ったような危険信号を脳内に連打し始めた。
【警告:外部pH1.2。キチン質外骨格の損耗率急増。融解まで残り数十秒】
ガチで、ガチで溶けるっ!! 身も殻も残らずドロドロに溶かされるやつじゃんこれ!!
強酸の粘液が私の複眼を焼き、息が詰まる。
スライムは私を体内で完全に包み込み、確実に消化しようと締め付けてくる。
低レイノルズ数環境における高粘度ゲルの拘束力は、まさに脱出不可能なミクロのブラックホールだ。
スライムからすれば、外から攻撃されるなら中へ引き込んで胃袋で消化してしまえばいいという、これ以上ないほど合理的で冷酷なカウンター。
もがけばもがくほど高粘度のゲルが体に絡みつき、キチン質の殻がジュワジュワと薄くなっていくのがリアルに伝わってくる。
これ、ガチの絶対絶命じゃん……!
脳内ノートにいくら「進化」って書いてあっても、ここで溶かされてお終いならただの自然淘汰のゴミじゃん!!
どうする!Doするっ!?わたし!?
視界が溶けていく青の中で、私を包み込む死の対流は、ますます激しく渦を巻いていくのだった。




